第2話 8

 満員となった大劇場の舞台の上で、エリスの歌に合わせて、シンシアが舞い踊る。


 精霊光が舞い飛び、集められた庶民達が歓声をあげた。


「――この歌、ボカされてるけど、あなたを讃えるものよね?」


 王族席で舞台を見下ろす俺に、横に立ったソフィアがニヤニヤ笑いながら言ってくる。


 言うなよ。気づかないフリしてんだからさ。


「ま、まあ。あの二人がそれだけ感謝してるって事だろ」


 結局あの後、グラートは駆けつけた衛兵によって拘束、投獄された。


 叔父上――アドミシア公爵はグラートを廃嫡した上で、自身への温情を願い出たが、普段の言動がグラートの思想を歪ませたのは、間者によって調べがついていたので、王位継承権を剥奪し、降爵させて伯爵とした。


 身内が謀反しようとしたのに生温い処遇かもしれないが、俺の叔父という立場から、連座が適用できない為、ソフィアが頭脳をフル回転させて、このような処分となった。


「庶民を見下してたグラートが、どうやって生きていくかは見モノだな」


 あえて処分を叔父上に任せてみたところ、あいつは廃嫡され、家を放逐された。これからは平民として生きていかなければいけないわけだ。


 もちろん、不審な動きをしないよう、しばらくは間者をつけるつもりだから、その落ちぶれていく様は随時、報告されることだろう。


 今回の件に気づけたのは、シンシアのお陰だ。


 あの日、エリスの学園生活に不審を感じたソフィアは、いじめの筆頭と目されるシンシアを王城に呼び寄せた。


 そこでシンシアが語ったのは、グラードがエリスの歌声を目的に、嫁として囲おうとしている事。


 シンシアがエリスに辛く当たっていたのは、庶民に出自を持つ彼女を、同じく庶民出自でも、侯爵家である自分が辛く当たれば、他の者は手を出しづらいだろうという目論見があっての事だったのだという。


 その裏取りに、俺達は学園を訪れ、実際にその通りの現場を見せられたというわけだ。


 ちなみにシンシアがエリスに対して行ったのは叱責が主で、間諜が調べ上げてきた、いじめの大半が、エリスを孤立させようと目論むグラードの差し金だった。


 ――マッチポンプかよ。


「それにしても学園、教育の敗北が多すぎねえ?」


 勇者に続き、今回のグラートだ。本当にまともな教育を施していると言えるのだろうか。


「そうねぇ。わたし達が卒業してから、なにかあったのかも。ちょっと調べさせてみるわ」


 ソフィアが、またどこからともなく手帳を取り出して書きつける。そのページを破いて後ろに放れば、ページは音もなく闇に消え去った。


 またこいつの謎が増えた気がする。見なかった事にしよう。うん。


「それにしても、よかったの?」


「……なにが?」


「グレシア将軍も、リステロ魔道士長も、あなたにすごく感謝してたじゃない。あの二人もね。今ならどちらでも嫁にもらえるわよ?

 ――血統にこだわるつもりはないんでしょう?」


 その言葉に、俺は笑みを浮かべてソフィアを見た。


「さすがのおまえも、色恋には疎い、か……」


 フフン。俺はわかったもんね。


「なによ、その顔。腹立つ笑い方して。色恋について、あなたが語れるような事があるの?」


「あの二人はさ、百合の花なんだよ」


「――は?」


「あー、この世界にはまだそういう概念がないのか? 女同士でも好き合ってんの。

 ――見たろ? エリスがシンシアをお姉さまと呼んで、シンシアがエリスを庇って抱きしめるのを。

 あんな尊い関係に割って入るような野暮、俺にはできないね」


 俺は首を振って肩を竦めてみせた。


 ソフィアも仕事ばかりしてないで、少しは恋愛に目を向ければいいんだ。そうしたら、俺のように、二人の関係にすぐに気付けたはずだ。


 よし、今度、誰か良い男を紹介してやろう。俺が厳選するんだ。きっとソフィアだって納得するはずだ。


「……その顔、絶対にロクでもない事考えてるでしょう?」


「べっつに~」


 俺は頭の後ろで腕を組んで、ソフィアから視線をそらした。


 舞台では、エリスの歌が終わり、身体を回して舞っていたシンシアが、ゆっくりとその回転を止めているところだった。


 精霊光が残滓を残してかき消えると、観客達はすべてが立ち上がって惜しみない拍手を送る。


 俺も手すりに歩み寄って拍手すると、こちらに気づいたのか、エリスとシンシアは手をつないでお辞儀し、満面の笑みで手を振ってきた。


 二人の唇が同じように動いて、なにか言葉を紡ぎ出す。


「なあ、ソフィア。いま、あいつらなんて?」


 横に居たソフィアに尋ねると、彼女は腕組みしてそっぽを向いた。


「――恋愛に疎い、わたしにはわかりかねますね」


 ……本当に、なんて言ったんだ?





「――エリス。あの様子では、多分伝わってないわね」


 わたしと手を繋いでいるお姉さまが、王族席の殿下を見上げながら、苦笑してそう告げる。


「いいんです。今のわたしなんかじゃ、まだまだソフィア様にもお姉様にも敵いませんから。もっともっと努力するんです」


「わたくしも譲る気はないけれど……ソフィア様は確かに強敵ね」


「それでも諦めません」


「そうね。あのお方はスラムだけではなく、わたくし達の心まで救ってくださったわ。今度はわたくし達が支えて差し上げなくてわね」


 お姉様はわたしを正面から見て、繋いだ手を握手の形にする。


「頑張りましょう。

 これから厳しくいくわよ。わたくしをお姉様と呼ぶのなら、ついてこれるわよね?」


「はいっ! これからもお願いします! お姉さまっ!」


 わたし達に向けられる拍手は鳴り止まず、アンコールの声が響き渡る。


「お姉さま、もう一曲、お願いできますか?」


「ふふ。同じことをわたくしも言おうと思っていたところよ。りましょうか。エリス」


「はいっ! お姉さま!」


 そうしてわたしは息を吸い込んで、歌い出す。


 この歌に、舞に、わたし達の想いを込めて――





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