第1話 3
俺は立ち上がって、ホールへと降りる。
「――で、殿下。わたしは……」
セリスが声をかけてくる。
「真実の愛に目覚めたんだろう? 黙って見ていろ」
俺は襟元を緩めてセリスに告げる。
「――それが打ち砕かれるのをな!」
笑みを見せつけて、サルに向けて歩を進める。
端に居た近衛を押しのけようとすると、
「で、殿下! お下がりください! 危のうございます!」
遮るように、俺を留めようとする。
「おまえらが、いつまでもチンタラやってるから、俺が出てくるんだろうが」
俺は近衛を押しのけて、彼らが囲う、サルとの戦場に進み出た。
サルはさすがは野生というべきか、腐っても勇者というべきなのか。
息ひとつ乱さずに、近衛のひとりを殴り飛ばし、俺に気づいて睨みつけてきた。
「やっと出てきたな」
「――近衛、おまえら明日から訓練は倍だ」
俺は近衛らに告げて、ジャケットを預ける。
「俺が疲れるのを待っていたんだろう?
卑怯者め! 残念だが、俺は勇者だ。このくらいじゃあ疲れはしない!」
変わらずフザけた事を抜かすサルに、俺はこいつを徹底的に叩き潰したくなった。
「――衛兵! このサルの女達が学園の寮にいるはずだ。反逆者一味だ。転移陣の利用を許可する。即刻、捕らえて連れて来い!」
サルだからこそ、ハーレムを作るのか。
ハーレムを作るような非常識さだからサルなのか。
どちらかは知らないが、このサルはパーティメンバーを女で固めていた。
そのうえで、俺の婚約者にまで手を出したのだ。
――王になれると信じて。
いっそそこまで突き抜けて好き勝手できたら、楽なのだろうと思わないでもない。
考えてみれば、前世の時から俺の回りでは、好き勝手やる奴の方が得をしていた。
誠実に、波風立てないように、人に恨まれないように優しく生きた所で、俺は最後にはハメられて命を落とす事になったのだ。
俺の言葉に、サルは激昂して指を突きつけてくる。
「卑怯者! 彼女達は関係ないだろう! 今度は人質を取ろうというのか?」
あくまで正しいのは自分と信じて疑ってないサルは、キーキーとうるさい。
「おい、サル。勇者とやらは、人質を取られたくらいで屈するのか? お笑いだな。
そもそもそんなものが無くても、俺はおまえには負けんぞ?」
「じゃあ、なぜ彼女らを捕らえさせる!」
「特等席で見せてやろうというんだ。
……どうせ他の女達も、おまえに心酔しているんだろう?
憧れの勇者サマが、ボコボコにされるところを拝ませてやる」
その様を想像すると、笑いが込み上げてきて、押さえられなかった。
「……下衆が」
「ハーレム作るような、頭おかしい奴に言われてもなぁ」
「俺は彼女たちを等しく愛している!」
その時、衛兵に連行されて、サルの女達三人がやってきた。
「――アベル!」
女達は衛兵に押さえつけられながらも、口々にサルの名前を呼んだ。
その様が、顔を青ざめさせて震えるセリスとは対照的で可笑しかった。
俺は近衛の腰から剣を抜き取り、サルへと放ってやる。
「こいよ、勇者。俺を倒せたら、本当に王になれるかもしれんぞ?」
煽るように言ってやると、サルは躊躇いもなくその剣を拾う。
「――王族殺しは最低十年の拷問刑です」
ソフィアが静かに告げるが無視した。
「――うおおおおぉぉぉぉっ!」
サルが叫んで斬り込んでくる。
だが、俺は避けもせずに胸の前で拳を握り。
「目覚めてもたらせ、<
呟けば、背後に魔芒陣が浮かび、巨大な鋼鉄の腕が俺の前に出現して、サルの剣撃を受け止めた。
「――なっ!?」
「これが王族の力だ。サルッ!」
俺は哄笑してサルを見据える。
「――唸れ! <
巨腕は俺の声を受けて振るわれ、サルを激しく薙ぎ払う。
殴りつけられたサルは、床を滑るように飛んで、壁に激突して崩れ落ちた。
パーティホールが静まり返る。
それはそうだろう。
ただ優しく誠実で、暴力など振るわないと思っていたであろう俺が、<王騎>まで出したのだから。
「ソフィアが言うには、王族殺しも罪らしいが……
未遂だし、俺も煽ったからな。そこは容赦してやる」
俺は床に崩れ落ちたサルへと歩み寄り、見下ろす。
「だが、たかだか国家公務員の勇者ごときが、王族に歯向かった罪は償う必要がある」
言いながら俺は、サルに馬乗りになると、その頬を殴った。
意識を失っていたサルは、それで目覚めたようだ。
さらに頬を殴る。
「ここでひとつ、バカな山サルに授業だ。
貴族はメンツを重んじるものなんだが、その頭張ってる王族は、もっとメンツを重んじる。なぜだかわかるか?」
拳を止めて、サルに問うと、
「わ、わからない」
その鼻筋に、俺は拳を叩き込んだ。
「王がナメられたら、国が他国に脅かされるからだよ! おめえは今日、それだけの事をしでかしたんだ!」
髪を掴んで、後頭部を床に叩きつけ、その顔を覗き込む。
「……おい、サル。
罪を減らしたかったら、パルドス王国の女を捨てろ。そうしたら考慮してやる」
「わ、わかっ――わかりました。エリィとはもう関わりません!」
「だとよぉ、パルドスの女。
おまえ、大好きな勇者サマに捨てられちゃったみたいだぜぇ?」
途端、衛兵に拘束された魔道士服の女が泣き崩れた。
あー、すごく良い気分だ。
「次だ。おめえ、あの女達を愛してるつってたけど、王座目当てでセリスに近づいたんだよな?」
「お、俺はセリスも愛していた!」
イラっとしたから、また殴った。
こいつ、まだ愛とか言えるのか。
「じゃあ、その愛についてだ。
たった今、おまえは我が身可愛さにパルドス女を切り捨てたわけだが……それも愛なのか?
――等しく愛していたんだよなぁ?」
「そ、それは……」
俺は<王騎>の腕でサルの身体を押さえつけ、サルの女達を振り返る。
「逆におまえ達に問おうか?
おまえらも『真実の愛』とやらに目覚めたクチだろ?
――コイツ、国家反逆罪で投獄確定なわけだけど、このままじゃおまえらも共犯扱いで投獄だ。
『真実の愛』とやらを貫く気があるなら、同じ牢に入れてやろうと思うが……
どうだ? 俺、優しいだろう?」
途端、女達は目を見開いた。
「わ、わたし達は関係ありません!
その男とはたまたま一緒のパーティだっただけで!」
「言い寄られて、仕方なく付き合ってたんです!」
「自分の為にわたしを捨てた男なんて……」
口々に言い募る女達。
あー、面白い。
結局、女だって、『真実の愛』より、自分の身が可愛いようだ。
「口ではなんとでも言えるよなぁ?」
衛兵に目配せして、彼女達の拘束を解くように示すと、彼女達はサルへと駆けより、その頭を蹴り始めた。
「み、みんな! なん――えぶっ」
頑丈な勇者の肉体を持つサルには大したダメージにはならないだろうが、精神的にはクるだろう。
俺は立ち上がると、近衛にサルを囲わせ、女達の好きにさせる事にした。
それからセリスに歩み寄る。
「これが『真実の愛』の姿だ。
それで? おまえはどうする?」
俺の言葉にセリスは青ざめた顔のまま固まった。
その表情に俺は溢れ出る笑いをこらえきれず、声をあげて笑う。
「――諸侯らも聞け! 王族を、俺をナメたらどうなるか、よくわかっただろう?
今後、フザけたマネをする奴は……わかるな?」
ホールに集った紳士淑女は、俺の言葉に息を呑み、一斉に臣下の礼を取った。
あー、すっきりした。
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