第1話 4
「――うわ~! うわ~! やっちまった~っ!」
自室に戻った俺は、ベッドの上で悶まくっていた。
前世の記憶に刺激されて、ハイテンションだったのは事実だ。
けれど、今にして思えば、明らかに調子に乗っていた。
いや、イラついたのは確かだったけど……
「わたしは丁度いい粛清だったと思うよ?」
ローテーブル前のソファに腰掛けて、お茶を楽しむソフィアがそう言う。
「王が隠居して、明らかに貴族達は調子に乗っていたもの。
――あなた風に言えば、ナメてた、ね」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるソフィアは、俺に容赦がない。
乳兄妹として育った為、プライベートの場では、彼女はこんな風に軽口を叩くのだ。
「やめろ。思い出させるな。俺はアレを無かったことにしたい!」
「それよ。あなた、急に口調まで変わったけど、それが本性?」
「本性だったとして、おまえに隠し通せたと思うか?」
急逝した父の後を継いで、俺と同じ歳で女公爵となり、俺の補佐――宰相代理をこなしているソフィアだ。「私」だった時の俺が隠し事をしていたとしても、すぐに見抜いただろう。
そう。ちょうど今のように。
「言っておくが、頭がおかしくなったわけでも、入れ替わりとかでもないからな?
――実は……」
そうして俺は、前世の記憶が蘇った事を打ち明ける。
ソフィアとは親友であり、これから国を支えていく戦友だ。下手に隠すより、正直に話した方が、メリットがあると思えた。
「……それで、前世の女運のなさと、婚約破棄がカブって見えて、大暴れしたっての?」
話を聞き終え、ソフィアは大爆笑した。
「お、<王騎>まで使って……実際やったのはウサ晴らし――あー、おかしい」
こいつ、涙まで流して笑ってやがる。
「だから、なかった事にしたいって言ってるんだろうが……」
不貞腐れたように呟けば、ソフィアは首を振って否定した。
「言ったでしょう? 粛清は必要だったの。
あなたができないようなら、わたしがやろうと思ってたわ。
特にコンノート候の情報漏えいは目に余るところまで来ていたから」
結局、コンノート家は取り潰しとなり、私財没収となる予定だ。運営していた商社は国営企業となる。
「セリスは……どうしようか」
正直なところ、俺はもう彼女がどうでも良くなっていた。
取り立てて優れた令嬢というわけでもなかったが、王妃教育はそれなりに真面目にやっていたし、連れ添えばいずれ両親のように、仲睦まじくなっていくのだろうと思っていたのだが……
「家を潰されて、令嬢が平民ぐらしなんてできるわけないでしょう?」
「政務の為に、俺が離れていたという負い目もある」
もうちょっと気遣っていたら、彼女は勇者に惑わされたりしなかったのだろうか。
いいや。これは未練だな。
「あの有様の後じゃ、養子に迎える家もないでしょうしねぇ。
妥当なところとしては、修道院送りかしら?」
「……なるべく厳しくないところを見つけてやってくれ」
「あれだけ派手に立ち回ったのに、お優しい事。
元婚約者だからかしら?」
「そんなんじゃない」
女神サティリアの元で大好きな『真実の愛』とやらを見つめ直すのもまた、彼女の人生の糧になるのではと、そう思っただけだ。
「あとは……勇者の女達よね」
「あいつらへの約束は守る。学園からは放逐させるが、罪には問わない」
あいつらはしっかりとケジメをつけたのだから。
「ただし、パルドス女だけは国外追放だ。
今後、我が国には立ち入らせない。あいつの場合はやっていたのが諜報活動だからな」
故意かどうかは関係ない。我が国に不利益を与えようとしたのが問題なのだ。
「仰せのままに。最後に……勇者はどうするの?」
あれだけボコボコにして、心を折り砕いてやったのだから、放逐でも良いのかもしれないが、しでかした事が事だ。ケジメはつけさせる必要がある。
「無期限の鉱山労役だな。男しか居ないとこで反省させろ。
あと、学園の教育の見直しと、庶民への教育普及だな。
どう勘違いしたら、王太子妃と結婚したら王になれると思えるんだ?」
「それはあのおサルさんが、特殊な思考だっただけじゃ……」
苦笑するソフィアに、俺は首を振って否定してみせた。
「いや、庶民みんながそんな勘違いをしてたらどうする。
ああいうバカは、きっとまだまだ居る。
今のうちに庶民にも、ある程度の知恵を付けさせないと、第二、第三のサルが出てくるぞ。そのたびに相手をするのは面倒だ」
俺はベッドの上で転がるのを止めて、ソフィアの向かいに腰を下ろすと、すっかり冷めたお茶を口に運んだ。
「それで、あなた自身はこれからどうするの?」
「どうする、とは?」
「嫁の席が空いたでしょう? これからバンバン、令嬢の売り込みが殺到するわよ」
あー、それもあったか。
「――面倒くせえな」
「そうも言ってられないでしょう?」
「もう、おまえ、嫁に来ない?」
地味にこれは名案なのではないか? 気心が知れている上に、政界でも顔が効く。王太子妃としては申し分ないのでは?
「わたしが家を継ぐ前だったら、考えたかもね」
「だよなぁ……」
俺だって本気で言ったわけではない。ソフィアにはソフィアの守るべき家があるのだ。
あー、本当に面倒だ。
前世も含めて、とことん俺には女運がないのがよくわかった。
どうせ寄ってくるのは王太子妃の座目当ての女ばかりなのだ。
そして、それに興味がない女は、だいたい誰かのものになっている。
「ホント、どーするかなぁ」
そこで俺はふと気づく。
――そうやって前世も、今世でも、真面目に悩んで得をした事があったか?
どうせ最後に笑うのは、好き勝手やった奴なんだ。
なら、俺が好き勝手やってなにが悪い。
その思いつきは、まるで天啓のようにも思えた。
思わず笑いだして、ソフィアに不審な目で見られけれど、俺は気にしない。
「――決めたぞ、ソフィア」
「へえ? 聞かせてもらいましょうか」
面白そうにソフィアが目を細め、俺は拳を握りしめて告げる。
「俺は好き勝手に生きる! 暴君になるぞ!」
この宣言こそが、我がホルテッサ王国が大きく発展させていく、そのきっかけになろうとは、この時の俺は思いもしていなかった。
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