第21話

 旧神策門があった外側に布陣していたのは、劉国軒の部隊であった。


「な、何だ!?」


 予想もしない場所から敵が出てきたので、当然即応できない。


 しかも清軍は撃って出てきただけあって全員討ち死にの覚悟ができており、士気も高い。不意を突かれた部隊は大混乱に襲われた。


 もちろん、指揮官の劉国軒もすぐには事態の把握ができなかった。しかし、清軍がどうやら城壁を打ち壊して出てきたと悟る。


 そこからが早かった。


「左の馬信殿、右の丸橋殿に伝えい! 敵が城壁から湧いて出てきたゆえ、挟撃を頼むと」


 両側面の部隊に支援を求めると、自軍には剣を抜いてこう叫ぶ。


「お前達、後ろに下がることは構わんが左右には動くな! 左右に動いたら、私が斬る! 敵の刃にかかるか、味方の刃にかかるか、どちらがいいか考えよ!」


 と激しい指示を出し、一方で後方にあたる河の方には船を用意させることとした。


 この指示によって劉国軒の部隊は不利な状況でも戦うしかなくなった。しかし、左右に動かないことで混乱が両部隊へ波及することはなくなった。すなわち、最悪でも突撃による被害が劉国軒の部隊のみという状況を作り上げたのである。


 程なく報告を受けた丸橋忠弥と馬信はすぐに劉国軒部隊の支援に向かった。ここで劉国軒の兵士が逃亡してきていたら混乱したり、進軍に支障をきたしたりすることがあっただろうが、それがないため滑らかに反撃体制へと移っていく。


 唯一の問題は、「殿、さすがに敵味方乱戦のところに射かけるわけには」ということであったが、丸橋忠弥と馬信は「それならば少し後方側の敵方に射かけよ!」と指示を出した。


 これにより、突撃した清軍は最前線を除いては左右両側から射撃を受けることとなってしまったのである。



 仮に清軍の反撃がより多方面に渡っていれば。すなわち、東西の別の門からも同時に撃って出ることができれば、包囲軍の被害と混乱はより大きくなったであろう。


 しかし、悲しいかな、それをなすにはあまりにも士気の低下が激しく、門から撃って出る部隊を揃えるだけで精一杯であった。いや、指揮官のハハムを含めて最期華々しく散る場所を求めていたのであるから、そうした事態は詮無き事であるとも言えるわけだが。


 ともあれ、半刻の後には、攻守の状況は完全に入れ替わり、両側にいる丸橋隊、馬信隊が奇襲部隊を総攻撃する形となった。


 大きな被害を受けた劉国軒の部隊も左右からの援護に助けられて多少の冷静さを取り戻し、編成しなおして正面の部隊に反撃を加えている。


 報告は包囲している他の部隊にも伝わり、それぞれがより厳重な警戒をする。



 そこから半刻後には清軍部隊の攻撃は完全に鳴りを潜めていた。


 包囲軍にはまだ詳細は分からないが、司令官のハハムをはじめとした指揮官クラスの大半がこの時点で戦死しており、残りの部隊も最期の時を待つだけであった。


「よし、我々は城内に入るぞ!」


 丸橋忠弥が叫んだ。部隊を半分に分けて、片方にせん滅を任せると、自らは槍を持って開放された旧神策門へと向かっていく。


「おお!? 我々も続くぞ!」


 これに馬信の隊も続いた。状況を見ていた付近の兵が次々に上司に報告していき、城内侵入の報告が波のように広がっていく。



「我々は南京を解放に来た! 皆の衆、落ち着いて家の中に入れ! 外に出る者は清兵とみなすぞ!」


 馬信の部隊が叫びながら広がっていく。


 これは鄭成功から城内に入った時に広めるように言われていたことであった。城内で乱戦となると少なからず被害は出ることになるが、だからといって南京の市民に攻撃を仕掛けるわけにはいかない。そこで、一旦は全員を家の中に入ってもらい、完全に城内を支配した後で一軒一軒回っていこうという策であった。


 しかし、そうした配慮は結果的には無用とも言えた。抗戦意欲のある者は既にハハムとともに外に出ている。南京に残る者は抗戦意欲を失った者達だけであった。当然、彼らに馬信や丸橋隊の邪魔をしようというつもりはない。全員、家に閉じこもり、大人しく全てが終わるのを待つのみであった。


 馬信と丸橋忠弥はどんどん城の奥まで入り、続いて柳生十兵衛、戸次庄左衛門、周全斌、洪旭といった部隊が城内に入っていく。



 三刻後、丸橋忠弥と馬信の姿は南京の紫禁城の正面まで来た。


 二人はお互いに顔を見合わせた。


「行きましょう」、「うむ」


 馬信が日本語で呼びかけ、忠弥が福建語で返す。


 直後、味方の部隊に呼びかけて一斉に城内へなだれ込んでいった。もちろん、抵抗する相手はいない。


 更に一刻後、南京城内にいた鄭成功軍から歓声があがった。


 その視線の先、紫禁城の頂点に、明の紅い旗が翻っていた。

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