第14話
南京から二十里ほど上流、蕪湖に郎廷佐の艦隊が停泊していた。
まだ動いてはいない。動くのは鄭成功の軍が南京を完全に包囲してからと郎廷佐は考えていた。
「布陣が完成する前であっては、修正されてしまう恐れがある。包囲網が完成すれば、その包囲網の中で動くであろう」
長江で水戦となってしまっては、経験も装備にも劣るので太刀打ちができない。
包囲網が完成した後、鄭成功軍の陣営などに対する妨害工作をなすべく、待機していたのである。
八月十八日、南京での鄭成功軍の布陣が完了したという報告が届く。
「よし。それでは出発しよう」
郎廷佐は小型の船、軍船ではなく漁師が使うような船を数隻だけ使い、南京方面へと下っていく。
「おぉ、確かに包囲が完成しているのう」
城壁の周囲には幾重にも重なった軍が待機している。
更に長江にも軍船が待機していた。
「ふむふむ、あの船が狙い目だな」
郎廷佐が何隻も連なっている鄭軍の船を指さした。
「船が、ですか?」
周りの兵士がけげんな顔をする。
「そうだ。考えてみよ。河岸の船は国姓爺の全軍を連れてきただけの船だ。しかし、兵士の大半は南京を包囲するべく陸に出ている。ということは、無人同然となっている船も多いだろう。その船を襲うのだ」
「なるほど」
兵士達も手を打った。
警戒の薄い敵船団を焼き払うことができれば、兵力の損失はなくても相手の不安は極度に高まる。
「船団をもって攻撃すると動きを気取られる恐れがある。襲撃も少ない人数で行った方が良いであろう」
郎廷佐はおおまかな作戦を頭の中で描き、一旦退いていった。
その様子を船から眺めている者がいた。
鄭成功と由井正雪である。
「やはり、敵船団はまず少数で偵察に来たようですね」
正雪の言葉に鄭成功が余裕の笑みで頷いている。
「小さな漁船で来れば、相手に知られることはないと思っているのでしょうが、戦場のそばにあれだけの数の船が規則的に動いていては、話になりません」
「相手は恐らく兵士の降りた船を焼き払い、我々の意気を消失させようとしているのではないかと思います」
「全く同感です」
「そこまで読めたところでどうしましょうか?」
「由井先生なら、いかがなさいますか?」
鄭成功の問いかけに、正雪は近づいて耳打ちをする。聞いている鄭成功の表情はまさに愉快満悦なものであった。
「素晴らしいですね。それにしましょう。甘輝を呼んでくれ」
鄭成功は信頼する腹心を呼ぶように指示を出した。その表情は余裕そのものであった。
偵察行動を見抜かれていたと知らない撫湖では、郎廷佐が急襲隊の選抜をしていた。
小勢で奇襲をかけるとなれば、とにかく素早く接近できなければならない。そのため、船の操舵技術に長けたものを多く集めていた。また、船団への火計も速やかに行わなければならないから、集められた兵士も精鋭が多かった。
「我々の船団は後方に待機し、成功し次第、陸地にいる鄭成功軍を河から射撃する。この一戦に清の命運がかかっていると思え」
郎廷佐の檄に兵士達が応える。兵士の士気は高い。
「よし、頼んだぞ!」
再度の激に送り出された漁船の集団が撫湖の港を出た。
そのまま長江を下っていき、南京へと向かっていく。
およそ半日をかけて、船団は南京城の近くまで接近してきた。その河岸に何十隻もの船団が待機している。
「まずは外側の船から燃やしていきたい。中にいる船は外に出られないから、後から何とでもなるだろうし、な」
隊長の指示に兵士達が頷いた。
「よし。お前達の頑張りに……うん?」
隊長が目をこらした。副官がけげんな顔で尋ねる。
「どうかなさいましたか?」
「我々の船は、こんなに多くはなかったはずだが……」
撫湖を出発した時、船は三十隻くらいだったはずである。しかし、今、見ていると船の数は百に近い。後から応援が来るというような話は聞いていない。
「もしや……」
とつぶやいた瞬間、後方にいた船から一斉に矢が飛んできた。
「敵襲だ!」
悲鳴のような声がこだました。
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