第13話
鄭成功の伝令が正雪のところに来た時、正雪はちょうど浪人軍の配置を考えていたところであった。
「国姓爺がお呼びです」
「分かりました」
正雪も確認したい点が何個かあったため、渡りに船である。すぐに鄭成功の陣幕に向かう。
「由井先生、実は……」
鄭成功は城内の食料のことについて話を始めた。
「林は長年鄭家の情報管理をしている男であるのですが、南京の食料が枯渇しそうだということはにわかには信じがたく思います。先生はどうお考えでしょうか?」
「そうですね……」
正直な心境としては「ありえない」であった。
鄭成功の軍が南京を攻めるということは、相当以前から分かっていることである。南京を取られた時の影響の大きさを考えれば、あらかじめ長期戦に備えて食料を用意しているのが普通であった。
「現実としてはありえないと思います。林殿は、何か理由を申しておりましたか?」
「確認してみましょう」
鄭成功は林一祥を呼び寄せた。
「早速だが、私も由井先生もこの状況で南京の食糧事情が悪いということは疑わしいことと思っている」
「は、ははっ……」
まずいことになったと思ったのか、林一祥は神妙な様子でひれ伏す。鄭成功がそれを押しとどめた。
「いや、別におまえを責めるつもりだとかそういうことではない。事実だとすれば我々にとっては朗報だし、作戦も変えることができるが、そうでないとなれば安易な策を採るわけにもいかん。単純に確認したいことがあるということだ。まず、どういう理由で食料がないと判断したのだ?」
「はっ。南京には数人の連絡員を入れておりますが、その全員が城内の食料の値段がにわかに上がっており、供給に苦労していると申しております」
「ふむ……、食料の値段がのう」
「これまで多くの城を調べてまいりましたが、食料が不足しそうな時については食料の値段が上がっておりました。その経験から、今回もそうではないかと思いました」
「なるほど」
特別疑うべきところのない状況である。
「これまで、清軍が城内の状況などで我々を欺こうとしたこともなかった。そう考えると、今回の南京だけ、偽計で我々を欺こうとしているとも考えづらいですが、いかがでしょうか?」
鄭成功が助けを求めるように正雪に尋ねる。
「私も、城内の清軍が欺こうとしていることはないと考えます。ただ」
「ただ?」
「南京は、これまでの城と比べて城も分厚く、兵士も多いように見受けられます。となりますと、防衛兵のための食料を、城内に抱えた結果、街の食料が少なくなり値段が上昇しているという可能性は否定できません」
「なるほど! 確かに南京は我々がこれまで占領してきたいずれの街よりも遥かに人が多い。城内で必要な食料と、防衛のために不可欠な食料の量に差が生じている可能性はあるな。林よ、もう一度調べてもらえんか?」
「分かりました」
林一祥も状況を把握し、すぐに再調査にあたった。
再調査には二日とかからなかった。
「由井先生の仰せの通り、城内の方には食料は十分にあり、市内で不足しているため値段が上がっているということでございました。ですので、南京城には十分に耐えうる食料があると思います。誤った情報をもたらしまして申し訳ございません」
「そうであったか。情報については気にするな。今までと違い、これからは清の勢力圏に入ることになる。それだけ誤った情報や、相手の偽装情報などをもたらされることもあるかもしれぬ。良き教訓としてくれい」
「かしこまりました」
「南京をすぐに落とすことは叶わぬということは分かった。やはりじっくりとかかるしかないが、どこに手立てを見出せばいいものか……」
鄭成功は髭をさすりながら、南京城の城壁を見上げ、思案に暮れる。
「甘輝と施琅、劉国軒を呼んでくれ。何かしら策がないか聞いてみたい」
「かしこまりました」
林一祥が三人を呼びに行った。
半刻ほどでそれぞれの陣営から三人がやってくる。
「それぞれの意見を聞きたい。どう攻めれば良い?」
「中々難しいですな。これだけの城を攻めたことはないだけに」
甘輝と施琅の意見は共通していた。
「おぬしはどうだ?」
鄭成功が劉国軒を見る。
「理想は、誰かしら内通者を出すことでございますが、城内の守りは固いでしょうし」
「うむ。誰かアテはあるか?」
「ございません。私が面識を有するのは浙江方面の者に限られますので」
「ないとなると、城壁を取り囲み、援軍を叩いて城内の心が折れるまで待つしかないということになるな」
それは確実に長丁場になる。鄭成功は「うーむ」と唸り、再度城壁を見上げた。
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