第十一章 琉球王国

第1話

 琉球王国。


 かつては明との交易で栄えていたが、日本で中央集権勢力が誕生すると次第に押されていくようになり、一六〇九年には薩摩藩の侵攻を受け、その属領となることを了承させられた。


 それから四十年余り。薩摩と中国に属するという形で、ひとまず平穏な時間が琉球には流れていた。


 そういう状況の中で、陳永華は鄭経を伴って琉球へとやって来た。



 首里城では、この使者をどう迎えるかということで一騒動が起こった。すなわち、明の使いと称する彼らを正式な使いとして迎えるか否かという問題と再度直面することとなったのである。


 この問題と最初に直面することになったのは十一年前である。当時、琉球では前代の王尚賢王が即位し、そのための使いを送ったのであるが、ついた時点で北京は清に占領されていた。そこで使節は南京に赴いて承認を得たのであるが、その南京もほどなく清に占領され、まともな使節を送ることもできない状況となった。


 そこで琉球は方針を改めて、清と付き合うことにして使節を送った。順治帝はこの方針を受け入れたが、ただし、清もまだ安泰という状態ではなく、条件面が整うことはなく今に至っている。


 琉球としてみると、取捨選択で明を一度は捨てたのであるが、清との関係も定まらない。しかも、ここに来て明が再度攻勢をかけているという状況である。


「参ったのう……」


 国王尚質しょう しつ、摂政の尚享しょう きょうは頭を抱えた。そこで多くの群臣を集めて知恵を求めることになったが、当然ながら参加人数が増えれば増えるほど雑多な意見も混じる。


 トップにいる二人に明確な指針がないのであるから、会議の場は混乱を極めた。


 この混乱を治めたのが呉象賢ご しょうけんであった。


「仮にも永暦帝の書状を携えて参っている者です。迎えないわけにはいきますまい。しかし、正使として重々しく迎えることも難しいと思います」


「ならばどうするのだ?」


「どうもこうもしようがありません。我々の状況を説明し、理解いただくしかありません」


 そもそも、この状況を招いたのは琉球側ではない。明と清という中国側の事情である。明が改めて琉球の冊封を求めるというのであれば、それを裏付けるものを見せるように要求することは決しておかしなことではない。


 まだ三十代ではあるが、呉象賢は琉球王国の中では賢人として知られていることもある。反対する者はいなかった。しかし。


「ただ、それを相手に説明できるのは、王子(尚象賢)しかおりません」


 と、説明役を呉象賢に求めることも同時に決められた。


 万一、後々問題が発生すれば、「あの時は呉象賢が勝手なことをしたので」と清に弁明すればよい、というような責任負担を求めたのである。


「よろしいでしょう」


 呉象賢もこれを受け入れた。



 那覇港で待機していた陳永華と鄭経は当然こうした事情は知らないが、三日ほどの待機の後、首里城に入ることを許された。ただし、国王尚質は病気で面会をすることは叶わないという条件がついている。


「鄭経様、どのように考えられますか?」


「……我々のことをまだ完全に認めてはいないのではないだろうか?」


 鄭経の回答に陳永華も頷く。


「しかし、首里城で話をするということは、その決定は当面効力をもつものとなります。それで十分でしょう」


 永暦九年三月四日。二人を筆頭とした鄭成功の使いが首里城に入る。


 中国からの正使であれば、北殿で迎えられるのが通例であったが、今回、琉球側が用意したのは番所であった。格下という扱いである。


「ようこそお越しいただきました。私は羽地朝秀はねじ ちょうしゅうと申します」


 しかも、現れた呉象賢は和名の方を名乗った。「お前達を中国の正使としては考えていない」という意向を強くにじませている。


「初めまして、陳永華と申します。この度、陛下の臣である鄭成功の息子鄭経様とともに参りました」


 陳永華は全く気にしない態度で挨拶をすると、持っていた箱を恭しく差し出す。


「何だ、これは?」


「こちらは薩摩の商人から受け取りました札でございます。琉球では非常に重宝されるものとして持って参りました」


「は……? 薩摩の札?」


「羽地様のような方々が和名を名乗らなければならないくらい、琉球は薩摩に押さえつけられているということは遠く中国まで聞こえております。ですので、薩摩の札は琉球において非常に効き目があるのだとか」


「……なっ!」


 呉象賢の顔色が変わった。「琉球はおまえ達のことを認めていないのだ。だからお前達に唐名を名乗る必要はない」、そういう意図を見せようとしたのであるが、陳永華は「薩摩が怖くて唐名を名乗れず、和名を名乗っているのですね」と自分達に都合よく受け取ったのである。


「……これは驚きました。我々がこう出ることを予想していましたか」


 呉象賢の口調が柔らかくなった。


「いいえ、そう出ると分かっていたわけではありません。ただ、こういう風に出られる可能性もあるなとは考えておりました」


 陳永華もまた、穏やかに返事をした。

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