第8話
次の日、正雪は鄭成功のところに出仕してきた。
「昨日の件でございますが……」
「何か妙案はありましたか?」
「琉球で引き取ってもらう方策を考えました」
「琉球ですか……、応じますかな?」
鄭成功と琉球王国の関係は決して良好というわけではない。むしろ、正式な貿易を阻害しようとしているライバル同士であるとも言えた。その琉球が海商の鄭芝龍を引き取ってくれるか、非常に心もとない。
「策はございます。ただし、まずは琉球に派遣する者を選定しなければいけません」
「先生以外にも必要ということですか?」
鄭成功の質問。正雪はこれを否定した。
「琉球は薩摩の支配も受けております。つまり、日本の幕府の影響も及んでおります。私達は日本を追放になった扱いでございますので、ここに顔だしするわけにはいきませぬ」
「……とすると、誰を連れていけばよいでしょうか? 甘輝や施琅は手放すわけにはいかないのですが」
「承知しております」
「他に誰が?」
「
「何? 鄭経を?」
鄭成功が驚いた。
鄭成功の長男である鄭経は現在13歳、まだ表舞台に出たことは一度もなく、厦門で勉学に励んでいる身であった。
「はい。他に適任者はおりません」
正雪は自信満々に言った。鄭成功も顎に手を当てて思案する。
「……私の息子ということで、挨拶の正使としては有効ということですか」
琉球との関係は良くはないが、使いの往来が不可能なほど険悪というわけでもない。関係改善の使節名代としては、確かに鄭成功の息子という肩書は大きな力をもつ。
「ただし、鄭経様だけでは交渉を進めることができません。鄭経様の補佐役を募ったうえで、両者と浪人の数人を護衛につけて派遣するのがよろしいのではないかと思います」
「なるほど……。確かに私もいつ何が起こるか分からない。今のうちに鄭経に大きな経験をさせておいた方がいいかもしれないな。分かりました。鄭経の補佐役を募ることとしましょう」
鄭成功は膝を打ち、手の者を呼んで鄭経の師範となれる者を募るよう指示を出した。
呼びかけは厦門から福建にかけて大きな反響を呼んだ。
福建を制覇した鄭成功の息子の師範役ともなれば、大きな出世が保証される。その地位を目指して、志願者が殺到したのである。それらは鄭成功や正雪と面会をして、もっとも目覚ましいものを招こうとしていたのであるが。
十日ほどが経過しても、両者とも浮かない顔をしていた。
「これだ、と決め手となれるだけの者は中々いませんな……」
「鄭経の師範以外でも、広く募っておりますからね。そこから漏れていて、尚且つ私達の期待に応えられる人材は、そうはいないのかもしれません」
また、最初の十日で全員が弾かれてしまったので、志願者は急速に減っていく。
「……これは参りましたな。人を探すのは難しいという言葉がありますが」
一月を経過しても、これだという人材が見当たらない。
正雪は計画を修正するしかないか、と思い始めた。この地に来てから完全に計算が狂ったのは初めてである。
厦門の北の泉州にも鄭経の師範を求めるという募集はかけられていた。
当初は厦門と同様、大いに色めき立ち、何百人というものが厦門へと出かけていったが、予想以上に厳しく審査されるという噂が広まって以降は反応する者も少なくなっていた。
六月、一人の若者が掲示の前を通った。
「うん? 何だ、これは……?」
と見上げた若者は、しばらくすると、近くの者に尋ねる。
「この、国姓爺の息子の教育役というのは決まった話なのか?」
尋ねた相手、泉州市の下級役人らしい男は笑った。
「いやいや、全然いないみたいだよ。国姓爺様の要求は高いのさ」
「ほう……」
「何だ? あんた、今更行ってみる気なのかい?」
「ああ。しばらく病を得て、このようなものがあることを知らなかったからな」
「それなら頑張ってくれよ。あんたがもし首尾よく行ったのなら、俺も取り立ててくれよ」
「……考えておこう」
若者はそう言って、その日のうちに厦門へと向かった。
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