第7話
呼び出された正雪も鄭成功の話に驚いた。
「鄭芝龍をこちらに降伏させるわけですか……」
正雪が絶句するようにつぶやくと、鄭成功が訂正する。
「降伏させなくても構わないのです。それはいくら何でも無理でしょう。自分の息子と袂を分かって、そのうえで息子に降るというのはさすがに受け入れがたいことですからね。ただ、他の地域で海商として活躍することはできると思います。清と敵対する勢力の下で鄭芝龍が活躍してくれるのであれば、実質的には私達に降伏したということとほとんど変わりがありません」
と、鄭成功は話す。それもあまり変わらないのではないかと正雪は思ったが、鄭成功もそこは理解しているらしい。
「とはいえ、鄭芝龍の性格からすればそれも結局同じだと考えるでしょう。そこをそうでないと説き伏せていただけないでしょうか」
「それは……、国姓爺の依頼ですのでかなえたいとは思いますが、何とも難しいところでございます」
「分かってはおります。急いで行う話でもありません。現状、鄭芝龍は水軍を抱えております。これをまずは叩いて、完全に退路を断ちたいと思います。その時点で、鄭芝龍の顔が立つ方法を模索してほしいのです」
「ふむ……」
正雪はその場で思いつくかぎりのことを考えてみた。
(例えば日ノ本で海商となるのであれば見込はあるが、幕府が許可してくれるかのう……)
見通しは暗い。松平信綱が自分達を明に派遣したのは、明に肩入れしたいという動機よりも邪魔な浪人を追い出したいという動機の方が強い。となると、明から外国人の海商がやってくるという状況を決して良くは思わないだろう。
(むしろ見込があるのは台湾のオランダ東インド会社か……)
とはいえ、それも実際に打診してみないことには分からなかった。
鄭成功の屋敷から戻ると、まずはゼーランディアにいる加藤市右衛門に手紙を書く。
「こういう時、半兵衛がおらぬのは痛いのう」
金井半兵衛は息子の玄謙とともにオランダまで行っている。息災は一切伝わってこないが、どれだけ早くても戻るのにあと一、二年はかかるであろう。
ともあれ、ゼーランディアのオランダ東インド会社側との間で、海商を使う意図があるか確認してみる必要があった。
そのうえで、日本とも行き来している庄五郎を呼び出して、長崎奉行宛ての書状を渡す。
「これを長崎奉行に渡していただきたい」
庄五郎はさっと目を通して、浮かない表情となった。
「……正直、この要請は厳しいと思いますが」
「分かっておる。うまくいけばいいなというだけのことだ」
「承知いたしました」
庄五郎は不承不承という様子で出て行った。そこに話を聞きつけたのかシャクシャインが現れる。
「江戸でダメなら、蝦夷はどうだ?」
アイヌも船を使わないわけではない。
「韻はいいな。ただ、江戸が駄目なら蝦夷も駄目だろう。アイヌがあまり自由に行き来するのを望むとも思えない」
「そうか……」
「……ならば琉球はどうだろうと考えてみたが、受け入れてくれる余地はあるものの、我々と琉球王国の間に関係がない。琉球にも似たような立場の者は大勢いるし、鄭芝龍を特別扱いしてくれる可能性は低いだろう」
「ならば今から関係を作るのがいいのではないか?」
「その指摘はもっともだが、これからの南京攻撃は我々にとっても重要な時期である。琉球まで足を運ぶわけにはいかないからなぁ」
琉球に行くのは誰にでもできることではない。日本の浪人が会いに来たと言っても琉球王が会ってくれる可能性はほぼないであろう。となると、鄭成功の配下の有力者、例えば甘輝や施琅が必要となるが、鄭芝龍との対戦を前にした鄭成功軍に主力の武将を派遣している余裕はない。
「いや、ちょっと待てよ……」
正雪はふと気づいた。主力ではなくても琉球が会ってくれる可能性がある人物が一人いることに気づく。
「庄五郎を呼び戻せ。長崎奉行は二の次だ。まずは琉球王宛ての書状を書くことにする」
シャクシャインに呼びかけ、長崎への船に向かっているはずの庄五郎を追いかけさせた。
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