第7話

 間道に入った忠弥の部隊の先に、百人近い兵士達の隊列が見えた。相手は忠弥の部隊に気づくと、すぐに後ろを向いて歩きだす。逃げているのか、後退しているのか分からないが、悠々と歩いて下がられている以上、捨て置くわけにもいかない。


「追うぞ」


 とはいえ、遮二無二追いかけるのは危険である。忠弥はやや早めの徒歩で追いかける。


 相手はその様子を見ながら、同じような速度で下がっている。まるでこちらのやりたいことを分かっているかのようだ。


「……どうしますか?」


「付近に注意して前進せよ」


「思い切り打ってかかるというのは?」


 部下の提案は、忠弥も考えてみたことではある。しかし。


「相手の余裕が気になる。無暗に追う必要はない。我々は牽制のために来たのだ」


「分かりました」


 そのまま、歩いて下がる相手を、歩いて追いかけるという奇妙な光景が続く。道は少しずつ上りにさしかかっていた。


「上に敵の主力が待っているという可能性はないでしょうか?」


「ありうる。気を付けて進め」


 そのまま歩いて追いかけているうちに道はなだらかに回る。


「丘の上へ登っているようだが、一体どうなっているのやら……」


 と思った時、前の方からがやがやとした声が聞こえてきた。


「むっ? 者共、敵は何かを仕掛けてくるかもしれぬ。警戒せよ」


 忠弥の指示に部下も一様に警戒をする。


 と、これまで下がっていた敵が前進をしてきていた。


「来るぞ! 者共、準備せよ!」


 指示を出し、忠弥も槍を構える。相手もそれぞれ構えた様子を確認した時。


「む……?」


 忠弥は異変を感じた。


「待て! 止まるのだ!」


 忠弥の叫びに、味方が止まり、次いで向こう側にいる相手も止まった。


 相手側から声が飛んでくる。


「お前達は何者だ?」


 明瞭な日本語での問いかけ。しかもその声に聞き覚えがあった。


「庄左衛門か?」


 呼びかけると、「おう!」と力強い返事が返ってきた。


「……そういうお主は忠弥か? 一体どういうことだ?」


「それはこちらの台詞だ。我々は敵を追っていたが、いつのまにかお主達と鉢合わせになった」


 向こう側の部隊から柳生十兵衛が現れてくる。腕組みをしながら、間道の下の方を見渡していた。


「……どうやら、我々は相手に謀られたらしい」


「どういうことでしょう?」


「敵は歩いて逃げておった」


「はい。我々も同じです」


「そう見せかけて、おそらく一部の部隊は少し急いで進んでいたのだ。それで縄や何かを使って、少しずつ道から山の斜面を降りていったのだろう。最後に残った面々、恐らく跳躍力の高い連中がまとめて飛び降りて、気づいたら我々が鉢合わせするように仕向けていたに違いない」


「……ということは」


 忠弥は背中に冷たいものを感じた。


 自分達は相手に完全にはめられたことになる。この状況で、伏兵などを用意されていたら痛撃を受けることは間違いない。


 しかし、そうした動きはなかった。


「相手は本気でやりあうつもりはなかったのであろう。万一本気だったなら、我々の半分はやられていたかもしれん」


 十兵衛の言葉は全く頷けるところであったし、この後、下で待ち伏せをしている可能性も考えられる。


「どうしましょう?」


「ここで仕掛けてこない以上、相手も多分仕掛けてはこないだろう。もちろん油断は禁物であるが、ここは一回戻って正雪に伝えるしかあるまい」


「…確かに」


 忠弥も頷いて、撤退を命じた。




 山の下から上の様子を眺めていた劉国軒が腕組みをした。


「いやいや、さすがに落ち着いているのう。少しくらいは同士討ちしてくれるのではないかと期待していたが」


「我々には全く分からない言葉でしたね」


 兵卒の言葉に頷いた。


「ショーザエモンなどと言っておったな。鄭芝龍殿に聞いてみれば分かるかもしれない」


「隊長、どうして攻撃しなかったのですか?」


「うむ? 鄭芝龍殿からは、負けろと言われていたからだ」


「……それなら、もっと簡単に負ければ良かったのではないですか?」


 兵卒の言葉に劉国軒は笑って答えた。


「それはそれでつまらないではないか。少しくらいは相手のことも知りたいし、相手の動きがどうであるかも把握してみたいしな」

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