第5話

 厦門では、鄭成功らが年末からの遠征の計画を立てていた。


 今回、鄭成功が狙うのは福建北部の大都市である福州である。福州を取れば、福建は完全に掌握することになるし、浙江から南京も狙える構えが整う。


「海と陸から狙ううえで、浙江に派遣されたという軍は目障りではあるな」


 鄭芝龍が浙江方面に軍を展開しているという情報は、清の官吏から海を経て厦門にまで届いている。この程度の情報は賄賂次第でどうとでもなるが、それはお互い様の要素もある。清軍はそうしたことには疎いが、鄭芝龍はこちらの強みも弱みも知っている。


 自軍の動きもある程度読まれているだろうということを前提に動くしかなかった。


「陸に関しては、浪人部隊にも頑張ってもらいたいが、浙江方面に展開させるか、福州攻撃の主力を任せるか……」


 本来なら浪人軍団は主力であるから、福州攻撃に回ってもらいたいのが本音である。しかし、施琅と甘輝が鄭芝龍と相対することを嫌がった。


「我々のことはよく知られております。できましたら、柳生殿や丸橋殿を」


「ふうむ……。そこまで言うのなら、打診はしてみるが……」


 鄭成功はいつも通り、由井正雪を呼ぶことにした。



 呼ぶ方もいつも通りであれば、呼ばれた方もいつも通り鄭成功の屋敷にやってきた。


 が、その入り口の前に施琅と甘輝がいる。


「由井先生、ちょっと……」


 二人に呼ばれると、正雪も断ることはできない。屋敷に入る前に、近くの茶店に立ち寄ることとなる。


 そこで正雪は二人から、鄭芝龍と相対することを避けたい旨を告げられる。


「国姓爺には言えないのですが、我々が鄭芝龍と相対することとなりますと、鄭芝龍が離間策を採ってくる可能性がございます。そうなった際に……」


「なるほど」


 正雪にも二人の言いたいことを見えた。


 以前、一度施琅に対して離間策が仕掛けられたことがあり、その時は鄭成功を納得させることができた。しかし、それが永遠に続くという保証もない。


「我々は戦場で後ろのことばかり考えたくないのです。そのためには、国姓爺の近くで福州攻撃にあたりたい」


 二人が苦笑しながら話す様子を見て、正雪も苦笑する。


 まさか鄭成功本人に「あんたは自分達を疑うかもしれないから」とは言えない。といって、危惧をそのままにしておくわけにもいかない。そこで正雪にこっそり告げる形で、何とか福州攻撃に回してもらいたいという意図を告げてきたのである。


「分かりました。我々としては福州でも浙江でも変わるところはありません。国姓爺には浙江攻撃を引き受ける旨を伝えましょう」


「ありがとうございます」



 という事前知識を受けて、鄭成功の屋敷に入る。


 鄭成功からも、福州攻撃と浙江方面の牽制という役回りを告げられたうえで。


「現在、ここ厦門において陸戦を任せるとすれば我々の部隊よりも、先生を含めた日本軍の方が強いことは言うまでもありません。我々の主目標は福州でありますので、本来ならそちらに回っていただきたいのですが、浙江方面の指揮をとるのは私の父でもある鄭芝龍です。こちらの手の内を知り尽くしている相手のため、二人は嫌がっていますし、私もこの方面を先生にお任せした方がいいのではないかと思っています」


「承知いたしました。引き受けましょう」


「ありがとうございます。父は駆け引きに優れているので、おそらく最初は負けを装い、我々の油断を誘って勝ちを狙ってくるのではないかと思います。そういう点でも、冷静な由井先生や柳生先生のおられる日本軍の方がうまく戦えるのではないかと思っております」


「高く評価していただき、ありがたく思います。期待を裏切ることのないよう頑張りたいと思います」


 そう引き受けて、鄭成功の屋敷を出た。




 正雪は浙江への展開を引き受けると、丸橋忠弥を呼び出して柳生十兵衛を訪ねた。


「今回は加藤様のみ窓口として厦門に残っていただき、全軍で出て行きたいと考えております」


「だが、それでも足りないのではないか?」


 中国の地方の一つ一つの広さは日本の比ではない。一万という軍勢で把握するにはあまりにも広い。


「はい。ただ、我々の役目は牽制でございますので、南部のあたりを東西に動いていれば問題ないかと。詳細は現地の地図を確認してからとなりますが」


「それであれば、我々としては特に何も言うことはない。ただ一つ問題は……」


 十兵衛の言葉に、正雪と忠弥が視線を向ける。


「庄左衛門がそのようなのんびりしたことに耐えられるかどうか、だな」


「はい。そこだけは懸念しております」


 正雪が苦笑し、忠弥も「まあ、あいつはなぁ」と不安そうな顔を見せた。

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