第4話
永暦帝が李定国の庇護を受けることになったという報告は広州からすぐに厦門へともたらされた。
「これは朗報であるな」
報告を受けた鄭成功は満面の笑みを浮かべる。
「できれば広州に来てもらえれば、万一清が迫ってきたとしても、船で厦門までお迎えすることができる。李定国が協力してくれればありがたいのであるが……」
皇帝との距離感が微妙なこともあり、厦門に別の皇族がいる素振りはしているが、永暦帝が真っ当に皇帝としての職務を遂行してくれるのであれば、それが一番有難いのは言うまでもない。
「ただ、これで李定国に対する清の攻撃は激しくなるでしょう。我々が支援をしなければ厳しい立場に追いやられるものと思います」
甘輝の言葉に鄭成功も頷いた。
永暦帝の身柄と引き換えに空白地帯となった雲南には呉三桂と清に降った孫可望が入った。これで、李定国は北、北西、南西の三方向から攻撃を受けることになりかねない。
「分かっている。年が明ける頃には北に向かう準備をしなければならない」
「北と言いますと、鄭芝龍が宮廷に出入りして何かを企んでいるという報告が入っておりますな」
施琅の言葉に、鄭成功が顔をしかめる。
「今更何をしようというのやら……」
「天津で船団を作り上げたとも言いますし、今後、清の海軍提督として出張ってくるかもしれません」
「ふん。確かに父は経験があるが、率いるのが清の兵ではどうにもならないだろう」
その鄭芝龍、北京から遥々南京へとかけつけていた。
南京で、鄭芝龍は小規模の軍勢を多めに編成する。
部下からは不安の声があがった。
「こんな小さな部隊では、国姓爺の部隊と当たったらたちまち敗れてしまうのではないかと思いますが」
鄭芝龍は頷いた。
「うむ。勝てない。だから逃げるのだ」
「えっ、逃げるのですか?」
「そうだ。鄭成功はこれまでのところ順当に行き過ぎている。内心で、清軍与しやすしと思っているであろう。その思いを更に強くさせるのだ。そうすれば、そのうち我々を甘く見て失態を行うに違いない。その時、我々は鄭成功の船団を焼き払い、奴らの海での活動に制約を加えることができる」
「なるほど……。ということは、我々は相手と対したら、すぐに逃げればいいと?」
「そういうことだ」
「それならばやってみせましょう」
部下は鄭芝龍の言葉に納得し、それぞれ小さな部隊を率いて出て行った。
「……うん?」
その中の若い兵卒に鄭芝龍は目を向けた。
「おい、そこの者」
声をかけられ、兵卒が振り返る。温和そうな顔をしているが、しっかりとした眼光を携えた若者であった。
「中々見どころがあるようだが、このあたりの者か?」
「いいえ、私は福建の生まれです」
「何、福建? それではわしと同じではないか」
「はい。鄭将軍のことは母親からもよく聞いておりました」
「そうか。どうせロクな話ではないだろう」
鄭芝龍は大いに笑い、名前を尋ねる。
「
「劉国軒か。覚えておこう。何人の兵士を率いていくのだ?」
「はい。二百人ですが」
「今日からは五百人にしてやろう。とはいっても、当面は逃げることに専念するのだぞ」
「ははっ。ありがたき幸せにございます」
鶴の一声で昇格したのであるから、劉国軒も嬉しそうに頭を下げた。
劉国軒の率いる部隊を含めて、南京を出撃した総勢二万ほどの部隊が浙江へと向かう。
その船上で、どの部隊がどのあたりに赴任するかの相談が行われた。
「我々は温州に向かいたいのですが」
劉国軒が発言する。
「私は福建で生まれましたので、北の温州のことはよく知っています。地の利もありますので、逃げる道も多く把握しています」
と理由も説明する。他に温州や福建の出身者がいないこともあり、あっさりと意見は受け入れられた。
持ち場が決まると、劉国軒は早速部下の兵士達を集める。地図を取り出して説明を始める。
「ここから、こう逃げて、この方面に行くことにするぞ」
綿密な説明を、兵士達は頷いていたが、次第に不思議そうな顔になる。
「随分と細かいところまで決めますね」
劉国軒は「まあ、まあ」と鷹揚に答えるだけであった。
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