第12話
「従って、だ」
洪承疇の顔が渋くなる。
「今、厦門を無視することはできない。そこで貴様が作った水軍の出番となる」
「ち、ちょっと待ってくださいよ」
鄭芝龍は露骨に慌てだした。
「将軍、もしかして、この水軍で厦門を叩けということですか?」
それでは話が違う。皇帝フリンは、兵士については後々何とかするということを言い、船団の製造だけを命じたのである。船団を指揮しろとなってくると、話が全く変わってくる。
「それは無理です。こう申しては何ですが、今、成功の奴を叩こうとしたなら、船団に投じた船を全て海に投げ込むようなものです。勝てるはずがありません。はっきり申しますが、時間稼ぎすら出来ません」
船団の操舵技術も一朝一夕で身に着くものではない。仮に示威行動として海に出たとしても、鄭成功はそれを許すことはないだろう。陸ならともかく、海に関しては彼らの生活が懸かっている。
「時間稼ぎすら無理か?」
「はい。できません。将軍は海を甘く見ておられます。我々が厦門に向かったとして、九割以上の船を失い、半分以上の兵士が降伏することが目に見えております。しかもその戦勝によって、成功は更に強くなるものと思います。具体的にはオランダと同盟を結び、天津衛まで攻め寄せてくる可能性すら否定できません」
鄭芝龍の言葉に、どよめきの声が上がった。
オランダやポルトガルの艦船が有する大砲やその防御力がいかに固いかということは、いかに海のことには不得手な清の上層部にも分かっていることである。鄭成功の船団にオランダの艦船が加わるということは悪夢そのものであった。
「ならばどうすればよい?」
「海から叩くことは無理でございますので、陸側から、つまり、江西から福建へと攻めとるしかないと思います」
「それでは今のままではないか」
「はい。今のままで進めるしかありません。鄭成功に海戦を挑むのであれば、少なくとも二年間は水軍を鍛える必要がございます。もちろん、それで必ず勝てるという約束はできませんが、二年鍛えない限りまともに相手になることもありません」
「そうか…」
洪承疇も明らかに気落ちした様子を示した。
「聞くところによると、施琅らへの働きかけも失敗したということ。成功の軍は李定国よりも数は少ないですが、簡単に打ち破れると思ったら大間違いです」
「分かった。もう良い。水軍の訓練も任せたぞ」
現時点で不要と判断されたのであろう。半ば追い払われるように、鄭芝龍は紫禁城から出された。
「とはいえ、無理なものは無理だからな」
鄭芝龍はそう毒づき、ふと考える。
「このまま清についておるより、戻った方が良いのであろうか。とはいえ、戻ったとしてもどのような扱いが待っているのか、知れたものではないのだが……」
「鄭芝龍様!」
そこに急に背後から追いかけてくる者があったので、鄭芝龍は慌てて口をつぐむ。
「陛下がお呼びですので、もう一度来ていただけますか?」
「陛下が?」
鄭芝龍が再度部屋にいると、洪承疇は作戦の打ち合わせなどがあるらしく部屋を出て行っており、フリンとジルガランの二人が残っていた。
「先ほどの話については聞かせてもらった。二年はかかるそうだな」
「はい。最低でも二年はないとどうにもなりません」
「しかし、その間鄭成功を完全に放置するわけにはいかぬ。無理難題かもしれないが、何か方法はないか?」
「陸地におびき出すしかないのではないでしょうか。例えば、港を攻撃するような形で」
「それも難しい」
「攻撃をすることくらいはできるのでは?」
「清は南側の拠点を全て失った。広州も李定国に開城したし、鄭成功の拠点を攻撃できる部隊はいない。それこそ、北から長駆厦門を目指すくらいしかできぬ」
「左様でございますか…」
鄭芝龍は渋い顔を見せた。地図を眺めながら、何かいい方法はないかと思案をする。
たっぷりと五十ほど数えたであろうか。鄭芝龍は溜息をついた。
「陛下、せっかく作った船団を半分ほど失うことになってもよろしいでしょうか?」
「策はあるのか?」
「船団を使って海から陸におびき寄せることができれば、ある程度の被害を与えることなら可能だと思います。こちらの作った船はほとんど使い物にならなくなるでしょうが」
フリンは頷いた。
「今は鄭成功の勢いを少しでも削ぎたい。それが少しでもできるというのであれば、船団についてはまた作り直せばいいだろう」
「左様でございますか」
簡単に言ってくれるなよ。鄭芝龍はそう思ったが、皇帝フリンの直々の要請を断るわけにもいかない。至急検討いたしますと回答して、その日のうちに天津へと急いだ。
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