第6話

 衡陽へ凱旋した李定国は、すぐに正雪を呼び出した。


「国姓爺の意図は分かったが、現実として陛下が厦門に向かわれることはないと思う。どうにかして連絡路を築いて、向こうから来てもらうしかない」


「それは承知しておりますが、そのためにはどうしても」


「広州を落とす必要があるということだな」


「はい」


「できれば協力したいが、多少時間をかけた方がいいかもしれない」


「…今回の戦いの結果を受けて、ということですな」


 正雪の言葉に李定国は頷いた。


 南方にいる領主の多くは完全に清に心服しているわけではない。孔有徳に引き続いて、宗室のニカンも戦死したことで、明の側に流れてくる可能性が大いにあった。


(国姓爺も連戦連勝を続けているうちに、福建の要人が多く裏切ってきているわけだしな)


「呉三桂ら三人の要人はくだらないだろうが、東部にいる連中が降伏する可能性は高い。ことによってはこのまま東へ福建までの道がつながるかもしれぬ」


 李定国はこの勝利の後、画家を呼んで絵に記させていた。


 明の側の勝利を広く伝えるためである。これらの絵を各地にばらまき、清の支配をぐらつかせようという目的があった。


「ただ、こちらの側にも問題がある。孫可望ら永暦帝の取り巻きだ。彼らは私が戦果をあげればあげるほど、協力することを拒むようになってくると思われる」


「…今こそ、一致団結して清に向かわなければならないのに、情けないことですな」


「嘆いていて事態が変わるのならいくらでも嘆くが、現実が変わらない以上、それに応じた作戦を取らなければならない」


「その通りです」


「どうにかして引き続き連絡を取れるようにしたい」


「分かりました。現在、国姓爺の軍は香港を占領しておりますので、香港を中間地点としまして、厦門との間で連絡を取れるようにいたしましょう」


「では、私からも国姓爺への挨拶文をしたためるとしよう」


 李定国はその場で手紙をしたためて、正雪に渡す。


「共に明のために、頑張ろう」


「はい」


 二人は固く握手をかわして、その場を別れた。



 桂林を経由して南側へと戻る途中、一行は広東や江西の多くの豪族が李定国の支配を受け入れていったという報告を耳にした。


「ということは、国姓爺が江西の東部を取ることができれば、陸路でつながることも可能ではあるな」


 また、逆に広州にいる耿継茂と尚可喜は身動きが封じられてしまったことになる。


 一行は一か月かけて来た道を戻り、欽州へと戻った。船に乗り込んで再び東へ向かう。


「また海南島を通らなければならないな」


 往路では賄賂を使って切り抜けた場所であるが、船長の表情は明るい。


「今度は大丈夫でしょう」


「…?」



 海南島につくと、確かに最初に来た時とは状況が一変していた。


「我々は国姓爺の部隊だ。李定国様からの書状を携えて、戻るところだ」


 船長が堂々と理由を述べるので、正雪一行は仰天する。しかし。


「左様でございましたか。どうぞお気をつけて」


 海口の役人達全員がへりくだった態度で船長に接している。


「どうやら、衡陽の戦いのことがここにも伝わっているみたいだな」


 今やこの地にいる役人達も清の側についていては自分達が孤立することになると分かっている。そのため、鄭成功や李定国に対して強く出られないのであろう。あわよくば何とか認めてもらおうと考えているようにも見えた。


 東に向かい、広州近辺で施琅達と合流した。


「おお、由井殿。中々面白いことになってきたな」


 施琅は上機嫌である。


「ここ二週間ほど、広州の兵士達がちらほらと脱走してきている。衡陽での敗戦が余程堪えているらしい」


「左様ですか。落とせそうですか?」


「うーん、時間をかければ不可能ではないかもしれないが、陸からの援軍も欲しいところだな。当面は香港に兵を残して継続的に圧力をかけ、そのうえで更なる自壊を待つのがいいのではないか。ところで、明の皇帝の方はどうだった?」


「…我々が頼んで動くということはなさそうです」


「そうか。国姓爺を更に頑固にしたような連中なんだろうなぁ。おっと、これは国姓爺には内緒で頼む」


 施琅が苦笑し、正雪も笑う。


「承知しております」


「動かない皇帝ばかりは、さすがの由井殿でも簡単には行かないだろうな」


「…国姓爺が認めてくれれば、という条件で一つ思いついたことはあるのですが」


 正雪の答えに、施琅が身を乗り出す。


「ほう。この状況でも何らかの策があるのか。さすがという他ないのう。ならば、由井殿は一回厦門に帰られるがよいだろう。わしらは引き続き広州を攻撃するゆえ」


「分かりました」


「もうすぐ、年が変わる。来年は、より明るい展望が描ければいいのう。いや、そうなるべきだ」


 施琅は自信ありげな顔で広州に視線を向ける。


 間もなく、永暦七年を迎えようとしていた。

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