第4話

 李定国は作戦を立て、指揮の前の確認として、山の方へと向かった。


 全体を見張らせそうな場所を見つけて、そこに向かったところ、先客がいたので思わず声が洩れそうになった。


「り、李将軍…」


 相手も同じであったらしい。茫然とした様子で掠れるような声を出した。その姿を見て、先立って陣を尋ねてきた鄭成功の援軍と名乗っていた者達であると思い出す。


「ここで何をしている?」


「ゆ、由井先生が、ここなら戦況を観られるだろうということで案内して参りました」


「何!?」


 一瞬、足下が崩れるような錯覚を覚えた。


 今回の作戦の概要は馬進忠など、主だった者にしか知らせていない。


 何故知っているのか。


 知っていたとしても、何故、自分が確認しようと思っていた場所にいるのか。


「あの男に、どういう戦いになるのか聞いてみろ」


 小声で、通訳の男に指示を出す。通訳は蒼ざめた顔で正雪という小男に尋ねる。


「…一体、どういう戦いになるんでしょうね?」


「そうじゃのう。俺なら、一隊を進ませて少し戦わせて撤退する。相手は親藩の王が出てきているという以上、戦意は相当に高いだろう。追いかけてくるはずだ。そのうえで、この山の近辺に伏兵を仕掛けておいて、包囲するような戦いができれば一番良いのではないか?」


 と語ってしばらくした後、正雪が振り返った。


「これは、これは李将軍、こんなところで会うとは奇遇でございますな…」


「誰から聞いた?」


 もし、作戦が漏れているとなると、一大事である。


「…誰から聞いたということはございません。この周辺の地形を見る限りでは、それが一番よろしいだろうと判断した次第です」


「左様であるか…」


「将軍がここにおられるということは、やはりこの山で包囲するつもりですかな?」


「それが出来れば一番いいと思っている」


 李定国が山の下の景色を見た。


「ここからですと非常に良く見えます」


「何故ここに来ようと思った?」


「高名な李将軍の采配ぶりを見てみたいと皆の前で言ったところ、どうせ端に布陣しているのだから、一人くらい観に行ったとしても罰は当たるまいとなりましたので観に来ました」


「む、むぅ…」


 李定国は短く唸った。


 信用できないという理由で、端の方に布陣するように申し渡したのは自分である。文句も言えない。



「国姓爺が羨ましい」


「は?」


「先生のような人物がおられるとは…。我々の方は誰もおらぬ。いや、兵は皆必死に戦ってくれている。しかし、上に立つ者がのう…」


「…そうでしょうね。我々もそう思ったので、こちらに参りました」


「はっきり言ってくれる」


 李定国は苦笑した。


 だが、確かに明晰な者であれば、永暦帝周囲の行動に失望することはあるかもしれないと思った。他ならぬ自分がそうなりつつあるのだから。


「…山の西側に二万、この山の中に五千、進ませる馬進忠に三万五千を任せるつもりだ。残りの二万は正面の応援用として近くに待機してある。この配置、いかが思われる?」


 尚、浪人軍は応援用のうち、もっとも端に布陣している。正面を行く部隊が失敗した場合にあるいは手助けをする必要があるが、そうでなければ全く戦いに関与しない予定である。


 つまり、浪人軍にはほぼ出番がないという見込となる。


「私はこの周辺の地理に疎いのではっきりとは申せませんが、後方に二万、山に五千というのは理想的ではないかと思います」


「安心した。さて、先客がある以上は仕方ない。私は別の場所から調べるとしよう」


 というと、正雪もさすがに慌てる。


「とんでもございません。将軍の居場所だと分かっていればすぐに退散いたします。私は別のところから観戦するといたしましょう」


 正雪はそそくさと手持ちのものをまとめて、場所を空ける。


「もう少し上におりますゆえ、邪魔であれば申してください」


「うむ…」


 李定国は変わってその場所に入り、北の方を見た。


 まだ、動きはない。しかし、近日中には動くはずだという報告を受けていた。



 待つこと二刻。


 ニカンの率いる軍が湘譚を出撃し、衡陽へと向かったという報告がもたらされてきた。


戦場のイメージ図

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927861522970010

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