第2話
李定国にとっても、予期せぬ訪問客であった。
「福建の国姓爺からの遣いだと…? それなら陛下の下に行くのではないのか?」
疑念は過ぎる。ひょっとしたら清の側の謀略ではないかという疑いも抱く。
とはいえ、全く会わずに追い返すのもまずいということで、ひとまず遠目から様子をうかがうことにした。
「…何だ、あの不思議な服は?」
様々な民族との付き合いがあるだけに、まずは相手の風俗が気になるところであったが、これまで一度も見たことがないような服を着ていることに驚かされた。
「…モンゴルより北方…ということもなさそうではあるな」
見ていない可能性があるとすれば、モンゴルよりも更に辺境の民族ではないかという考えが過った。
「何人かは聞いたこともない言葉を話しております」
「…となると、福建から来たというのは満更嘘ではないかもしれぬ」
福建の海から、より別の場所に行けるということは李定国も理解している。全く見ず知らずという以上、福建から来た人間であるという可能性がもっとも高い。
「よし、会うとしようか」
李定国は決心が固まり、改めて着替えて浪人達の前に出ていくことにした。
「私が李
李定国が座ると、二人の男が、一同の中の少し背が低い男に話しかけている。どうやらこの背の低い男が首領らしいということを理解する。
「我々は福建から来た者で、日本からの浪人でございます」
「日本? 日本とは何だ?」
李定国は十歳の時から、前線で戦っていたこともあり、知識人としての教育は何も受けていない。必要な学問はその都度勉強していたという生き方をしてきているので、当然、日本の存在といった中国西部で戦ううえでは不必要な知識は何もない。
「中国の東にある国でございます」
「…貴殿らは日本から、国姓爺に援軍に来たということか?」
「日本から…ということについては多少語弊がございます。我々が、明に理ありと考えてかけつけた次第でございますので。日本という国が明についているわけではありません」
「なるほど…」
そこで、衛兵が浪人から受け取ったらしい鄭成功の書状を寄越す。
李定国はそれを開いて内容を読む。
「…ふむ、陛下に厦門にお越しいただきたいということか」
「左様でございます。現在、我々はオランダとも朝貢交渉をしております。陛下は切支丹であるということ。オランダから朝貢を受けることとなりましたら、清にも大きな打撃を与えることができるのではないかと思います」
「なるほど…」
李定国は腕組みをした。
同時に、何故、彼らが永暦帝のところへ直接行かずに自分のところに来たのかも理解した。
(孫可望や安竜にいる連中にとっては、陛下を厦門に行かせることなどとんでもないことだろう)
彼らは皇帝のそばにいるということだけで、その威をふりかざし自分達の好きなようにしている面々である。皇帝を別の勢力のところに連れていくということは、すなわち自分達にとっては自殺行為に等しい。
(陛下と国姓爺が連絡を取るためにはどうしても広州を確保する必要がある。だから、私に広州攻めの援軍を頼みたいということか)
これはすぐに答えが出そうにない。李定国はそう結論づける。
「確かに興味深い提案なれど、現在、私も衡陽を攻める身。一旦保留にさせてもらってもよろしいだろうか?」
「もちろんでございます。差し仕えなければ、我々も助力したいと思うのですが」
相手の申し出に李定国は驚く。
「貴殿らが?」
「はい。我々は永暦帝に関することもさることながら、李将軍の采配が見たくてここまで参りました。将軍にとっても、我々の戦力を見ておくことは決して損にはならないでしょう」
「…分かった。そういうことであれば、我々も戦力は必要としている。協力してもらおう。まだ名前を聞いていなかったが…」
「おお、これは失礼いたしました。私は、由井正雪と申します」
進み出た男と握手をかわし、その場の話は終わった。
「あの者達、信じても大丈夫なのか?」
李定国に
「持っていた文は国姓爺のもので間違いないだろうし、怪しむべきものではないと思うが、もちろん、要となるようなところには配置はしない。最悪、裏切られたとしても構わないところに配置するように気は遣うつもりだ」
「それを聞いて安心した」
馬進忠は言葉だけではなく、心底安心したかのように安堵の笑みを浮かべた。
「ここまで、連戦連勝で来ている。できれば、この勢いを変な形で削ぎたくないのでな」
「うむ」
李定国も頷いた。
鄭成功との連携も気にはなるが、まずはこの衡陽奪取である。
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