第4話

 二刻ほど、正雪達は隣の部屋で待つことになった。その間、レイニエをはじめオランダ人達が検討しているのであろう。


 半兵衛はちらちらと部屋の方に視線を向ける。聞こえるはずもないし、聞こえたとして何を話しているか分かるわけでもない。それでも気になってしまうものらしい。


「正雪、断られたらどうするのだ?」


「その場合は、台湾は力で取るしかなくなる。ただ、郭もいるし、原住民もなびいている。武器の差には苦労するだろうが負けることはないだろう」


「そうか…、そうだったな」


「我々はお願いに来たのではない。提案に来たのだ。向こうが拒否するならば、それまでのことだ。しかし、暑いのう…」


「奴らはこんなところに終始おるのだろうか?」


「全員というわけではないだろうが、ほとんどはそうだろう」


「こんなところに長いこといたら、それは病気にもなるだろうな」


 半兵衛の言葉を受けて、正雪もレイニエの青い顔を思い出す。



 扉が開いた。通訳が出てきて、「入ってくれ」と申し出る。


 中に入ると、レイニエをはじめ全員少し穏やかな顔をしている。


(悪い結果ではなさそうだな…)


 そう考えている正雪に、レイニエが話しかける。


「…検討してみた結果、オランダにとって悪くない話だという結論に至った。ただ、我が会社…我が国が何をしなければいけないのか。それは改めて確認したい」


「はい。まず、これは私達の希望でございますが、清ではなく、明を認めていただければという望みがございます」


「どういうことか?」


「現在、明は清を相手にして苦労しておりますが、海上では圧倒しております。陸地で挽回するためには、明に大義名分が必要となります」


「そのために、オランダが明を認めよということか?」


「はい」


「…要は、宮廷に行って、我々が頭を下げればいいということだな?」


「左様でございます」


「了としよう。我々はイングランド人ほど偏屈ではないし、スペイン人やポルトガル人ほど阿呆ではない」


「ありがとうございます。そのうえで、ルソン攻撃などについては協力して当たりたいということでございます」


「それは分かっている」


 レイニエは椅子にもたれるように座り、苦しそうに息を吐くと近くの者に指示を出す。


「台湾の方にも正式な命令書を送る。台湾は日本との交易において重要な場所だ。奪われる危険は冒したくない」


「ありがたきお言葉でございます」


「ひとまず一年ほど友人として付き合おう。そのうえで、より大きなものを目指していけるのならば、それはオランダにとっても良いことである」


「異論はございません。ところで、台湾総督からは我々の数人をオランダに行ってみてはどうかと勧められておりまして、我々も若者を中心に集めてきているのですが」


「…分かった。次の船に乗せるよう、取り図ることにしよう」


 レイニエが「立ったり座ったりがつらいので、な」と椅子に座ったまま、右手を差し出してきた。正雪は立ち上がり、近づいて握手をかわす。


 会談は終わった。



 部屋を出ると、半兵衛は溜息をついた。


「これでしばらくはヨーロッパだのう…。果たして戻るのは何年後になることやら」


「すまぬのう。息子達のことをよろしく頼む」


 頭を下げた正雪に、半兵衛は笑う。


「いやあ、わしのような年寄りは言葉を覚えるのも時間がかかる。すぐにわしの方が若者におんぶに抱っこということになるかもしれんぞ」


「ははは」


 正雪はその後、控室に向かい、息子の玄謙を呼び出す。


「本来なら、自分がオランダに行きたいのが、故あって残らなければならなくなった。この父の分までオランダのことを学んできてもらいたい。学んだことは、必ずおまえの時代には役に立つはずだ」


「はい」


 その後、一刻ほど親子の時間を過ごし、正雪は港の方へと向かっていった。




 翌日の船で、正雪はバタヴィアを発ち、台湾を経由して厦門へと戻った。


 同じ船でオランダ東インド会社の人間も三人、厦門へと向かう。鄭成功との面会という任務を携えて。




 半兵衛と玄謙らがオランダへの帰国船に乗り込んだのは、更に三か月後のことであった。

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