第10話
憔悴したオランダ人達の顔を見て、半兵衛はここまでのところ正雪の目論見通りに行っている、と思った。
「我々が協力というのはどういうことでござろう? 我々が福建人と戦うということでござろうか?」
半兵衛は「解せない」とばかりに腕組みをする。
「我々と彼らとの間に特別友好関係はないが、同じ大地で同じような活動をしているものである。貴殿らに貴殿らの考えがあることは理解しているが、一方的に彼らと敵対をするのは受け入れられぬのう」
「そういうわけではありません。彼らがここゼーランディアを襲えば、台湾中が混乱状態に陥ります。台湾の秩序のために、協力してほしいのです」
「ふむ…。しかし、ここが混乱状態になってくれば、福建から国姓爺が来るのではないか? そうなれば台湾も落ち着くのではないかと思うが…」
腕組みをしたまま考えるふりをする。
「私はここの日本人の間では顔役であるが、ここまでの難しいことを私一人で判断することはできない。厦門に我々の首領とも呼ぶべき存在がいるので、その者と話をしてもらわないことには、どうしようもないと思う」
「…しかし、我々が厦門に行くとなれば、それはそれで国姓爺との間で問題が生じる可能性があります」
オランダの艦船が厦門に近づこうものなら大変なことになるのは火を見るより明らかである。といって、自分の国以外の船に乗りたいというオランダ人はいない。
「ならば…」
正雪を台湾に、と言おうとしたところで半兵衛はふと言葉を止める。
(これで正雪は台湾まで来ますよ、というとオランダ人に侮れられる恐れもあるな。それに、仮に正雪がここ台湾のオランダ人を納得させたとしても、バタヴィアの本城が納得しない限りは解決策とならない)
半兵衛は大仰な恰好をしながら考え、オランダ人もその返事を待つ。
(虎穴に入らずんば虎子を得ずともいうか…。ままよ)
半兵衛は手を叩いた。
「それならば、首領をバタヴィアに行かせよう。そこで本格的な話をするというのはどうだ?」
「バタヴィア!?」
オランダ人が仰天した。まさか自分達の本部まで日本人が行くと言い出すとは思わなかったのである。
オランダ人達は「検討させてほしい」と言って、別室へと出て行った。その間、半兵衛と加藤市右衛門は台湾の珍品とワインを食することを許される。
「大丈夫ですかね?」
市右衛門が不安そうに問い掛ける。
「敵の本拠地に乗り込んで、無事に帰ってこられるかどうか…」
「正雪はこの周辺のオランダをまとめて動かすつもりだ。ならば、台湾で交渉しても解決策にはならぬ。敵の本拠地まで乗り込んでいかぬことには、な」
「それはそうですが」
「台湾の事態を解決するためには、正雪の協力が必要だということは奴らも理解しているだろう。話が妥結するか、しないかは別として、我々に危害を加えるような真似はせぬはずだ。ま、もちろん、そうでなければ、大暴れするだけではあるが…。台湾に来た時もそうだったが、お主達は数年前のことをもう忘れておるのではないか? 幕府を相手に華々しく討死してこそ武士よとか啖呵を切っておった者もおった気がするが、あれは誰だったかのう…」
数年前の宴会のことを思い出す。正雪や半兵衛はともかくとして、忠弥も含めた全員が、酒の力もあって、好き放題不満を言っていた。「幕閣は全員切腹だ」、「将軍も切腹だ」などなど騒ぎ立てており、うるさい上に部屋も滅茶苦茶にしてしまい、終わった後に正雪とともに激怒している店主に謝り通しだったことを思い出す。
「あの場に奉行所が踏み込んでおったら、わしら全員切腹も許されず打ち首だったかもしれんぞ」
「ま、まあ…。それはそうですが…」
「まあ、来たくないならお主は台湾に残ってブルブルと震えておればよい」
「と、とんでもない!」
臆病者扱いされた市右衛門が反論しようとしたところで、オランダ人が戻ってきた。荒い剣幕の市右衛門にオランダ人が怪しむような視線を向けており、バツが悪そうに市右衛門は大人しくなる。
先ほどはいなかった長身の男が名乗り出る。
「台湾総督のニコラス・フェルバークだ」
「金井半兵衛と申します」
「先ほどの話を聞かせてもらった。バタヴィアに行くという話、向こうの対応が分からないが、我々としても受けることにしよう」
「おお、そうか」
「金井殿にも来ていただきたいのだが、よろしいか?」
「私も、か? それはもちろん構わないぞ」
そもそも自分もついていくつもりであったので、渡りに船の提案である。
しかし、その後の提案は半兵衛の予想を超えていた。
「話が妥結した場合、十七人会に問い合わせる必要もあるので、アムステルダムまで来てもらいたいが、それもよろしいだろうか?」
「何!? アムステルダム…ということは、遥か西の本国まで行くのか!?」
通訳から聞いた半兵衛も、これには絶句した。
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