第8話
永暦六年も引き続き、鄭成功は福建近辺で作戦を成功させていた。
長泰を攻めとることに成功すると、追加で派遣されてきた清軍を崇武で撃退する。これで厦門の対岸をほぼ確保した。
「甘輝、施琅」
鄭成功は自身配下の中でもっとも頼れる二人を呼んだ。
「これで泉州への道が確保された」
泉州は福建では最大の都市であり、かつては最大の港町として知られていた。明になって以降、海岸線の変化により厦門や福州に移っていったが、港湾を支えるための機能は依然として残っており、支援基地としての機能は高い。
それ以上に、泉州を確保すれば名目的な意味での価値は高いのであるが…
「だが、急ぐ必要はない。泉州については長期的に確保できる作戦を立ててほしい」
二人は意外そうな顔をした。
「どうした?」
「いえ、今年中には確保されたいのかと思っておりましたので」
「もちろん、取れるものなら欲しいが、急ぎ過ぎて失敗しても仕方がない」
「台湾に向かいますか?」
施琅の言葉に、鄭成功は頷いた。
「彼らが来てから、私の運は上向いているように思うし、彼らの采配や戦いに間違いはない。私は彼らを信じるべきだろうと思う」
「分かりました。泉州攻撃についてはお任せください」
「頼りにしているぞ」
鄭成功は二人に任せると、自らは厦門に戻っていった。
五月、厦門に戻った鄭成功はすぐに正雪を訪ねた。
「由井先生、作戦はどうでしょうか?」
鄭成功の問いかけに正雪は大きく頷いた。その様子を見るだけで、こちらの作戦が順調にいっているのだと鄭成功は確信する。
「…半兵衛からの書状によれば、原住民の半分は中立でいるようです。郭懷一も順調に福建人の反感を煽っているようで、オランダは神経を尖らせているようです」
「…とはいえ、オランダの艦船は強い。勝てますかな?」
「艦隊は強力です。はっきり申しますと、オランダを駆逐できるかについては五分五分でしょう」
「それを覆す策はおありですか?」
「策はあります。しかし、勝たなくても目的を達成することはできます。国姓爺、台湾を取る意味は何であるか、以前説明したと思いますが」
「もちろん。台湾を明の勢力にしてしまって、朝貢をさせることで清の権威に揺らぎを加える…。あ、そうか。そういうことですか」
鄭成功がポンと手を叩いた。
「オランダが明に形式的に服従するのであれば、何も追放する必要はないわけですね」
オランダはヨーロッパの国の中で唯一、徳川幕府ともやりとりを通じているように、交易上の利があるのであれば、形式にはさほど拘泥しない。朝貢の使者を出すというくらいであれば、それが自分達の利益になるなら従うことは目に見えた。台湾から無理に追い出す必要はない。
むしろ、オランダ人のままの方が、対清に対する威嚇としては都合がいい。
「左様でございます。オランダの税金に苦しめられている福建人の税金を軽減させれば郭懷一の顔も立ちます」
「ふむ…。ただ、税金軽減までは呑みますか? 私はオランダの状況については存じてはおりませんが。それに、彼らにとっても我々は商売敵な側面もあります。妥協にも限界があるかと思いますが」
「そこでルソンを利用するのですよ」
「ルソン?」
「イスパニアはルソンにあるマニラを中心として新大陸と交易をしていますが、オランダとイスパニアはかねてから敵対関係にある者同士でございます。我々とオランダで、ルソンを奪い、ルソンにもオランダの拠点を作るのでございます」
「…なるほど。オランダにとって、我々と対立するよりもイスパニアの方が憎いし、商売上の利益があると思わせるわけですか」
「その通りです。しかも、イスパニアの船はマニラから福建にも多数来ています。これらの船を一気に乗っ取り、我々はマニラを内から攻め、オランダが外から攻めれば簡単に落ちるものと考えています」
「……」
気づくと冷や汗が流れていた。
「由井先生、先生が我々の味方でいてくれて、本当に良かった…。もし、清の側にいたのであれば、我々の命運は今年のうちには断たれていたでしょう」
「とんでもございません」
「そのために、我々は何をすれば?」
「厦門近辺に艦船を集めていただけますでしょうか。もちろん、南澳など必要な部分の守りは残しておいて結構です。要は、我々はいつでも台湾内部と呼応して台湾を攻めることができるのだとオランダに思わせることが肝要でございます」
「承知いたしました。すぐに準備させましょう」
鄭成功は決断したら早い。すぐに厦門の港に向かい、周辺海域にいる艦船への招集をかけた。
台湾海峡周辺の船団がにわかに動き出し、穏やかな中に嵐の気配を漂わせていた。
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