第7話

 台湾の原住民といっても、多くの部族があり、それぞれ風習が異なる。


 恐れられている『首狩り』にしても、全ての部族が行うわけではないし、行う部族にしてもその頻度は全く異なる。もちろん、その細かい情報まではオランダ人も福建人も持っていない。



 当然、今、南東部を歩いている金井半兵衛、丸橋忠弥、シャクシャイン他数名についてもそうした情報はない。


「本当に行くんですか…?」


 と恐れ慄いているのは、郭懷一に寄越された原住民の言葉が分かる者である。


「行くに決まっておる。我々は原住民に会いに来たのであるから」


 と構わず進んでいく。


 半兵衛の目標は、とにかく遭遇することであった。遭遇した後、相手が友好的なら話をし、敵対的ならば逆にこちらの強さを見せつけて相手を恐れさせようというものであった。


「でも、山の方の連中は敵対的なことが多くて」


「何度も同じことを言わせるな。我々は、とにかく彼らと遭遇し、話がしたいのである。我々がどうすべきか、相手が示してくれるだろう」


 そう言って、しばらく進みつづける。


 既に道は、福建人が敷き詰めた道ではなくなっている。いつ出てきても不思議はない。


「…待ち伏せている」


 しばらく歩くとシャクシャインがつぶやいた。弓を取り、矢をつがえて茂みに向ける。


「襲撃するつもりだ」


 言うなり、シャクシャインが矢を放った。この時点では通訳を除く全員が得物を手にしている。通訳は一人、おろおろと半兵衛と忠弥の間あたりを移動している。



 矢が茂みに消えると、「ぐえっ」といううめき声が上がった。


 たちまち十数人の男達が茂みから姿を現す。シャクシャインが指した茂み以外のあちこちに潜んでいたらしい。全員、ものすごい殺意を放っており、半兵衛も忠弥も険しい顔をしてしばし睨み合う。


 と、そこで茂み近くにいた一人が叫んだ。それに呼応して、残りの者も茂みに再度潜み、ガサガサと音をたてる。どうやら、一時撤退をするつもりらしい。


 場の殺気が消え、全員の緊張がゆるむ。


「相手は我々相手に十数人では足りないと思ったのかな」


 忠弥が首を傾げると、通訳の者が恐る恐る口を開く。


「これは大変だ。一度下がるぞ、みたいなことを言っていました」


「ほう。大変なこと?」


 忠弥はけげんな顔をして、シャクシャインを見た。


「お主が先に気づいたことで、びっくりしたのかな? 矢は外れたが」


「いや、わざと外した」


 シャクシャインが答える。


「明日、あいつらは俺のことを恐れる」


「ほう?」



 翌日。


 またも進んでいると、数人の人間が姿を現した。昨日逃げた面々がいるのかどうかは分からないが、昨日とは明らかに態度が違う。


 数人がシャクシャインを指さして、「とても敵わない」とばかりに頭を下げた。


 半兵衛は通訳の者に相手と話をさせる。全く分からない言葉のやりとりの後、通訳が言う。


「貴方達は強い。何のために来たのか教えてほしいと言っています」


「我々は戦いをしに来たのではない。ここに髪の紅い者達が来たことはないか? と聞いてくれ」


 通訳させると、彼らは激しい口調で何を言い出す。


「来た、あいつらは非常に態度の悪い奴らだと言っております」


「我々は貴方達に中立でいてほしい。オランダ人にも福建人にも協力しないでもらいたい、と伝えてもらえるか?」


 通訳がそのことを伝えると、彼らも一様に頷いている。


「問題ない。我々もそうありたいと言っています。我々の土地に踏み入れないでほしいと言っています」


「分かった。しかし…」


 半兵衛は原住民たちがシャクシャインを指さして何やかんやとやりとりしているのが気になって仕方がない。


「彼らはシャクシャインを何と言っているのだ?」


「あの人の矢は悪魔の矢だ。かすめただけなのに死んでしまった、と口々に申しています」


「ふむ…」


 半兵衛はアイヌの毒矢については知らなかったが、相当な毒矢なのであろうことは分かった。昨日、シャクシャインがわざと外したと言ったのも事実なのであろう。少しの傷だけで死んでしまったことで、相手にとても敵わないと思わせることができたと判断した。


「すごい矢を使っておるのだのう」


 半兵衛の言葉に、シャクシャインは満足そうに頷く。


「お前達も試してみるか?」


「おいおい、冗談ではないぞ」


 半兵衛は苦笑した。



 それからしばらく、半兵衛達一行は台湾の南部から東部にかけて歩き回る。


 一度、威嚇をした部族についてはその情報網で素早く伝わるのであろう。再度遭遇しても敵対的な行動はとらなくなる。初めて会う部族についても攻撃的な場合は、シャクシャインの毒矢ですぐに大人しくさせ、友好的であれば話し合いで彼らの土地を侵すつもりはないことを説明する。


 こうして、永暦六年の前半のうちに、半兵衛と忠弥は南部から東部にかけての原住民の中立を確保することに成功したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る