第6話

 鄭成功が目を見張る。


「一体どういうことでしょうか?」


「国姓爺、よくお考えください。現在、清には朝鮮やモンゴル地域などが従っております。翻って、明はどうでしょうか?」


「むっ…」


(ああ、そういうことか)


 郭懷一は正雪の意図を悟った。


 歴代の中華王朝は、周辺国からの朝貢を受けている。朝貢を受けているという名目は予想以上に大きい。


 現在、南寧にいる永暦帝は劣勢にあることもありどこからも朝貢を受けていない。しかし、鄭成功が台湾を支配して、朝貢をさせることによって「明も朝貢を受けている」と説明することができる。もちろん、それは鄭成功の傀儡政権ではあるのだが、傀儡であろうと何であろうと朝貢を受けているという事実は大きい。


 清にとっては、冷や水どころの話ではなくなる。清は自らの正統性を主張するためには、どうしても台湾を支配させなければならない。


 つまり、清の目を台湾に向けさせることになる。しかし、福建すらまともに攻められていない清が台湾をどうやって攻めとるのか。


「…清の正統性を削ぐ格好の地となるわけですか」


「左様でございます」


 鄭成功は正雪の手を取った。


「由井先生、その通りです。私は目の前の清軍を倒すことばかりに気を取られ、清の正統性を覆す名目を探す努力を怠っておりました」


「おお、それでは?」


「今回の戦役が終わりましたら、台湾に目を向けてみたいと思います。由井先生の方で、作戦を練っていただきたい」


「承知いたしました。それでは直ちに…」


 正雪は中華風の両手を合わせて頭を下げる礼を行った。鄭成功も礼を返し、再度「よろしくお願いします」と口にする。


 三人は鄭成功の屋敷を後にした。




「いやはや、本当に鄭成功の目を台湾に向けさせてしまうとは」


 郭懷一は感嘆するしかなかった。台湾を明の属国にいるという名目で説得してしまうとは思わなかったのである。


「しかも、作戦まで立てていただけるということで大変ありがたく思います」


「いやいや、半兵衛の手紙には原住民がオランダ側で動く公算が高いとありました。実際に作戦に至るまでにここを何とかしてもらいたいと思います」


 正雪の助言。


 それは分かっているのであるが、郭懷一には自信がない。


「そうは言いますが、奴らは部族も多いし、中々一筋縄では行かないのですよ。それにまあ、人数が多い分、福建人が自分達の領土を奪っているという思いこみもあるようですし」


「そうは言うが…」


「迂闊に奴らの領土に近づけば、こうですよ、こう」


 台湾の原住民の中には『首狩り族』と呼ばれる連中も少なくない。迂闊に近づいて、ばっさりと首を刎ねられた者を何人も知っている。


「なればこそ、彼らが敵に回ってはまずいのではないか。今の郭殿のような気持ちを、多くの者が有しているだろう」


「…それはまあ」


「反乱というのは甘くないのだ。不安な要素は一つでも省いておくに越したことはない。わしもかつて日本で謀反の計画をここにいる者達と練ったこともあるが、今になってはどうにも成功しそうにないとよく分かっている」


 正雪はそこで息をついた。


「しかし、郭殿が難しいという事情もあるのだろう。であれば、半兵衛に交渉させるゆえ、半兵衛が要求するものを郭殿の方で揃えていただきたい」


「ほ、本当にいいのですか? 繰り返しになりますが、奴らは気に入らないと見るや容赦なく首を刎ねるような連中なのですぞ」


「良くはないが、郭殿ができないという以上は半兵衛にやってもらうしかない。半兵衛もそんなことで怖気づくような男ではないゆえ、俺が頼めば何とかやってくれるであろう」


「さ、左様で…」


 正雪は自分の屋敷に戻ると、半兵衛宛ての書状をしたためる。それを郭懷一に渡した。


「正雪。俺も行った方がいいのではないか?」


 忠弥が進み出た。正雪は小さく頷く。


「そうだな。しばらくの間はこちらではおまえを必要とするような戦いはなさそうだ。半兵衛を助けてくれるか?」


「任せておけ」


 忠弥が承諾すると、それまで一言も発しなかった異民族風の男も進み出る。


「俺も行く」


 これには正雪も忠弥も戸惑いを見せた。


「…いや、しかし貴殿らは、まだ我々と完全な意思疎通が取れないところがあるゆえ」


「俺と忠弥は大丈夫だ。原住民というのは自然を武器にしたものを使うのではないかと思った。北と南の違いはあれど、俺の知識が役に立つかもしれない」


「そうか…、シャクシャイン殿がそう言われるのならば、お願いしたいところであるが」


「任せておけ。俺も忠弥と同じくらい、強い」


 シャクシャインと名乗った男の日本語は、自分より下手だと郭懷一は感じた。


 しかし、小柄ながら全身筋肉質な体つきから、只者ではないことが見て取れる。きちんと意思疎通ができれば頼れる存在であるはずであった。

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