第4話

 広西こうせい桂林けいりん


 孔有徳こう ゆうとくの率いる清軍は、永暦帝えいれきていの籠る城をあと一息で陥落させられるところまで攻め寄せていた。


「今度こそ終わりだろう」


 孔有徳はそう考えていた。


 永暦帝は明の滅亡後に即位した皇帝の中では、まだしもまともな部類の皇帝ではあった。しかし、その宮廷は、結局のところ明の問題をそのまま復活させたに過ぎず、内訌や勢力争いに終始しており、旭日の勢いの清に対抗できるようなものではなかった。


 そうしたことを受けて、孔有徳の下にも宮廷の一部官吏からの降伏を求める声が届いている。内部の情報は細かく届いている。あるいは、論争ばかりしている城内の明の幹部よりも孔有徳の方が城内のことを知っているかもしれない。


「永暦帝さえ何とかすれば、もうまともな皇帝は立たないだろう。逃げ道を封じて、捕らえてしまう」


 それが一番重要なことだろうと考えていた。



 そんなところに、北京からの使いがやってきた。


 得意げに戦況を話す孔有徳であるが、ドルゴンの様子を聞いて顔を曇らせる。


「何…? 永暦帝を逃がした方が、鄭氏を制御しやすいのではないかと弱気になられている、と?」


 ドルゴンからの公式な指示は出ていない。しかし、ドルゴンの近くにいる人物はその意向をある程度聞いている。そうした人間が、ドルゴンの意を汲もうとわざわざ伝えていたのであった。


「はい。潮州の方で、清軍が謎の軍に負けたということがございまして、鄭成功一味に対する警戒を強めております」


「鄭成功も恐ろしいのは理解しているが、睿親王には李定国り ていこくのことも考えていただきたい」


 李定国は、明側に立って戦っている武将の一人であった。現在30歳。元々は四川を治めていた張献忠ちょう けんちゅうの配下であったが、張の戦死後、勢力を引き継いで転戦、現在は貴州・雲南に広い勢力を張っていた。永暦帝からの期待も厚く、西寧王せいねいおうの称号を与えられていた。


 永暦帝を逃がすことは良いとしても、仮に李定国の庇護を受けた場合には厄介なことになる。


「何分、満州族は海戦が苦手なものですので、どうしても海岸部に勢力をもつ鄭一族が恐ろしくなるのでしょう」


「それはそうかもしれないが…」


 孔有徳にとってはそういうわけにもいかない。


 中国南部の陸地側では、現在、呉三桂、尚可喜しょう かき耿仲明こう ちゅうめいといった面々も軍を展開させている。尚可喜、耿仲明とは以前、毛文龍もう ぶんりゅう配下の時には同僚であった。自分だけの判断で勝手に逃がすということは、集団内の面子に関わる。


「睿親王がはっきり命令として出されたのであれば別であるが、そうでもないのにわしの一存でそんな勝手なことはできぬ」


 孔有徳はそう言って、使いを返した。その後、改めて陥落寸前の桂林の王城に視線を向ける。


「そんな勝手なことを、独断できるはずがなかろう…」



 五日後、孔軍は総攻撃に出た。


 桂林の防御は呆気ない。攻め落とす、というよりも自ら自壊するかのように防御線が打ち破られ、清軍が城内に向けて一歩一歩進んでいく。


 その日一日で、王城まで清軍は到達した。


「永暦帝はおるか?」


 孔有徳にとっての関心はその一事であったが…


「既に逃げ出したようです! 皇帝はもちろん、皇妃らの部屋も、もぬけの空となっております!」


「何? どういうことだ!」


 捨て置きならない事態であった。皇帝一人なら身一つで脱出ということもできるかもしれないが、皇妃らもとなると、最初から逃げることを計画していたことになる。


 その時、数日前にドルゴンの意向を伝えにきた使いのことを思い出す。


「まさか、あいつが…?」


 桂林の宮廷内部に裏切り者がいて情報をもたらしていたことは、清軍の多くが知るところであった。仮に総攻撃の日取りを伝えて、逃げることを勧める情報をもたらすこともできないではない。


 孔有徳は果断である。すぐに使いの者を呼び出した。


「貴様に越権の疑いがある。しばらく身柄を拘束する!」


 その後、桂林政権から降ってきた者に対して徹底的に調査をしているうち、果たして永暦帝に逃げるよう促されたと言う者が現れてきた。


 孔有徳は怒り心頭である。彼にとって睿親王ドルゴンは恐ろしいが、身内内の面子もそれと同じくらい重要なものである。ドルゴンが命令をしたというのであれば顔が立つが、ドルゴンはこう思っているだろうというだけで逃がされてしまったのではたまらない。


「貴様をこの場で処刑し、睿親王に問いただす! 凌遅刑にしないだけ有難いと思え!」


 そう言って、使いの者を斬首する。


 その後、宣言通りにドルゴンに弁明状を送った。そこには使いを斬首したこと。理由としては睿親王の命令なしに勝手に永暦帝を逃した責めがあること。自己に責任があるのなら、それはいかようにでも受けるということを記載していた。


 十月後半、手紙はドルゴンの目に届くところとなったが、果たして、ドルゴンからの詰問は一切なかった。



 永暦四年、桂林を逃げ出した永暦帝は南寧なんねいへと落ち延びることとなった。

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