第7話

 南澳にいた鄭成功の下にも程なく情報は伝わった。


「そんなに簡単に、清軍を…?」


 期待以上の成果であった。潮州を降すという目標を達成したのみならず、清軍をも撃破したというのであるから。


 早速正雪を呼び出し、潮州からの情報を伝えた。正雪もそこまでの快勝は予想していなかったらしい。驚きを隠さない。


「何はともあれ、助かりました」


「とんでもございません。我々も戦闘は初めてという者が多かったと思いますが、お役に立てて何よりです」


「日本の武士は本当に強いですな」


「これで次の手を打つことが容易になります」


 次の手というのは、言うまでもなく、厦門にいる鄭彩、鄭聯の二人をどうにかするということである。


「いかがなされるのですか?」


「中秋節、鄭彩は福州ふくしゅうの方に向かうという情報を得ております。二人が別々に動くことになる機会を利用したいと考えております」


「なるほど」


「中秋節に向けて鄭聯を一度南澳に誘います。名目は、今回の勝利がいいでしょう。もちろん、ここでは何もしません」


 南澳で鄭聯が死んだとなれば、どれだけ言い訳をしたとしても暗殺されたという推測が成り立つ。厦門の軍をなるべくそのまま自分達の傘下に入れたい南澳側としては望ましいことではない。


「動くのは、返礼で厦門に誘われた時ということですな」


「はい」


「…我々の方でも手伝えることがあるのなら」


 柳生十兵衛は幕府隠密として行動していた時期もある。海賊の荒っぽい流儀よりは頼りになるのではないかとも思った。


「そうですね。計画のうえで、必要になれば…」


 そこまで言って、鄭成功はにこりと笑う。


「まあ、それは今すぐでなくとも大丈夫です。今はひとまず、戦に勝った人達を祝う準備をいたしましょう」


「左様でございますな」


 正雪も微笑んだ。




 七月末、潮州に出向いていた一万の軍勢が南澳に戻ってきた。


「うまく行ったようだな」


 正雪が忠弥に話しかけると、忠弥は「やれやれ」という顔をした。


「結果的にはうまくいったが、戸次殿にはほとほと参らされた」


「しかし、活躍したと聞いているぞ」


「奴は先手大将としては強いのだろうが、作戦はさっぱりだ。何とかうまく先手大将として持ち上げる策を練ってくれ」


 先手大将も名誉な立場であるから、本人がそれで納得すれば、万事解決である。


「それは我々だけではどうにもならぬ。少なくとも加藤殿、生駒殿、柳生殿が協力してもらわなければ。まあ、おいおいやっていくしかない」


 正雪は忠弥をそう説得し、宴会の場へと案内していった。



 宴会が終わると、鄭成功は早速厦門の鄭聯に手紙を送った。


『先だって、潮州を攻略いたしましたところ、珍しい酒・肴が入りました。祝勝も兼ねましてどうかご賞味いただければと思います』


 という内容である。


 鄭聯は何も怪しむことがなかったのであろう、即座に「では、参ろう」という返事が返ってきた。


 返事を受けて、早速鄭成功も迎える準備をする。


「奴らのところは、我々のところ以上に海賊気質が強いからな。礼法なんていうものはないと思った方がいい」


 そう説明し、正雪にも。


「ひょっとしたら、不愉快なことなどを語るかもしれませんが、そこは堪えていただきたい」


 と弁明する。正雪は笑いながら答えた。


「不愉快なことを語るとしても、我々の中で彼らの言葉をきちんと理解できるものはおりません。気にしなくても大丈夫です」



 八月四日。


 約束通りに鄭聯が厦門からやってきた。


 なるほど、規模が大きいだけあって、船舶の数も多い。


「よう。国姓爺」


 出迎えた鄭成功に軽々しく声をかける鄭聯は、40半ばを過ぎた男である。目つきが鋭く見える反面、酒食で身を持ち崩し気味な様子もうかがえる。


「これは鄭聯殿、よくお越しいただいた」


「おう。潮州ではうまくやったらしいのう。清の軍まで撃破したとは、驚いたわい」


 鄭氏の主導権争いという点では争ってはいるが、どちらも清に対抗しているという点では共通している。清の敗軍はお互いにとって機嫌が良くなる話であった。


「それはまあ、おいおい話をしましょう」


 日本からの援軍がかけつけてきているという点については、鄭聯には話さない。


 それから二日ほど、鄭成功は南澳で鄭聯を歓待した。上機嫌になった鄭聯は「返礼をしたいから中秋節には厦門に来い」ともちかける。


 計算通りではあるのだが、鄭成功は少し考えるふりをしてから答えた。


「分かりました。では、寄らせていただきましょう」


「おう、おまえに負けたと思われるのも癪だから、すごいものを用意して待っているぞ」


 こうしたところに鄭聯の対抗意識が現れていた。


「楽しみにしております」


 丁寧にお辞儀をする鄭成功、その顔に「してやったり」という笑みが浮かんでいたが、その笑みに気づく者は一人もいなかった。

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