第4話
次の日の朝、朝食をとっていると、
施琅は鄭子龍の配下であり、一度は清に降ったのであるが、現在鄭成功の旗下にいる。というのも、鄭子龍に付き従うつもりだったのだが、彼だけ一人北京にさっさと連れられてしまい、孤立してしまいそうになり、進退が極まってしまった。そこで甘輝らとともに鄭成功の傘下に出戻ることにしたのである。
「
施琅の提案に、鄭成功は「あっ」と声をあげた。
「そうだな。その件があったことを失念していた」
鄭成功の根拠地である南澳は漢江の河口から少し海に出たところにある島であった。
韓江を大陸側に少し入ったところにある潮州を治めている
「奴が清に降伏すること自体は、問題ではない…ただ」
韓江が清の勢力に押さえられてしまうのは都合が悪い。商業圏が狭まってしまうからである。
「一度、奴の意向を確認しておかなければならないな」
ということで、郝尚久に使節を派遣し、明への忠誠を確認したのであるが、「我が忠勤は、貴公らの知っての通り」という非常に曖昧な返事が返ってくるのみであった。
「我々は、郝尚久はいずれ裏切るものと思っている。となれば、この回答であれば奴を追い払わなければならん。ついでの周りも平らげてしまおう」
いかにも海賊らしい理屈で、鄭成功の部隊は韓江を入った潮州攻略を目指すことになっていたのである。
意思決定までは鄭成功自身も「やってしまえ!」という意識でいたが、昨日の由井正雪らとの話を思い出すと、「こういう野蛮な原理で行動するのは賛成できませんな」というようなことを言われてしまうのではないかという懸念も出てくる。
「だが…」
これは未知の援軍の力を試すにはちょうどいい機会ではないかとも思った。
郝尚久は恐れるほどの相手ではない。その後ろに迫る清軍は油断ならない相手であるが、郝尚久との戦闘過程において、日本からの軍の強さを試すいい機会かもしれない。
「施琅、今度の戦いに日本部隊を連れていくのはどうだろう?」
鄭成功の提案に施琅は「ふむ」と少し考えるが、すぐに頷いた。
「郝尚久と対抗する段階であれば、悪くない話だと思います。ただ、清軍と対峙した場合にどうなるかの保証はできかねますが…」
「私もそう思っていた。よし、由井正雪を呼んできてくれ」
「分かりました」
施琅が部屋の外に出て行った間に、食事を終えて一日の準備をする。
巳の刻、正雪が現れた。
「相談したいことがあると伺いましたが、何でしょうか?」
「うむ。実はですね、昨日、話忘れていたことがありまして」
鄭成功は自分達が潮州への攻撃を考えていることを説明した。
正雪は首を傾げている。これは予想されたことであり、問いかけを投げかける。
「由井先生は、我々が潮州の郝尚久を攻撃するということはどうお考えでしょうか?」
「一つ引っ掛かることがございます」
「何なりと」
「郝尚久との関係が悪いことは理解いたしましたが、これを討伐しても清軍はいかがするのでしょうか? 今の段階で清軍と交戦するおつもりでしょうか?」
「いや、そこまでは考えておりません」
「はい。私も国姓爺の話を聞いていて、どうもそうらしいと伺えました。となりますと、潮州から郝尚久を追い払っても結局清が占領することになり、意味がないのでは? むしろ、郝尚久という優柔不断な人物を置いておいた方が良いのではないでしょうか?」
「軍事だけであればそうなります。しかし、我々は海商でもあります。郝尚久だけであればどうということはありません。奴は我々に好意を抱いてはおりませんが、袖の下を渡せば売買その他は円滑に行えます。また、清だけであっても問題ありません。奴らには川での商売を制限するための知識がありませんからな。しかし、清が郝尚久に命じれば、韓江流域での商売が制限されることになります。これは極めてよろしくありません」
鄭成功の答えを聞いて、正雪はなるほどと頷いた。
「そういうことであれば、他に選択の余地はないと言えますでしょう。また、我々を試してみたいという意向につきましても了解いたしました。すぐに編成したいと思いますが、まだ後続の者達が来ていませんので、三千ほどでよろしいでしょうか?」
金井半兵衛が連れてくる第二陣の五千については、大坂・京でも入れるため、船が寄り道をしている分時間がかかっている。正確な時期については正雪らも分からない状況であった。
「構いません。六月の一日に島を出陣したいと思っております」
「分かりました。それでは皆に伝えてきますので一度失礼いたします」
正雪は出て行った。
鄭成功は再び施琅を呼んだ。
「我々はどの程度の数を用意した?」
「先ごろ、一万という話がありましたが…?」
決めたのは国姓爺ではないか。施琅の視線はそう物語っている。
「仮に、郝尚久だけを片付ける場合、七千ではどうだろうか?」
「…日本からの兵を含めて、万ということですか」
「ケチな話だが、三千人であっても糧食を用意するのは大変だからのう」
日本からの部隊に期待はしているが、ひょっとしたら全くの役立たずの可能性もある。その場合は、七千という数で何とかしなければならない。
施琅もそのことは理解している。しばらく思案をして。
「まあ、何とかしてみましょう。そうならないことを願いたいのではありますが」
「うむ、頼む。私もそう願ってはいるが、こればかりは実際に見てみないと分からないからのう」
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