「おい、ゆずりは! 待てよ!」

 その日の夕方。俺は采賀さいがと一緒に、杠の後を追いかけていた。混雑した駅の構内を通り抜け、彼はそのまま東口へと向かう。

「……何だ」

「『何だ』も何も! おまえ、パチ屋に行くつもりかよ!」

 采賀が言うと、彼は小さく頷いた。ヤツを煽って来た客に対して、心当たりがあるらしい。

「そいつは多分、俺の知っているやつだ」

「え……? そ、そうなのか……?」

 俺は采賀と顔を見合わせ、思わず首をかしげた。あの真面目そうな杠が、パチンコ客のことを知っているのか……?

「……どうせ、ロクなことにならない。おまえらは、さっさと帰れ」

 パチンコ屋の派手なネオンが、杠の顔に掛かる。店に近づけば近づくほど、店内の明かりが眩しく落ちた。

「いや、俺も行く! あいつの顔を思い出しただけで、イライラしてきたからよ!」

 采賀は片手で拳を作り、もう片方に打ち付けた。……このまま帰る気は、毛頭ないらしい。

「そうか。なら、勝手にしろ」

 杠は俺たちを一瞥すると、さっさと中へ入ってしまう。俺は一人で帰るわけにもいかず、そのまま自動ドアをくぐった。


 ……ジャラジャラと流れる音に、アニメキャラの可愛い声。その中に埋もれるように、例の煽り屋はいた。

神楽かぐら

 杠が声を掛けると、彼は顔を上げた。肩まで掛かる真っ白な髪と、中性的な容姿。ダボついたパーカーに、原色のスニーカーを履いている。彼は真っ黒な瞳で杠を見ると、途端にニッコリと笑い出した。

「あれ、杠だ。もしかして、僕に会いに来てくれたの?」

 彼はそれだけ言うと、再び画面に向き直った。――三つ揃った「8」の数字。パチンコを知らない俺でも、大当たりだと分かる。

「おい、おまえ! 昨日はよくも、散々バカにしてくれたな!」

 耐え切れず、采賀が声を荒げて突っかかる。俺は一瞬ひやっとしたが、相手の方が上手だった。

「え……、君、誰?」

「はぁ!? 昨日、俺の隣の台に座って、おちょくってきただろ!!」

「あれー、そうだっけ? 負け犬くんの顔なんていちいち覚えてないから、すぐに忘れちゃったよ」

 彼はケラケラと笑ったまま、呑気にハンドルを捻っている。……この態度、負けの続いた短気なやつなら、すぐにブチ切れるだろう。

「ふざけんな!! 今すぐ、頭下げて謝れ!!」

「ええ、謝るー? 地面に這いつくばって謝るのは、惨めな負け犬の仕事でしょー?」

 台の下の部分から、ジャラジャラと玉が排出される。……見たところ、相当な量だ。

「僕、凡人に頭を下げて謝るとか、死ぬほど嫌なんだよね。君みたいに、価値のない人間に頭を下げるとか、絶対にありえないから!」

 采賀は口から火を噴いて、今すぐにでも殴り掛かりそうだ。俺は必死にヤツを抑え込んで、どうにか流血沙汰になるのを防いだ。パチンコ屋で傷害事件を起こしては、卒論どころの話ではない。

「……そうだ。ならさぁ」

 ――突然、何を思い付いたのか、彼は杠の方を向いて、妖しい笑みを浮かべた。杠は無表情のまま、彼のことを睨んでいる。

「杠、君が負け犬くんのために頑張りなよ。この子、僕に謝って欲しいんだって」

 俺は杠の顔を見て、次いで真っ黒な瞳の彼を見た。……こいつ、杠のことを試しているのか? だが杠は、こんな挑発になんて――。

「おまえが負けたら、こいつに土下座しろ」

 ――え!? 嘘だろ、杠!! 俺も采賀もポカンとして、思わず呆気にとられた。

「あははっ、いいよ! ただし、君が勝てたらね!」

 彼は面白そうに声を上げると、打ちっ放しの台を放置して、杠と一緒に店を出てしまった。俺はすぐに我に返り、慌てて二人の後を追いかけた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

このクソみてぇなおまえをぶっ潰す! 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ