このクソみてぇなおまえをぶっ潰す!

中田もな

「あーっ、マジでイラつく!」

 東京都二十三区内の、とある私立大学。小さな研究室の机に、采賀さいがは思い切り突っ伏していた。流行りの髪型が崩れるのも気にせずに、悔しそうに歯軋りをする。

「何だよ、おまえ。一体、どうした」

 俺が声を掛けると、ヤツはばっと顔を上げた。整った顔立ちは眠そうで、どうやら徹夜をしたらしい。

「負けたんだよ、昨日! 駅前のパチ屋で!」

「はぁ? そんなの、おまえの自業自得だろ」

 俺が全くの正論を返すと、ヤツは「うるせぇ!」と言って椅子の足を蹴った。隣で作業をしているやつがいるというのに、ただの大迷惑野郎だ。

 采賀がパチンコを始めたのは、卒論のテーマが決まってから、数日経った頃合いだった。「ギャンブルと社会学」を題材にしようと決めたヤツは、試しに自分もやってみようとパチンコ屋に入った結果、何だかんだでハマってしまったようだ。

「まぁ一万歩譲って、負けたのは別にいいんだよ。問題は、隣の台に座ってた野郎だ! ああ、イライラする!」

 采賀はスポーツ万能なやつで、中高の頃はバスケ部でキャプテンをしていたらしい。負けず嫌いの勝気な性格。スポーツでは良しとされていた性格が、ギャンブルでは完全に裏目に出ている。俺は「とりあえず、落ち着けよ」と言い、ヤツの話を聞いてやった。

「隣に座ってた野郎が、俺が負けてるのを見て、馬鹿にして来やがったんだよ! 最初は無視してたんだけどよ、そいつが何回も当ててんのを見て、心底イラついて……!」

「はぁ、それで?」

「……思わず、突っかかっちまった。そしたら、あの野郎……! 『そうやってカッカするのも、負け犬の極みだよねー』って言いやがった!」

「はぁ……」

 俺は思わずため息をついた。いちいち相手にしなければ良いものを、采賀は頭に血が上っていたらしい。パチンコで負け込んでいたら、誰でもそうなるのだろうか。

「まぁ、どう考えても、おまえが悪いな。煽られたって、放って置きゃいいんだよ」

「んなこと、分かってるよ! 分かってるけど……」

 ヤツの機嫌が収まるように、俺はコーヒーを買ってきてやった。この研究室で作業をする以上、誰かが喚いていては気が散ってしまう。

「これに懲りたら、パチンコは程ほどにしておけよ。研究する側のおまえが、研究される側になったら、ただの笑い話だろ」

「ま、まぁ……。それは、そうだな……」

 俺たちが話している横で、隣のゆずりはは黙々と作業している。ノートパソコンのキーボードを打ちながら、無表情で画面を見つめていた。

「悪いな、杠。五月蠅くしちまって」

 俺が声を掛けると、杠はチラッとこちらを向いた。真っ黒なミディアムヘアが眩しい、女顔のイケメン。普通ならモテてもいいはずだが、冷たい雰囲気のせいか、女子はおろか、男子とも滅多に喋らない。彼の愛想の悪さもあるが、全てを静止させるような真っ白な瞳が、一番の原因だと思われる。……そもそも、白い瞳っていうのは、一体どういうことなんだ?

「……」

 杠は口を一切開かずに、再び画面に向き直った。これは完全に、腹の中で怒っているな。俺はそう思ったが……。

「……どこの店だ」

 ……彼は突然、パチ屋の場所を尋ねてきた。これには、俺も采賀も驚いた。

「最寄り駅の、パチ屋だけど……。東口の、ちょっとデカい店……」

 ヤツが答えると、杠はそれ以上、何も言わなかった。何故彼は、パチンコ屋の場所を尋ねたのだろう。ただの興味本位だろうか……。

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