第34話「奴隷商人」
地面に転がっているのは首から上だけのバンダースナッチ。
首から下は再生しようとしていたので、俺が
「ざまあないな、そんな格好になっちまって」
「お、おまえは、あんときの!」
顔だけ凄まれても怖くも何ともない。
このまま
「なあ、質問があるんだが」
「なんだよ。俺の身体を戻せよ!」
「質問に答えたら考えないでも無いぞ。それとも、その状態のまま消えるか?」
圧倒的な優位な状態で脅しをかける。相手に選択の余地がないことを示さないと、こいつは話さないだろう。
「わ、わかったよ」
「おまえら取引している奴隷商人って何者なんだ?」
「は? 奴隷商人は奴隷商人だろ」
「取引の数が尋常じゃないぞ。記録を調べてみたが、今までに1000人以上売り払っているそうじゃないか」
「それがどうしたんだ?」
「奴隷に落とされるって相当な罪を犯したか、相当の借金を負ったかだぞ。そんなに見つかるものじゃない。おまえらは一般の人を奴隷商人に売り渡した」
「……」
だんまりを決め込もうとしているが、俺はそこを責めたいわけではない。こいつらがクズなんてのは今さら話だろう。
「安心しろ。それに対して文句を言う気はねえよ」
情けをかけているわけではない。必要な情報を効率良く得るためだ。
「しかたねえだろ。相手が欲しがるんだから。それに金になるんだよ」
「おまえらの事情なんて、どうでもいい。それよりも奴隷商人が何者かの方が興味がある」
「……」
「おまえのその不死身の身体も、奴隷商人にやり方教えてもらったんだろ? もうバレてるんだから吐いちゃえよ。それともこのまま消えるか?」
「や、やめてくれ。俺は死にたくなくて不死身の身体になったんだから」
回復魔法で消滅する時点で不死身じゃないんだけどな。
「奴隷商人について教えろ。教えないのならおまえに用はない」
俺は奴の顔の真上に魔法陣を展開させる。
「わかったよ。でも、そこまで重要な情報は知らねえよ」
「知ってることだけ教えればいい」
「オレが知ってるのは、奴隷商人の名前がツァオンってことと、ハンプダンプの街に納品しているって事実と、そこの街の指導者が魔導師のヤマネって女ということだけだ」
ヤマネ……。
まさかここであいつの名前を聞くとはな。変わった名前だし、女で魔導師となるとほぼ確定と言っていいかもしれない。
ヘイヤのように、因縁の再会を果たすことになりそうだ。
「そのハンプダンプの街はどこにあるんだ?」
テニエルの街で聞いた謎に包まれた街。
「知らねえよ。オレたちはツァオンの指定する取引場所に連れてっただけなんだから」
まあ、予想通りではある。俺がその取引相手であれば、そんな重要なことは話さないだろう。
さて、こいつに情報を吐き出させるのはこれが限界だ。
「いろいろと教えてくれてありがとうな。ところで、あんたさ、まっとうに生きてみる気はないか?」
「は? 何言ってるんだ? 他人から奪うことこそが俺に幸せなんだぞ。そんなチマチマとした生き方なんかしてられるかってんだ」
改心の余地はないか。
「じゃあ、とっとと浄化しちまえ」
俺は
今まで修復と身体の分解の均衡が保たれていたのが、一気に崩れて浄化の速度が上がっていく。
「おい、オレを助けてくれるんじゃないのか?」
「助かりたいのなら、もう少し交渉スキルを上げるべきだったな」
「やめてくれ、オレは、オレはまだ死にたくないんだ!」
いや、もうすでに死んでいるだろ。
男は首元から崩壊し、それは口へと達して断末魔をあげている途中で声が途切れ、さらに鼻、目を五感をどんどん失い。そして無と化した。
それを静かに見ていたレイシーに俺は意見を求める。
「なあ、どうする? 奴隷商と、人間を素材扱いして集めているハンプダンプの街を」
いくら俺がニセの頭領をやっているとはいえ、大局的な物事の決定権はこの国の王女である彼女にある。
レイシーはアゴに頬に手をあてて少し考えると、まっすぐに俺を見つめてこう告げた。
「今は他の貴族たちとの連絡もままならない状況。王都も奪還しなくてはならない。けど、この国の民をこれ以上奪われるのはあってはならないこと。できればその街でやられている実験とやらを止めたいわ」
「レイシーはハンプダンプの街を攻めるのには反対はしないんだな」
王家としては見逃せるわけがない。
「反対はしないわ……けど、そんなにどれもこれも手を出せる問題じゃないことも理解しているの。貴族に兵を借りる交渉も必要だし、それを疎かにしたら王都を奪還できないわ。それどころか、この街は奪われてしまう」
わりと冷静に考えられているので安心した。何が何でもハンプダンプの街を攻めろ、とか、王都を奪還するために民が奪われるのを黙認するなんて判断をしたら、彼女自身が後悔に囚われることになっただろう。
「どっちも取るんだな?」
「……ええ、ワガママな願いだというのはわかっておりますわ」
判断するのはレイシー。そして、俺はその願いを可能な限り実現する。それでいいじゃないか。
どんな難儀なクエストでも俺は受けるよ。
「わかった。俺がハンプダンプ攻略と、王都奪還の指揮を取ろう」
「でも、どうするの? わたしは貴族との交渉もあるし、カドリールお兄さまたちもいつまで騙せるかわからないわ」
「時間をかけなければいいよ。マリオラとロリ姉さんを使えば、移動時間の短縮はできる。かなりこき使うことになるけど、あの二人をうまくやり繰りできればいい」
「また二人の能力を借りることになるのね。彼女たちは王家に仕えているわけでもないのに……」
申し訳ないという気持ちになるのもわかる。だけど、上に立つ人間なら、それらも含めて受け入れなければならない。
「マリオラは人助けが楽しいみたいだぞ。あいつの能力って戦闘特化じゃなくて補助系だからな。直接人殺しをすることもないだろうし、この街を守るためってなら喜んで手伝ってくれると思う」
「そうですわね。わたくしは、この国を平和にするためにも、ためらってはいられないのですね」
「ああ、平穏な世界を取り戻そう」
**
「エシラ、吉報よ。ダグリー辺境伯は無事のようですわ」
ベッドで目を覚ますと、すす真上にレイシーの顔があった。
まだ眠いので頭があまり働かない。
レイシーは俺が寝ているベッドだというのに、それを気にせずに腰掛ける。まあ、彼女の場合は俺を男性と意識せず、仲の良い身内という感覚がなのだろう。
起き上がると、彼女から一枚の羊皮紙を受け取る。それは北西へ向かったパーティーからの報告だった。
彼らはダグリー領へと到達し、その中心部にあるレミントンの街、つまり辺境伯の城へと辿り着いたようだ。
感染病の影響は、ダグリー領との境目にあるミニナー川でなんとか食い止められているらしい。そのおかげで領民たちは無事のようだ。
隣国との辺境を守るダグリー伯は、その優秀さのために国王から絶大なる信頼をおかれている。それは感染病を領内に蔓延させていないことが証明していた。
「ルシランはわたくしに会ってくれるそうよ」
冒険者たちに渡した密書をダグリー伯が読んでくれたのだろう。これでレイシーは交渉のテーブルにつけるはず。
「そりゃ良かったな」
「すぐに向かうことになるわ。だから、しばらくはこの街を空けることになるの」
「そうか。急……でもないな、むしろ遅いくらいだ」
この街に来てからすでに一ヶ月は経っている。王都の方はなんとかごまかせてはいるが、それがいつまでもつか。
「必ずダグリー伯の兵を借りてくるわ。だから、後の事はよろしくね」
「わかってるよ。そのために、俺は仮の頭領になったのだからな」
「表向きはね。けど、前にも言った通りあなたには臨時の将軍職が与えられています。この町の最高司令官はあなた。その権限でこの街を守ってほしいの」
レイシーは俺の手を取って握りしめる。その眼差しは真剣に俺を見つめていた。
「言われなくてもこの街は陥落させないよ」
俺が初めて居心地のいいと思った場所だ。失いたくはない。
なあに、防衛計画通りに事が進めば余裕だろう。
数万の軍勢が攻めてきても守ってみせる!
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これにて第二章はおしまい。次は第三章開幕となります。
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