第33話「殲滅」
気力が十分なマリオラに、俺はこう切り出した。
「なあ、もう一仕事お願いしたいんだ」
「ええ。構いませんよ。次は何をするんですか?」
「砦内部に助けなければならない人間がいないかの確認だ。牢屋以外に囚われている場合もあるからな」
それが具体的に何を指すのかは言わないでおく。世間知らずの少女にはあまり見せたくない光景だ。
このミッションに必要なのは……ゲイブリエルあたりに付いてきてもらうか。
彼の加速行動で、一瞬で片を付けてもらえばいいな。
盗賊たちが囚われた女性を乱暴しているのを一瞬でやっつけて、その後に服を着させて、それでマリオラの前に連れてくればいい。
そうすれば何が起きたかわからず、彼女の心が曇っていくこともないだろう。
まだ、14歳の少女なのだから、刺激の強い残酷なものを見せてはいけない。
そんな風に頭の中で組み立てていて、ふと気付いてしまう。
レイシーも同じ14歳だ。
彼女は人間の汚い部分をずっと見てきた。自らが暗殺されそうになったこともある。マリオラとは正反対の立場だ。
レイシーだって普通の女の子として生きたかったに違いない。
**
さて、あとは仕上げだ。
「マリオラ。イーディス。ロリ姉さん。最後の仕事だ」
「はい」
「ご主人さま。お供します」
「えっと、なんとなくあたしはわかるんだけど、イーディスに伝えた方がいいかな?」
さすがロリーナ。俺の作戦に気付いているようだが、素知らぬ顔で無言を貫く。
「マリオラ。砦の上空に転移だ」
「はい」
瞬間的に俺たちは空中に投げ出されるが、すぐにロリーナが能力を発動させたおかげで落下せずには済む。
「イーディス。今から作戦を伝える。ちょっと前に巨人の頭に落下した作戦を覚えているか?」
「ええ……え?」
イーディスがぎょっとした顔をする。あたりまえか。
「身体硬化をして、今度は自分の質量も増加させるんだ。極限までな」
「また落ちるんですか?」
とても嫌そうな顔。おれも酷い奴だよな。女の子にこんなことをさせるなんて。
とはいえ、彼女の心の負担は俺も負わなければならないだろう。
「ああ、だが、今回は俺も一緒に行くよ。イーディス一人を怖い目に合わせない」
俺はイーディスを抱き締める。
「あはは……ちょっと怖いですけど、ご主人さまが一緒なら大丈夫な気がします」
能力が発動し、イーディスと俺の身体にオレンジ色の光りが纏う。
彼女は完全に俺に抱きついていて、ロリーナと手を繋いでいるのは俺だけだ。
「イーディス。準備はいいか?」
「はい。いつでもいいですよ」
イーディスはギュッとさらに力を入れて抱き締める。
俺は視線をロリーナに移すと、彼女はこう告げた。
「どうかご無事で」
その言葉と同時に、俺は彼女の手を離す。
落下。
地上へ向けて加速していく。
今回はイーディスの体重だけではない。限界まで質量を上げたというから、俺と合わせてドラゴン数体分の重みがあるだろう。
それが砦めがけて落下するのだ。それはまるで隕石が落ちるようなもの。
ある人から隕石落下の被害の程度を聞いたことがあった。それは街一つを壊滅させたという。
今、真下にあるのは盗賊の砦。何が起こるかは予測済みだ。
そして着弾。
爆音と衝撃波が俺たちを中心に広がっていく。こんな特殊な光景を直接観察できるとは、すごい超能力である。
その一瞬ですべてを破壊尽くしていった。
土煙を避けるために回復領域(エリアヒール)で防壁を張っておいた。これで呼吸も少し楽になる。
しばらくして土煙が薄くなっていくと、状況が見えてくる。
俺たちのいる場所は直径が100ナールはある大きな半円状の穴が空いていた。
深さも20ナール以上はあるだろう。これは自力で這い上がるのは無理っぽいな。
もちろん、周りには建物らしきものは見当たらない。
「イーディス大丈夫か?」
「はは……へいきです」
彼女は力無く笑う。無理しているのはバレバレだ。
しかしまあ、女の子にこんなことをさせるなんて酷い男だ。自覚はあるし、さらに彼女に優しい言葉をかけようとしている。
こういう時は徹底的に悪役に徹した方がいい。その方が彼女のためなのだ。
「悪かったな。こんな作戦に付き合わせて」
けど、優しい言葉をかけてしまう。酷い男だな俺は。
「いえ、でも、ご主人さまと一緒でしたから心細さはありませんでしたよ。ただ、前回のより凄い音と衝撃だったのでビックリしただけですよ」
彼女は俺に心酔している。それを利用するのは心苦しい。
いや、目的のためならそんなことは考えるべきでは無いな。最終的に彼女に恨まれたとしても、俺はやるべきことをやるだけだ。
迷う必要はない。
気分を切り替えて、上空にいるであろうロリーナに念話通信を送る。
『ロリ姉さん。砦の状況はどうなってる?』
『エシラさん、凄いよ。砦なんか跡形もないよ』
まあ、隕石落下に近い衝撃だろうからな。
『生存者というか、動いている者はいるか?」
アンデット化した人間を生存者と呼んでいいものかと悩むところだが。
『いえ、まったく』
『じゃあ、ちょっと下に降りてきてくれ』
ロリーナにそう指示をだして、俺とイーディスを爆心地に出来た窪みから連れだしてもらう。さすがに山登りに近いような斜面を20ナートも登るのはきついからな。
「ありがとうな」
「お姉ちゃんありがとう」
「このまま街に戻る?」
「いや、念のためにもう少し見回ってくれ」
彼女にはもう一度偵察を頼んだ。
「わかった」
次にマリオラを呼び出す。といっても、彼女は一度街に戻っているはずだ。
『マリオラに伝えてくれ、打ち合わせ通りに皆を連れて迎えに来てくれと』
『はいです』
双子の返事が聞こえてきた。たぶん近くにいたのだろう。
そして、すぐに彼女が目の前に現れる。
そこにはレイシーやティリーやメイやモック、それに工兵隊の皆がいた。
「掃討戦だ! 生き残っているものがいたらすぐに知らせろ。この状態で生きているのは強化されたアンデッドだけだ」
俺は皆に指示をする。工兵は戦闘が得意ではないが、基本的な訓練は受けている。建物の倒壊でダメージを負ったアンデッドくらいなら、やられることもないだろう。
彼らに頼みたいのは、生存者がいるかどうかの確認だ。ついでに使える物資があったら掘り出してもらいたいと思っている。
それらも説明し、何かあったらレイシー、ティリー、メイ、モック、俺のいずれかを呼ぶように告げた。
「了解しました」
工兵は全員整列して俺に対して敬礼を行う。そして、すぐにバラバラに散っていった。
「マリオラ、イーディスを街に連れ帰ってくれ、一番の功労者だから水浴びじゃなくて風呂に入れてやれ、これはレイシーにも許可はとってある」
「わかりました。行きましょうイーディスさん」
マリオラが俺の隣のイーディスの手をとる。
「いいんですか?」
イーディスが「まだお役に立てますよ」と言いたげな顔をする。
「帰ってゆっくり休んでろ」
「でも……」
「イーディスの体調が万全じゃないと、また明日からの俺の世話を頼めないだろ?」
「そうですね」
「ありがとうな」
「いえ」
「イーディスさん、もういいですか?」
彼女の隣のマリオラが問いかける。
「ええ。お願い」
「行きます」
俺の視界から二人の姿が消える。
「しっかし、驚いたなぁ頭領」
モックが瓦礫と化した周りを見ながらそう呟く。と、メイもそれに同意したように俺に話しかける。
「あたいもびっくりしたよ。頭領たちが敵を殲滅したっていうから、死体の山を想像してたんだけど、予想の斜め上を行った状態だもんな」
「これだけの威力がありゃ、数十匹のドラゴン相手でも無双できるんじゃないか?」
「そうそう。あたいもそれくらい感心している。王都もその気になれば、これで制圧できるんじゃね?」
「いやいや、そんなことしたら王都の住人ごと消滅するだろうが」
そんな軽口を笑いながら語りあう。前のパーティーなら考えられなかったような状況だ。
「あははは、そりゃそうだ」
「ははは、まったくだ」
二人は高笑いする。
隕石墜とし(仮)の作戦は、完全に敵の陣地内でしかできない。これはその場所にいるものをすべて殲滅するための力なのだから、運用には注意が必要だ。
「エシラ。お疲れさま。すごいわね」
レイシーがそう声をかけてくれる。
「お疲れなのもすごいのもイーディスだから、先に帰したぞ」
俺は顔を逸らして捻くれた答え方をする。どうも褒められると気恥ずかしさの方が勝ってしまう。
「あの巨人に使った作戦と同じようなことをしたのよね?」
「ああ。ちょっとだけやり方を変えたけどな」
「イーディスには恩賞を与えないといけませんわね。盗賊団の脅威を取り除いてくれたのですから」
「彼女の能力には助けられたよ」
「その彼女に能力を使わせたあなたの手腕にも、わたくしは賞賛を浴びせないといけないかしらね」
「今回は無理強いはしていないぞ」
「わかってますわ。あなたは彼女と一緒に落ちたのですから」
「わかってるならいいや」
俺の言葉に、彼女は姿勢を正して頭を下げる。
「あなたと知略とその勇気に感謝します」
「おいおい、王女さまとあろう者が軽々しく頭を上げるもんじゃないだろ」
「レイシーですわ」
「……」
レイシーが少しむくれたような顔をする。
「レイシーですわ」
王女さまと言ったのが気に入らなかったようだ。
「わかったよ。レイシー。その言葉はありがたく受け取っておく」
「ええ。あなたには感謝です」
そう言って彼女は笑う。その顔は年相応の少女の笑顔だ。
『頭領! 北西の位置にうごめく物体があります』
周りを探索していた工兵の一人からの念話通信だ。
やはり完全には消滅していなかったか。
「いくぞレイシー!」
まあ、もともと死にかけの状態で、あれだけの攻撃を受けたのだ。ただでは済むまい。むしろ不死身な身体でいたおかげで余計な苦痛を感じているはずだ。
さて、しぶとく生きているのなら、それを利用して尋問するだけだ。
あの男にはもう脅威は感じない。
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