第32話「潜入」
瞬間転移して景色が変わると、そこは近くに水車小屋の見える街道沿いの場所だった。
マリオラが申し訳なさそうにこう告げる。
「わたしが跳べるのは、ここまでですね。」
「ありがと。じゃあ、ここからはロリ姉さんの出番だ」
と、ロリーナに視線を向けると懐から地図を取り出してそれを広げる。
「敵の隠れ家はここらへんだ」
「うん、ここから地図にある×印のところまでみんなで飛んでいけばいいんだよね?」
「そういうこと」
ロリーナは話が早くて助かる。
「じゃあいくよ」
皆で手を繋ぎ、身体がふわりと浮き上がると、一気に上昇する。
基本的にロリーナの右手をマリオラが握り、左手を俺が握る。そして俺の左手をイーディスが握ることで、横一列で飛行することができるのだ。
目的地まで一直線に飛んでいく。ロリーナが直接俺たちを抱えているわけではないので、それほど負担にはならない。
空を飛ぶ速さは馬を全速力で駆けさせるより速いだろう。
そうしてほんの少しの時間で盗賊団の隠れ家と思われる古い砦を見つける。古戦場のあった場所で、数百年前にこの国が隣国に攻め入るさいに使用したと思われる放棄された砦だ。
「マリオラ。ここから隠れ家の中の様子を見られるか?」
「あ、はい。ちょっと待って下さいね」
その言葉から一呼吸おいて、すぐに彼女からの答えが返ってくる。
「はい。全体の構造を把握しました。砦内のどこの場所にでも跳べますが、いかがいたしましょう?」
さすがマリオラ。この能力は使い勝手が良すぎる。
「司令室のような場所はあるか? もしくは何か書き物をするための机のある場所とか」
潜入の目的は情報収集。特に奴隷商人との取引記録があればいいのだが。
「うーん、そうですね。三箇所くらいありますけど」
「よし、順番に回ろう」
「大丈夫なんですか? 中で敵さんとかち合ったら」
不安そうなマリオラの問いかけ。
敵地の真っ只中に潜入ともなると怖じ気づいてくるか。それは、当たり前の感情だ。俺ができるのは、彼女たちの恐怖を拭うこと。
「まあ、そんときは逃げればいいよ。人がいた時点で次の場所へ移動だ。もし見つかってもすぐに移動すれば目の錯覚と思われるだけだよ」
もしくは幽霊だと思われるだけだ。
「あ、そうですね。わたし逃げるのは得意ですから」
「そうそう。その調子で気軽に瞬間転移してもらって構わないから」
「あはは、なんだか気が楽になりました」
マリオラの顔がぱっと明るくなる。これで不安要素は払拭できたかな。
「じゃあ、お願いしていいか?」
「はい。では、行きます」
最初に跳んだのはわりと広めの部屋で真ん中に大きな机があって、そこにこの国全体を見渡せる地図が置いてあった。
ひとの気配はない。
羊皮紙の地図にはいろいろ書き込みがしてある。×が描いてある村は、俺たちが回った村と重なり、盗賊団たちが生存者をおびき寄せるために待ち伏せを行っていた場所であろう。
「他はめぼしいものはないですね」
イーディスが
「じゃあ、次に行くか」
続いて跳んだのは、わりと狭い書斎のような部屋。扉は外側から鍵が掛けられているようだった。
その部屋の隅にある小さな机に向かって一人の男が座っている。
小太りの小さな男で、商人のような服を着ていた。格好からして盗賊とはかけ離れていた。
こちらには背を向けているので、俺たちには気付いていないようだ。俺は口に人差し指をあてて「しっ」と皆に促す。
そっと男に近づくと、短剣を喉元に当てて「静かにしろ」と脅した。
「だ、誰ですか?」
「こちらの質問に答えたら殺さないでやるよ」
「ひええ!、おたすけてください。なんでも話します」
男は情けない声を出す。荒くれ者の盗賊団の一味とは思えない。部屋に外から鍵がかかっていたのも気になる。
「ここはバンダースナッチの隠れ家で間違いないな」
「は、はい。その通りでございます」
「おまえも盗賊団の一員か?」
「えっと……私は実行部隊ではありません。経理や書類作成などのために雇われているだけです。はい、けして脅されてここにいるわけではありません」
男は震えながら答える。「脅されているわけではない」って強調するのも笑える話だ。
まあ、その体型から盗賊稼業ができるとは思えない。盗んだ金品を売り渡すのに商人との取引が必要であるし、そのための書類作成に雇われた……いや攫われた可能性が高いか。
「奴隷商人と取引があるようだが、一番早い取引はいつだ?」
「あ、はい。今から10日後です」
「場所は?」
「ひえええ、お許しください」
さすがに重要秘密は言えないか。
「おまえ、家族はいるのか?」
「……はい、母親が王都に」
男は神妙な顔でそう答えた。
「おまえを王都に帰してやると言ったら情報を教えてくれるか?」
「へ? いやいや、この砦からは逃げられませんよ」
やはり囚われの身のようだな。
「いや、簡単だよ」
俺はマリオラに視線を向けて、こう指示をする。
「王都の近くまで跳んでくれないか」
「わかりました」
視界が暗転して景色が変わる。ここは、王都の東門の近くにある森の入り口付近。木の陰になって門番からは見えない。
「こ、ここはどこです?」
「王都の前だ。この子は瞬間転移の魔法が使えるんだよ」
俺は正面に見える王都の城壁を指差す。
「私を助けてくれるのですか?」
男の顔から不安の色が消えていく。
「情報を教えてくれたらな」
「なんでも教えます。お願いします」
彼は必死で俺に頭を下げる。よほど帰りたかったのだろう。
「取引場所と時間を言え」
懐から地図を出すとそう切り出した。
男はすぐに地図のとある場所を指差して説明をし始める。
「えっと、この街道をまっすぐにいって、ここから細い分かれ道があるんです。その道を行くと大きな池があります。そこで待ち合わせですね。時間は10日後の夜中。魔時刻石の示す深夜の2時ですね」
「わかったありがとう」
「あ、それと、砦内のどこかに奴隷として売るための人間が捕らえられていると思うんです。もし、助けられたら助けてあげてください」
そう彼は懇願する。
「おまえ、わりといい奴なんだな」
「いえ、捕らえられた人間の中に知り合いも何人かいるんですよ」
「おまえの母がいるという家はどこだ?」
「東地区に『ラクスール亭』という大きな宿屋があって、その右に二件隣の帽子屋が実家なんです」
俺はマリオラに視線を移し、彼女に指示を出す。
「マリオラ。王都の中に跳んでほしい。今彼が言った場所は見つけられるか?」
「ちょっとお待ちを……はい、わかりました」
「じゃあ、跳んでくれ」
「行きます」
王都内の建物の中へと瞬間転移する。
そこには俺たちに驚いた中年の女性がいた。いや、転移に驚いたのではなく、息子が目の前に現れたことに驚いているようだ。
「ジョヴァー」
「母さん」
「あんた……死んだかと思っていたよ。まさか、幽霊じゃないよね?」
「そんなわけがあるか、俺は帰ってきたんだよ」
感動の親子の対面といったところだが、それを見ているヒマはない。
「戻るぞ」
「はい」
再び砦内に戻る。一番重要な情報は手に入ったけど、やらなければならないことができたからだ。
「マリオラ。砦内に牢屋の様な場所はあるか」
「んー……見つけました。地下にあるようですね。跳びますか?」
「どうせ見張りがいると思う。一度街に戻ってモックを連れてこよう」
「了解しました」
再び転移で、チャーチの街へと戻る。
まずは城に転移し、レイシーに助けた人たちをこの街へと住まわせることを了承させる。次に冒険者ギルドに行きモックを探す。
彼は一階のテーブルで飲んだくれていた。
「モック。仕事だ。行くぞ」
「おう! 早いな。敵はやっつけたのか?」
「いや、まだだ。敵を殲滅する前にやることができたんでな」
「まあ、なんでもいいや。酒も飲めたし、もう一暴れくらいしてもいい気になってきたからな」
モックは顔が赤いが言葉ははっきりしている。ほろ酔いといったところか。
「牢獄の前に見張り兵がいるんだ。モックの魔法でなんとかしてほしい」
「おう! まかせとけ!」
再度砦へと瞬間転移で戻る。
「
モックの放った睡眠魔法で、見張り兵は眠りに落ちた。こういう細かな魔法を使えるのを見ると、彼も魔導師だなと改めて感じる。
牢屋へと続く扉を入ると、そこは鉄格子が左右にはめ込まれた個室の並ぶ通路に出た。
100人近くは収容されているな。
「よし、モック。入り口を完全に破壊してくれ」
俺たちが今通ってきた入り口を指差す。
「え? いいのか?」
「どうせ俺たちは瞬間転移で移動できる。異常に気づいた盗賊連中が入って来られないようにするためだよ」
「おお、そういえばそうだな」
酔いのせいで少し頭が回っていないようだ。
「
彼が放った魔法により入り口の天井は崩れ落ち、完全に塞がれた。
これで時間はかなり稼げる。捕まった人たちを外に瞬間転移させるといっても、一度にはできないからな。
さらに捕まった人たちをあのジョヴァーのようにいちいち自分の家へと帰す余裕もない。とりあえず、チャーチの街に瞬間転移させた。
捕らえられていたのは男性だけではなかった。素材として奴隷商に売るための人間だけではなく、単純に盗賊たちの欲望のはけ口として捕まえられた女性もいた。
「オレたちを助けてくれるのか?」
「わたしたちをここから助け出して下さい」
俺たちに気付いた者たちが鉄格子越しに助けを求めてくる。それらをマリオラの瞬間転移で順にチャーチの街へ送っていった。
鉄格子は破る必要はない。マリオラが転移で直接中に入り、そこからさらに転移でチャーチの街まで送るだけだ。
マリオラには負担をかけるが、それでもなんとか全員を瞬間転移させた。彼女も人を助けることに関してはわりと乗り気であったので、無理強いさせることもなく無事終了した。
助け出した人たちにしても、あそこなら住む場所にも困らないだろうし安全も確保できる。さらに、こちらとしては街を防備するための人員増強にもなるのだ。
「マリオラ。疲れてないか?」
能力を数十回も連続で使ったのだ、何かしら疲労があるのだろうと思ったのだが、彼女は平気な顔で笑顔を向ける。
「いいえ。それよりも、わたしの能力で人助けができるなんて素晴らしいことです。戦争で人を殺さなければならないってのは否定はしませんが、わたしはあまりやりたくなかったので。でも、この能力なら誰も不幸にならないです」
うん、大丈夫そうだな。
マリオラの負担になっていないのなら、もう一仕事頼みたい。
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