第31話「バンダースナッチ」
「なるほど同業者か。これは傑作だ」
「こっちの質問に答えろ。お前は何者だ」
「オレか? オレはバンダースナッチ。カオスドラゴンを統べるものさ」
男はフードを後ろに下げて素顔を晒す。白髪だが30代くらいの顔立ちだ。テニエルの街のラッセル夫人のように魔石を呑んで若返った可能性も考えられる。
「何しに来た?」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「いや、オレの部下たちがいい拠点を見つけたから、先に行ってぶんどっといてもらうはずだったんだ。だが、来てみればオレの部下はいない。どこへいっちまったんだろうなって」
相変わらず緊張感のない喋り方。だが、そこから溢れる殺気は隠せないようだ。
「お前の部下の半分以上は倒したぞ。逃げ出したのは3割以下だろうな」
「ははは、こりゃ笑える。貴重なサイクロプスの実験体も使ったというのに、落とせなかったんだ」
「……」
やはりあの巨人は人為的にアンデッド化した魔物だったか。
「いやぁ、悪かったな。もうすでに落としていると思ったんだよ。だから正門から来たんだよ。開けてくれないから思わずぶった切っちゃったんだ。すまんすまん」
大男は親しげな口調で話しかけてくるものの、その口元には不気味な笑みを見せる。
「……」
さて、相手は一人とはいえ、その能力の詳細がわからない。大剣を持っているから単純に馬鹿力だと思うが、あの鉄の扉を剣で簡単に斬れるわけがない。
しかも弓兵も狙撃や連射の特殊能力を持っているのに、男はそれを避けて反撃したのだ。動きはかなり速いと思われる。
下手に仕掛けても返り討ちにあうだけだ。俺の
俺は悟られないように、男の顔を睨んだままの状態で念話通話を仲間に送る。
『リーボック隊長。至急、狙撃できる弓兵を正門の敵が見えるギリギリの射程で配置してくれ。マリオラの瞬間転移を利用させればすぐに終わるだろ?』
『こちらリーボック。了解しました』
俺は彼らが配置につくまで時間稼ぎをする。
「なあ、おまえらは人身売買をしてるんだろ? それも奴隷じゃない人間を」
仕入れた情報を出して相手の反応を見ることにした。
「ほう、どこからその話を聞いたんだ?」
「こちとら、盗賊稼業が長いからな。そのへんの情報収集には長けてるんだ」
情報源を出して盗賊団が嘘だとバレるのは避けないといけない。
「なるほどな。まあ、同業なだけはあるか」
「なあ、うちにも紹介してくれないか?」
そこでリーボック隊長から『配置完了しました』との念話通話が入ってくる。メイやモックやゲイブリエルも到着していたことを確認した。これで6対1だ。
「ああん? 紹介するわけないだろ」
「人攫いも大変じゃないのか? 俺たちは東の方から流れてきたんだよ。オズ方面での活動も可能だぞ」
俺たちが隣国のオズで活動することで、カオスドラゴンのナワバリは荒らさないということを示唆する。
「ふん、まあツァオンの奴も素材が足りないって嘆いてたからな。紹介してやれば喜ぶだろうけど」
男は苦笑いしながら、そう呟いた。
マリオラも退避したな。これでこちらの準備は完了。
「じゃあ、紹介してくれないか?」
「いや。それよりもおまえらを支配下においた方が早いし、儲けも二倍になる」
男はニヤリを笑みを浮かべる。初めから交渉の余地などなかったわけか。とはいえ、こちらとしては時間稼ぎはできたので、あとはこの男を排除するのみだ。
「どういうことだ?」
わざとらしくならないように理解していないふりをする。
「こういうことだよ」
男が大剣を振り上げる。
「回復領域(エリアヒール)」
用意していた魔法をすぐに発動させる。本当は
大剣が振り下ろされると同時に、衝撃波がこちらを襲う。
パリンという硝子の割れる音がすると同時に、回復領域(エリアヒール)の魔法防壁が崩壊する。まあ、竜の一撃を凌げる程度なので、完璧に防げるとは思っていない。
すぐに移動し、俺は男の背後へと回り込もうとする。
レイシーとティリーには念話で、モックやメイには、それとなく目の合図で同じ方向へと指示を出す。
男は笑いながら剣を振り回して攻撃を仕掛けてくるが、皆、距離はなるべく保つように戦ってくれている。
しばらく戦うと相手の攻撃のクセも見えてきた。衝撃波を放つときは大振りをし、放った後はしばらく硬直する。まあ、ほんの一瞬だが。
サイクロプスのように皆で全方位から戦って足止めする方法も考えていたが、動き方がまるで違うので、イーディスを落として質量攻撃なんて作戦はとれない。あれを街の入り口でやったら、城壁も破壊されて修復が面倒だろうし。
だから俺は、もともと考えていた作戦を一部変更することにした。
男が衝撃波を放ったその一瞬の硬直を狙って弓兵に指示を出す。
「弓兵。男の右足を狙って狙撃しろ」
数十もの魔法の矢が右の太ももあたりに集中して当たって、その足はもげていく。
片足を失ってバランスを崩した男はそのまま倒れ込んだ。
「今だ! ゲイブリエルは頭を、レイシーは右腕、ティリーは左腕、メイとモックは左足をぶった切れ!!」
避けるのに徹していた仲間たちが一斉にバンダースナッチへと切りかかかる。
さすがにバランスを崩した身体で同時多発攻撃は避けられなかったようだ。
胴体だけになった彼に、動く手段はない。だが、切られた傷口が徐々に再生してきている。時間が無い。
俺は動かなくなった男に向けて魔法を放った。
「
まずは頭を浄化。だが、彼の身体は完全に停止していない。人工的にアンデッド化した人間は、その全てを浄化しないとならない。
さらに連続で
このままアンデッド化の強化人間が増えたら厄介でもある。
実際、浄化に時間がかかりすぎて首の上が修復され始めていた。といっても、喋れる状態ではなく、ただの骸骨だ。
さらに数発放って後は、頭蓋骨の一部が残るのみとなったところで、上空から黒い鳥が飛んでくる。
そしてその残った頭蓋骨を掴むと飛び去っていった。
「おいおい。あと少しだったのに……」
俺が悔しがっていると、近寄ってきたレイシーがこう告げる。
「あれは使い魔のようですね。さすがに頭目が倒されるのがマズイと思った術師が呼び戻したのでしょう。あの様子ですと本人の肉体が一部分でも残っていれば復活できるようですし」
「めんどくせーな」
強敵ではあったが、俺の敵ではなかったのに。
それよりも、やられた二人を蘇生しないと。
俺は死体に近づくと
問題なく二人は蘇生する。
「ありがとうございます」
「せっかく特殊な能力を得たのに、簡単に倒されてしまって申し訳ございません」
まあ、相手が強すぎたんだから仕方が無い。
「気にしないでいいよ。俺らでも一人じゃ勝てなかったんだからさ」
それから、各部署の被害状況を聞いてまわる。今回は大きな被害がなかったことにほっとした。
「また攻めてきたときのために、今度はしっかりと防備しないといけませんわね」
レイシーがそんな悠長なことを言う。今度はないぞ。
「いや、追撃する。このチャンスを逃がさないようにしないとな」
「はい?」
呆けたようにレイシーが返事をする。
「ティリー、メイ、モック。疲れているところ悪いが、すぐに行動できるように準備しておいてくれ」
「は? どこに行くってんだよ」
「そうだよ。あのバンダースナッチとかいう野郎の攻撃はかなりキツかったんだぞ」
メイもモックもかなり不満げだ。戦闘で疲れているのもあるだろう。
「もうあの頭目は敵じゃないよ。だから、カオスドラゴンをこれから潰しに行く」
その言葉にティリーが頷く。
「たしか、敵の隠れ家の場所はもうわかっているのですよね。私は賛成です」
それに異を唱えるのはメイである。
「でも、敵の隠れ家の場所はわかっても、内部の状況はわからない。なんか罠とかあるかもしれないよ」
「それに関しては問題ない。それよりも、時間を相手に与えると、こちらが不利になる」
俺がそう言い切ると、モックが諦めたようにこうこぼす。
「かぁ-、頭領は人使いが荒いねえ」
レイシーはようやく俺の考えを理解してくれた。
「まあ、しかたないですわ。敵は潰せるときに潰さないと、王都に攻め込むときに足を引っ張ることになるでしょう」
そんなわけで、俺は頭の中で組み立てていた作戦を実行する。
『サニー、レニー、近くにマリオラがいたらとロリ姉さんとイーディスを拾ってから正門前に寄こしてくれ』
念話通信で問いかけると、すぐに答えが返ってくる。
『マリオラちゃんね。わかった伝えておく』
どちらの声か、まだ判断がつかないのだけどな。
しばらくすると、目の前にマリオラと呼び出した他3人が瞬間転移で現れる。
「お待たせしました」
俺は真っ先にイーディスに声をかける。彼女が無理そうなら作戦を変更しなければならないからだ。
「イーディス。足の方はどうだ?」
「あ、へーきです。しばらく休んだら元通りですよ」
「悪いな。また俺につきあってもらうことになる」
「ご主人さまが一緒であれば問題ありません」
けなげにそんな言葉を返してくるイーディス。まあ、顔色も悪くないし、そこまでつらそうな顔もしていない。むしろ、楽しそうだ。
これなら大丈夫かな。
「マリオラ。この地図の場所って行ったことあるか?」
俺はマリオラに視線を移し、そう問いかける。
「いえ、この手前の街道辺りでしたら通ったことはありますので、そこまでなら」
ということは、やはりロリーナが必要となってくるな。
「わかった。俺とイーディスとロリ姉さんを連れて、その街道の所まで行ってほしい」
「了解です」
俺はレイシーに向き直ると彼女にこう告げる。
「とりあえず、俺とマリオラとイーディスとロリ姉さんの4人で偵察に行ってくる」
だが彼女は不安そうに問いかける。
「大丈夫なのですか?」
俺以外は戦闘経験もない少女ばかりだからな。
「最初は内部潜入の偵察だから大丈夫だよ。イーディスの身体硬化で不意打ちの攻撃にも対応できるし、それを凌げば瞬間転移ですぐに脱出可能だ」
こちらには強力な能力者たちがいる。そんな中でも鉄壁の組み合わせを選んだのだ。
「なるほど、偵察して敵の数を調べるのですね」
「いや。そこらへんはまあ、どうでもいい。それよりも奴隷商人の情報だ」
今回の目的はそいつがメインだ。テニエルの街からずっと気になってた謎だ。相手が何者かぐらいは確かめておきたい。
「そうですわね。今回の伝染病の件と何か関係があるのでしょうから」
「とりあえず行ってくる。皆には掃討戦の準備をしていてほしい」
モックが『掃討戦』という言葉に反応する。
「掃討戦? まだ敵の隠れ家にすら辿り着いていないのにか?」
さらにゲイブリエルも疑問を呈するような発言をしてくる。
「掃討戦とは敵残存兵力をたたきつぶすことだと承知しておりますが、こちらは敵の規模すらわからない状況です。準備を言われましても、どの程度戦力を整えればいいのかわかりません」
真面目な論調でそう言ってくるので、俺としても言葉の使い方を間違えたことを反省した。
「掃討戦ってのは正確じゃないな。うん、正確に言うならば敵の残骸を確認して、完全に殲滅できたかの確認作業と物資を掘り起こすための準備をお願いしたい。必要なのは工兵だな。まあ、緊急時の対処として、戦える者も何人か連れて行くべきだが」
俺が完全に事後処理の話をしているので、皆がポカンとした顔で聞いている。まあ、そりゃそうだ。まだ敵の隠れ家に攻撃も仕掛けていないのだから。
「まさか、その子たちだけで敵を殲滅するおつもりですか?」
ゲイブリエルが驚いた顔をこちらに向ける。
「まあ、そのつもりなんだけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます