第30話「女の子は優しく扱おう」
一つ目の怪物の前に皆が集まったのを確認すると、俺はこう指示を出す。
「レイシー、ティリー、モック、メイ、ゲイブリエル、エミリー。奴を囲んで全方向から攻撃してみてくれ」
全員がそれに頷き、巨人を囲んで攻撃する。頭を防御され、それ以外の箇所に当たった攻撃は魔物自体の再生能力で無効化された。
まったくダメージを与えられない。
なるほどな。
魔物の動きを見ていた俺は、再確認のために同じ指示を出す。
「みんな。もう一度。全方位から攻撃してくれ」
「えー? 全部無効化されるんだけど」
とメイが不満げに声を上げる。
「ちょっと確認したいことがあるんだよ。協力してくれ」
「まあ、よくわかんないけど、それが作戦だっていうなら」
再び囲んでの一斉攻撃。
魔物にダメージはないが、攻撃している間は動きが止まる。それは10を数えるほどの単時間。
だが、俺はある計算式を思い出して、それに当て嵌める。
これならいけるだろう。
『ロリ姉さん聞こえるか?』
おれは上空にいるロリーナを呼び出す。
『はい?』
『俺たちがいる場所は見えるな?』
『巨人がいるところだよね?』
『その巨人の真上に来てくれ。できれば高度を400ナート(400m)ほどに上げて欲しい』
『了解』
すぐに巨人の真上に飛行物体が近づくと、そのまま上昇していった。しばらくするとロリーナの苦しそうな声が聞こえてくる。
『巨人の直上、だいたい400ナートの高度に達しました』
俺は視線を巨人に移す。全方位攻撃はまだ続いている。ダメージはほとんどないが、防御に集中しているせいで巨人はその場に止まっているのだ。
『イーディス。身体硬化の能力を発動させてくれ』
『……はい。おわりましたけど』
「能力をかけ終わったらロリ姉さんの手を離して、そのまま落下しろ』
『え? 落下ですか? 落ちるんですか?』
『身体硬化してるなら痛くはないんだろ?』
『痛くはないですけど、その心の準備が』
落下することにためらっていたイーディス。
「みんな、一斉攻撃をもう一度かけてくれ!」
「了解」
「がってん」
「おまかせを」
これで巨人の動きが止まる。
『落とすよ』
ロリーナは俺の作戦を理解していたのか、俺が指示を出す前に実行に移していた。タイミングとしてはどんぴしゃだ。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
イーディスが落下した。上空から彼女の悲鳴が聞こえてくる。
彼女は自由落下によって地面へと加速するのだ。
落下速度と質量と距離を計算すると、中級魔法の火爆破15回分もの熱量と同等の力が落下時に起こせる。
そして……
「みんな離れろ!!」
俺がそう叫ぶと同時に空から降ってきたイーディスの身体が、巨人の脳天にぶつかった。
と同時に、小規模の爆発が起こる。
作戦はとりあえず成功だろう。
これは質量攻撃を応用したもの。というか、そのまんまでもある。攻城戦などで、大きな石などを投擲することで城壁などを壊すというやり方にヒントを得ただけだ。さすがの巨人でもこれは耐えられまい。
ロリーナの飛行能力、イーディスの身体硬化。これを組み合わせれば、十分な武器となる。他の能力者だって、単体で使い道がなくても、組み合わせれば凄い威力を発揮するものもあるはずだ。
まあ、イーディスの能力ならケガを負うこともない。
「ゴホッゴホッ……気管に砂が入りそうだな」
爆発の影響で辺り一面砂煙に覆われるが、しばらくすると視界ははっきりとしてきた。
そこに見えるのは5ナートほどの窪んだ穴と、その中心にはイーディスが腰まで埋もれて咳き込んでいる。
巨人はほぼ塵と化したか。
「大丈夫か?」
「ゴホッゴホッ……大丈夫じゃないですよ」
「回復魔法は必要か?」
「ゴホッ……いえ、必要じゃないです。それよりも、水浴びしたいですぅ」
彼女は今回の戦いの英雄だ。城に戻ったらレイシーにお願いして、風呂に入らせてあげよう。
「エシラ」
レイシーが近寄ってくる。ちょっと憐れんだ目でイーディスを見ていた。そして、目を細めて俺に視線を向ける。
「何?」
「あなた、女の子の扱いが雑過ぎませんこと?」
むー。なんかそういう意味で使う言葉じゃ無いような気もするが、言ってることに間違いは無い。まあ、苦言をこぼされるのは予想通りか。
「悪かったな、反省するよ」
「謝るならあの子に直接なさい。自分を慕っている子なんだから、もう少し優しく扱ってあげた方がいいわよ」
優しくすることが本当にその子のためになるとは思わない。でもな、これはレイシーに言っても理解されないような気がしてきた。
「善処する」
俺はぼそりとそう告げると、イーディスの側に行き、土に埋まった身体を引っ張り出してやる。
「立てるか?」
手を差し出して彼女に問いかける。
「なんだか、膝がガクガクしていて、立てそうもありません。落ちるの、すっごい怖かったんですよ」
「悪かったな。無理させて」
俺は彼女に背中を向けるとしゃがんで、そこに乗るように促す。
「いいんですか?」
「歩けそうもないだろ? 城までおぶってやるよ」
「ありがとうございます。ご主人さま」
嬉しそうに感謝の言葉を述べると、俺の背中にしがみつくように乗っかるイーディス。首の後ろ辺りから、わずかに甘い果実とミルクを合わせたような香りが漂ってきた。まあ、女の子の匂いだよね。意識するなといっても、無理な話。
だからこそ、好感度を上げすぎるのもよくないんだけど。
**
北門へと戻りながら上空のロリーナと連絡をとる。
『ロリ姉さん。聞こえるか?』
『ええ』
『マーキングを付けた敵の動きはどうなっている?』
『散り散りになって逃げていくよ。城に向かう者はもういないかな』
『そうか。念のため、もう一回りしてみてくれ』
『うん、わかった』
異常がなければ帰って祝杯だ。という気にはなれなかった。
「エシラ。勝ったというのに、浮かない顔ですね」
レイシーが問いかけてくる。
「西側が陽動だってのは予想が付いたんだけどさ。北側からの攻撃って主力部隊だったのかな? って思ってさ」
「どうしてそう思われるんですの?」
「たしかにサイクロプスっていう強力な魔物がいたけどさ、リーダーらしい人物も、それに準じた幹部らしき者もいなかったように思える」
「そういえばそうですね」
杞憂に終わればいい。まだ防備も完全ではないのだから苦労はしたくない。
そのまま何事も無く北門に到着し、中の兵に門を開けてもらおうとしたところで、念話通信で見張り兵の緊迫した声が聞こえてくる。
『こちら正門。橋を渡ってくる侵入者あり……ぐわぁっ!』
聞こえてきたその見張り兵からの連絡が突如途切れる。
『こちら正門詰め所。城壁の見張りがやられました。敵は青い肌の大男……ぐぇっ』
これは異常事態だ。
『サニー、レニー。どっちかの近くにマリオラはいないか?』
『マリオラちゃんなら、あたしの隣にいるよ』
と、サニーだかレニーだかわからない返答がある。
『マリオラに北門に来てくれと伝えてくれ』
『わかった』
俺は背負っていたイーディスを降ろす。が、まだ先ほどの衝撃の後遺症が残っていて、まともに歩けないようだ。
「イーディスはとりあえずここに残れ」
「わ、わたしも行きますよ」
彼女は必死で歩みを進めようと頑張っているのはわかるが、それもままならないようだ。俺は彼女の肩に手をおき、なるべく優しく告げる。
「少し休んだ方がいいよ。まあ、レイシーたちもいるし、正門の方もすぐに撃破するさ」
「わかりました……」
その返答のあとすぐに、目の前にマリオラが現れた。俺は周りを見回すと、とりあえず近くにいた二人に声をかける。
「レイシー、ティリー。マリオラに掴まれ」
二人の顔に緊張が表れる。彼女たちも念話具で正門の状況は聞いているのだから当たり前か。
「マリオラ。正門の手前まで跳んでくれ」
「正門ですね。跳びます!」
景色が一瞬で変わる。そして、そこにはおぞましき状況だった。
鋼鉄の吊り扉が真っ二つに割られ、その近くには血だらけの見張り兵が二人死んでいた。ご丁寧にも頭を潰されている。
そしてそこで周りを呑気に眺める一人の男。
「マリオラ。一度北門に戻って、他の奴らも連れてきてくれ」
「わかりました」
マリオラが戻るのを確認してから、俺は男に声をかける。
「何者だ?」
2ナートはある大男。露出している両腕の肌は青白く、頭部はぼろ切れのようなフードを被っているのであまり顔がよく見えない。手には自分の背丈と同じくらいの大剣を構えていた。
「あんたこそ何者だ? 廃墟になったこの街に誰かが棲みついたって聞いたんだがな」
「盗賊団だ。ここを拠点としている」
「ほう」
男は感心したようにそう呟き、口元を緩める。
「質問には答えたんだ、そっちも答えてもらうか」
緊張感は高まる。鋼鉄の門を大剣で破るような滅茶苦茶な力を持った奴だ。下手な対応をしたら、こちらがやられる。
ただし、相手はアンデッドだろう。いざとなったら俺の魔法でも対応できる。というか、なんとかする!
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