第29話「防衛戦」

 

 夜目の利かない俺は敵の様子がわからない。なので、城壁の上にいた見張りに聞く。


「敵の様子は見えるか?」

「見えるには見えますが、正規兵のように隊をなして来てるわけじゃなく、バラバラにこちらに向かっているようです」


 盗賊団ということもあって、それほど統率はとれてないようだな。これなら、かなり戦いに余裕ができる。


「人数はどれくらいだ?」

「散らばりすぎていて、厳密な数は把握できませんが100以上はいるかと」

「距離は? あとどれくらいで門まで辿り着きそうだ?」

「そうですね。あの速度ですと、早くても30分くらいでしょうか」


 西門の弓兵が到着するまでギリギリか。


「キミの特殊能力は?」

「はい。夜目と複数射であります!」

「フクスウシャ?」

「一度に複数の目標へと矢を射れます。最大で7つの目標を同時に射抜けますね。ただし、射程は通常でありますが」


 なるほど、それはそれで使える状況は多そうだな。


「わかったありがとう。引き続き見張りを続けてくれ」

「はい!」


 俺は少し考えるとロリーナとイーディスを呼ぶ。


「ロリ姉さん! イーディス!」


 瞬間転移の俺たちに送れて、彼女たちは空からこちらに向かっているはずだから、そろそろ到着するだろう。


「呼んだ?」

「なんでしょう? ご主人さま」


 ほぼ真上から、すうーっと降りてきた彼女たちにゆっくりと説明する。


「もうすぐ敵が来る。二人は取りたてて戦闘特化の能力を持っているわけではないから、積極的な戦闘への介入はしなくてもいい」


 その言葉にイーディスが異を唱える。


「けど、わたしご主人さまのために戦いたいです」

「まあ、待て。役には立ってもらうよ。その作戦を伝える」

「はい。なんでしょう」

「イーディスは日常魔法も一通り使えるよな?」

「一通りといっても、灯りを照らす光球ライトの魔法と火種を作る着火ファイアスターターくらいですよ」

光球ライトの魔法が使えればいいよ」

「何をすればいいのですか?」

「ロリ姉さんと一緒に空へと上がってもらって、敵を見つけたらイーディスの光球ライトの魔法で敵にマーキングをしてくれ」

「まーきんぐ?」


 そういやこの言葉は古代語由来だったな。


光球ライトの魔法を敵に追尾させることで、印を付けるんだ。周りは暗くても敵の位置だけはわかるって作戦だ。光球ライトの魔法なら、敵に撃ち落とされることもない。あれは攻撃魔法ではないからな」

「なるほど。そういう使い方もあるんですね。勉強になります」


 あとは……と、少しでも有利になる作戦を考えていると、覚えのある声が聞こえる。


「エシラ殿」


 振り向くとゲイブリエルと、その隣にはメイド長もいた。


「避難誘導は終わったんですね」

「はい。これで思う存分戦えます」


 彼は大きなゴツい手をボキボキと鳴らす。やる気満々のようだ。


「エミリーさんも来てくれたんですね」

「魔導師が足りないようですし、私の能力でそれを補おうかと」


 そう言ったメイド長は、筋肉系魔導師のモックへと姿を変える。ただ、女性らしい仕草で、どちらが本物かの区別は付きそうであった。


 彼らの後ろには、さらにレイシーとティリーが付いてきていた。レイシーは甲冑の兜を被っていたらしく、今はそれを外して右手に持っている。


「おまたせしましたわ!」


 俺が視線を向けると、レイシーが元気よく声を上げる。西側ではほとんど活躍出来なかったから、少し元気が余りまくっているのかもしれない。


「レイシー」

「なんでしょう?」

「とりあえず預かっていた指揮権を返すよ」

「あ、そのことですか。そのままでいいですわよ」

「え?」

「さきほどゲイブリエルと話し合ったのですが、あなたが一番指揮を執るのが適任のようです。ですから、臨時の将軍職を与えますわ。これからはニセの頭領としてだけではなく、この街の陣頭指揮をお願いいたします」

「……」


 まあ、いいか。レイシーは軍事より政治の方で頑張ってもらいたいからな。


「弓兵隊30名、到着しました!」


 隊長のリーボックが俺に敬礼する。


「配置についてくれ」


 これで迎撃態勢は整った。


 俺たち近接戦闘部隊は、地上まで下がると格子状の門の前で待機する。


 敵がそろそろ近づいてくる。


 息を呑むような静けさの中、遠くの方から雄叫びが聞こえてくる。


 それと同時に矢を射る音も。


 弓兵がそれぞれの狙撃射程で放っているので、バラバラに聞こえてくる。


 大軍勢の場合や、弓兵が特殊能力を持っていなければ、一斉射の方が効果がある場合も多い。だが、今回は敵がばらけてやってくるので、個別に攻撃させたほうがいいだろうとの判断である。


『エシラ殿。隊長のリーボックです。矢を射られても攻撃の通じない敵が何体かいます。彼らは肌の色が青白く、まるで死人のようなのですが』


 双子の念話経由で隊長の通信が聞こえてくる。近い場所にいるとはいえ、城壁の上と下では、会話は聞こえにくいのでありがたい。


『わかった。青白い敵は近接部隊で対処する。それ以外の敵を狙ってくれ』

『了解しました』


 俺は皆に「準備はいいか?」と聞く。


「おお!」

「まかせてくださいませ」

「いつでもいいぜ」

「おまかせください」


 威勢のいい返事が返ってくる。


 俺は待機していたロリーナとイーディスに予備の念話具を渡す。これで彼女たちとの通信も可能だ。


「じゃあ、ロリ姉さん、イーディス頼んだぞ。あんまり無理して敵に近づかなくてもいいからな」

「はい」

「わかってます」

「では、行ってくれ」


 そう指示を出すと、彼女たち二人の身体は空へと浮かび上がっていく。


 俺は振り返ると、そこで待機していた皆に指示を出す。


「俺たちも行くぞ! 門を少し開けてくれ」


 格子状の鉄の扉がギギギとゆっくりと上にずり上がる。いわゆる落とし格子式の門だ。


 全員がその門をくぐると、後ろからズトンという重い物が落下したような音が聞こえる。


 これは、落とし格子の門の特長だ。開くのは時間がかかるが、閉めるのは一瞬で済むという防衛のための先人の知恵でもあった。


 戦場は暗闇。とはいえ、ロリーナとイーディスが光球ライトというマーキングをしてくれているために、敵が視認しやすい。


 逆に敵はこちらのことが見えにくいだろう。


 まずは魔導師二人が前方へ向けて広範囲のファイアストームの魔法を放つ。炎の竜巻のようなものが敵を襲った。が、動きが鈍っただけで倒せてはいない。


 アンデッド化したやつらなのだから仕方ないな。


「敵はバラバラだ。こっちは二人一組で敵を追い詰めろ。レイシーはティリーと、メイはモックと、ゲイブリエルはエミリーと組め」

「了解」

「あいよ」

「かしこまりました」


 二人一組とはいったけど、奇数なので当然俺は余る。


 だが、アンデッド相手であれば一人で十分だ。


上位回復ハイヒール


 回数はほぼ無限。そんな無敵な攻撃魔法をもったいぶらずに放っていく。もちろん、生身の人間は他の奴らに任せることにしている。というか、そいつらは弓兵が狙撃でやっつけてくれているので、ほぼ残っていなかった。


 そうして俺たちは敵の数を着実に減らしていく。


 小一時間くらい戦っただろうか。


 ある程度数が減り、敵兵の一部が撤退し始める。勝利は目前だった。


 だが、予想外の化け物が現れる。


「うああぁああ!!」

「うがぁぁああああ!!」


 メイとモックがこちらに飛ばされてきた。傷を負っていた二人をすぐに回復魔法で治療する。


「どうした?」


 メイが震えた手で前方を指す。そこにいたのは5ナート(5m)を超える巨人。


 その瞳がぎょろりとこちらを向く。目玉は一つだけ。これは、一つ目巨人サイクロプスか。噂には聞いたことがあるが、見るのは初めてだな。


 しかも、こいつ感染して発症している。


上位回復ハイヒール


 俺が放った魔法を巨人は手に持った大きな棍棒で防御する。なるほど、俺の魔法は本来攻撃魔法ではない。非生物に当たれば何の効果もないのだから。


「思ったより頭は回る奴なんだな」


 そんな独り言を呟いてしまうくらい感心はしていた。


「あの化け物、馬鹿力だけじゃなくて動きも速いんだぜ」


 モックが苦々しくそう吐き捨てる。


「モック、メイ。奴の右側から回って攻撃をしてくれ。俺は後ろに回り込む」

「あいよ!」

「わかった!」


 俺は巨人の後ろへと回り込む。そして、メイが奴を挑発し、モックが攻撃魔法を放ったタイミングで、その後頭部に上位回復ハイヒールをぶち込む。


 しかし、それは巨人の驚異的な反射神経で躱された。


「あいつ、後ろにも目があるんじゃねえか?」


 額から汗が流れてくる。そんな皮肉しか言えない。


 さて、どうするか?


 ぎょろりと一つ目がこちらを捉える。さすがにこれはヤバいなと思ったところで、奴の左後方から攻撃が入る。


「天空破砕槍!」


 レイシーだった。


 だが、その攻撃すら躱されてしまう。


 感染した魔物だから放置しておけば、活動限界になっておとなしくなるのではないか?


 そんなことを考えるが、この魔物は単体で現れたのではない。盗賊団が率いてきた魔物であり、彼らの制御下にあるだろう。


 それともう一つ懸念があった。


 確かめるために、上位回復ハイヒールを奴の右腿スレスレを狙う。直撃することはなかったので、魔物も避けずにいてくれた。


 かすめていった魔法は、奴の表面皮膚の一部を消失させた。だが、その皮膚はすぐに再生されてしまう。


「思った通りか」


 テニエルの街でヘイヤが魔石を呑んで自分の身体を再生させたように、それと似たような現象がこの魔物にも起こっているということだ。


 これはキツいな。というか、対処方がないわけではないが、少々面倒でもある。


 それでも街を守らなければ全てを失ってしまう。


 あとで後ろ指を差されるかもしれないが、背に腹は替えられない。


 俺のトリッキーな作戦であの怪物をぶっ潰す!


 ちなみにトリッキーは古代語で『ずる賢い』という意味。こんな状況で格好なんてつけていられない!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る