第28話「敵襲」

 

 見張りからの緊急通話を聞いた俺は、正面にいるレイシーに問う。彼女も念話装置を付けているはずだ。


「聞いたかレイシー」

「はい。けど、早いですね。もうカドリール兄さまに気付かれたのですかね?」

「どうだろうな。とにかくもう少し情報が欲しい」


 見張りは他にもいる。あとでそれらをまとめた隊長からの連絡が入るだろう。


「兵の指揮をお願いしていいですか?」


 そう言って駆けだしていこうとする彼女を呼び止める。


「どうするんだ?」

「もし兄さまの軍だった場合、わたくしが時間稼ぎをします」


 第三王子の目的が彼女なら、交渉の余地はあるということか。まあ、王家内の紛争に俺が口を出せるわけもないな。


 とはいえ、軽はずみな行動は避けた方がいい。


「待て、まだ王都の軍と決まったわけじゃない。行くなら、顔の見えない格好をしていけ。レイシーの存在は切り札なんだから」


 まあ、止めても無理そうなので最低限の安全策をとらせる。危ないといっても彼女が死ぬことはない。心配なのは捕まることだ。


「わかりましたわ。では」


 彼女はティリーと共に部屋を出て行く。俺は彼女に「レイシーを頼む」とだけ告げる。そんなことをわざわざ言うまでもなく、ティリーはレイシーを守るのだろうが。


『こちら弓兵隊隊長リーボックです。西の森からの侵入者は計100名ほど。正規軍ではないようですが、いかが対処いたしましょう』


 隊長からの緊張した通信が入る。やはり数は増えたか。


『隊長聞こえるか? レイシーから軍の指揮権を預かることになったエシラだ』

『これはこれは頭領。了解しました。あなたの指示に従います』


 弓兵隊の隊長は快く承諾した。


『100人の敵を城壁に到達するまでに射殺いころすことは可能か?』

『そうですね。15名ほどいれば可能ですね。連射の能力を持つ者もいるので、その者ならば一人で10人は一度にやれますし』


 さすがだな。弓兵は個々の特殊な能力に加えて、全員が夜目が利くというのもあるの、こちらの優位性は高い。これはいける!


『では、悪いが詰め所にいるものを起こして、東側へと配備させろ。もちろん他の箇所で見張りを行っているものは呼び戻す必要はないぞ』

『了解いたしました。必ずや頭領の期待に応えて見せます』

『それと、一つだけ注文がある。死体を一つ持ち帰って身体を調べてくれ。特に入れ墨がないかどうかだ。もしあったら報告をよろしく』

『了解です』


 さて、俺の勘は当たるだろうか。


 というのも、俺は王都の軍が攻めてきたとは思っていない。可能性があるとしたら、盗賊団の方だ。


 村を回っている最中に何十人もの盗賊を痛めつけたし、わざと逃がして隠れ家の場所まで確かめたからな。


 カオスドラゴンとしては他の盗賊団が自分のナワバリ内にいるのは無視できないだろう。だからこの街に攻め入ってきた、と考えるの方が可能性としては高い。


 もちろん王都の連中にバレてしまったという最悪の事態も考慮しなければならないが。


 とりあえず西側の防備は問題ないが、陽動ということもありえる。


『エシラ殿。ゲイブリエルです。敵が現れたとのことですが、私めはいかが致しましょう』


 彼の超能力は加速動作。瞬間転移とは違って障害物のある場所での移動は制限がかかるが、見晴らしの良い草原などなら、瞬間転移と間違うほどの速度で動けるのだった。


 彼はもともと格闘術を得意としているために、その加速能力との相性がいい。それだけ手数が増えるのだから。


『ゲイブリエルさんは非戦闘員の避難誘導をお願いします。誘導が終わったら俺に合流してもらえるとありがたいですね』

『かしこまりました』


 彼との会話が終わり、俺は次の手を考える。


「マリオラ。キミに頼みがある」


 俺は給仕として部屋にいた瞬間転移の能力を持つ少女に話しかける。


「な、なんでしょう?」

「冒険者ギルドに行って、モックというハゲの大男と、鍛冶屋に行ってメイという女性を連れてきて欲しい。あ、連れて行く先は西門の方だ」

「わ、わかりました」


 彼女は瞬時に消える。


 さて、俺も行くか。


「ご主人さまはどこに行くんですか?」


 イーディスが焦ったように問いかける。


「東側が気になる」

「わたしも行きます」


 そういえばこの子も特殊能力持ちだ。とはいえ、能力は防御特化の物理防御と質量変化か。ケガをすることはないだろうが、戦場に連れて行くのは気が引ける。とはいえ、この街は戦える人間が少ないからなぁ……。


「とりあえず、ロリ姉さんを呼んできてくれないか。東門に行ってるからそこで合流しよう」

「わかりました」


 俺は部屋を飛び出すと、そのまま走って東門へと向かった。


 ロリーナの飛行能力があれば、東からの侵入者がいないか広い範囲での確認ができる。


 いや、今は夜だから……夜目の使える見張りの弓兵を一人連れて飛ばせばいいだろう。実験では5人くらいの大人と一緒に浮遊できていた。


 レイシーから指揮を任されたので、この街の防備に何が必要なのか、そんなことを頭の中で組み立てていく。



 東門に付くとメイとモックと合流した。


「よう! 敵襲だって? 新しい能力を試せると思うとなんだか若い頃のように血がたぎるぜ」


 モックの特殊能力は、手に持つ物体を全て魔法杖に変えるという一見地味な能力だ。そもそも魔法杖は魔力と魔法の安定化のために持つものであり、持たない場合は魔法の命中精度や攻撃力が落ちてしまう。


 彼の特殊能力のおかげで、どんなものでも魔法杖になる。極端な話、そこらへんの木の枝でもいいのであった。


 とはいえ、筋肉系の魔導師。彼が持つのは戦鎚ウォーハンマーだ。ただでさえいかつい男なのに、そんな武器を持っていたらもう魔導師とは思われないだろう。


 目線をその隣にいるメイへと映すと、彼女も戦いたくてうずうずしているようだった。


「敵はどこ? またあんたと一緒に戦えるのは嬉しいね」


 彼女の特殊能力は、投擲した武器が自分の手元に戻ってくるというものだ。


 メイの背負う大きな斧も、投擲して敵に当たって戻ってくるという魔法的な挙動を起こせる。とはいえ、ここでも魔力はいっさい使われていないようだ。


 近接でも遠距離でもバトルアックスの圧倒的な物理攻撃力を使えるというのは、かなり有利な戦いができるだろう。


 俺は外の様子を見るために、いったん二人を下に残して城壁塔に上がる。


「様子はどうだ?」


 見張りの弓兵に声をかけた。


「はっ! こちらは今のところ侵入者は確認できません」

「そうか」

「ただ、少し気になる事があります」


 見張りが何か言いたげに呟く。


「どうした?」

「狼の群れが草原をうろうろしておりまして……もちろんこちらに向かってくる気配はないのですが」

「狼?」


 俺は東の草原の方を見るが、夜なのであまりよく見えない。夜目が利く彼だからこそ気付いたのだろう。


「ええ、ちょっと動きがおかしいといえばおかしいのですよね。獲物もいないのに、場所を移動しないのです。草原は身を隠す場所がないですし、そんな見えやすい場所に留まっているのがちょっと」


 俺は少し考える。


「なあ、キミの特殊能力は何だ?」

「はい。夜目と狙撃であります」

「ここから一番近い狼を射抜けるか?」

「ぎりぎり大丈夫でありますが」

「射抜いてみてくれ」

「ですが、狼を刺激することになります」

「城壁があるから大丈夫だろう。狼ならな」


 と見張りと話していると、ロリーナがイーディスとともに飛行状態でやってくる。


「お呼びですか?」


 ロリーナがそう問いかける。


「ああ。ここから東の草原に狼がいるようなんだ。それを空から確認してきてくれ。今一匹だけ射るから、他の狼の動きがどうなったかを知らせて欲しいんだ」

「うん、わかった。まかせて!」


 そう言って飛び出していきそうなロリーナを止める。


「待て」

「なに?」

「ロリ姉さんは夜目は利かないだろ? ここから城壁の上を少し北西行ったところに、夜目の利く見張り兵がいるからそいつを連れてってくれ」

「あ、そういうこと。わかったよ」


 彼女はそう応えて飛んでいく。


 さてと。俺は弓兵に向き直ると指示を出す。


「俺が合図をしたら矢を射てくれ」

「はい」


 見張りは弓を構える。その目はオレンジ色に光り出した。夜目の能力と狙撃の能力が発動しているってことか。


 空を見ていると、二つの人影が東の草原へと向かっていくのが見えた。


 そろそろかな。


 俺は彼女たちが狼たちの上空に行ったと思われる頃合いを計り、見張りに合図をする。


「撃て!」


 弓兵から射出された矢はまっすぐに飛んでいき、暗闇の中に消えていく。


 そして遠くの方から悲鳴のような声が聞こえてくる。これは動物の鳴き声ではない。


「ふふっ、人間だな」


 俺は思わず笑いそうになりながらそうこぼす。


「頭領! 中から人が出てきます。奴らは狼の毛皮を被っていたようです」


 弓兵が声を上げる。


 なるほど。ある意味予想通り過ぎてつまらないな。


 しばらくすると、すごい勢いでロリーナが戻ってきた。勢い余ってぶら下げていた見張りを放り投げてしまうほど慌てている。


「エ、エ、エシラさん!」

「どうした?」

「敵だよ。いっぱいいるって。北門を目指しているよ!」


 しまった。こっちも陽動か。川を上ってぐるりと迂回したのか? これは軍隊がやるような作戦じゃないな。山から攻めるのであれば隊列を組めない。攻城戦を仕掛けるというより、集落への襲撃に近いか。


 俺は急いで下に駆け下りると、モックとメイの腕に触れ、側にいたマリオラに指示を出す。


「マリオラ! 俺たちを北門に瞬間転移させてくれ」


 彼女の手が俺の胸元に触れる。


「行きます」


 瞬時に景色が変わり、北門の前へと到着した。


 だが、転移したのは3人と思っていたが、ロリーナとイーディスも俺の上着の裾を掴んでいたために、彼女たちも一緒に来てしまった。


 仕方ないか。


 俺はすぐに西門にいる弓兵の隊長に連絡をとった。


『リーボック隊長、応答せよ。こちらエシラだ』

『こちらリーボックです。あと少しで西側の侵入者を排除できます。死体は少ししたら回収出来ると思いますので、もうしばらくお待ちください』


 死体回収が手間取っているのは、城の防備がほとんど弓兵だからだ。敵がいないとわかるまでは、近接戦闘が不得意な兵は戦場に出られないのだろう。


『死体の件は了解した。それと敵を殲滅次第、最低限の人員を残して北門へ弓兵を配置してくれ、敵の主力はこっちだ』

『了解です』


 リーボック隊長の通話が終わると同時に、レイシーの声が聞こえてくる。


『敵の主力が北にですって?』

『ああ』

『急いでそちらに向かうわ。あと、煩わしいからわたくしが直接死体を見てきたの』


 そういえばレイシーが向かったのは西門だったな。


『どうだった?』

『左腕に例の入れ墨があったわ。敵はカオスドラゴンよ。兄さまの軍じゃなくてほっとしてるの』

『やっぱりな』


 さて、どうするか?


 王都の軍でないのなら、それほど焦る必要はない。


 俺は冷静に戦略を組み立てていく。もちろん、もしもの場合のこと。


 さあ、落ち着いて勝ちに行こうか。


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