第27話「エミリー」

 

 特殊能力が発現するのは、レイシーの魔眼に反応し、俺が時間遡行レトロアクティブで蘇生したものだと推測している。


 だからメイド長に何かの特殊能力があるとするなら、俺の考えは正しいことになるだろう。


「ここ1週間で身体に変化はありませんでしたか?」

「……」


 彼女は口を噤んでしまった。それを見かねてレイシーがこんな風に切り出す。


「エミリー。クライスト領は現在、王家の直轄領として預からせていただいておりますわ。あなたが王家に対して叛逆の意志がないのであれば、それを証明なさい」


 自分の特殊能力を隠すことは、すなわち叛逆の意志があるとみなす、という脅しだ。


 彼女は自分の能力を話せる口実が欲しかったのかもしれない。その背中をレイシーは押してあげたのだろう。


「失礼しました。王女殿下。私も自分の身体の変化は存じておりました。ただ、他の者の能力と違って、あまりお役に立てるとは思いません。それに……」


 彼女はまた口ごもる。俺は続きを促すように問いかけた。


「それに?」

「少し恥ずかしいのです」

「そう言われても、何の能力かわからないことには恥ずかしいかどうかも判断できないぞ」


 俺は思わずそうツッコんでしまう。彼女はいったい何を恥じているのか……。


「そうですね。王都を取り戻すために、少しでもお役に立てるのなら、私はそれを告げなければならないのでしょう。わかりました。私の能力をお教えいたします」


 そう語った彼女の姿が突然変化する。それはロリーナだった。


 位置が入れ替わったのかと思って、振り返ってロリーナを見ると、彼女はそこにいた。ということはロリーナが二人? いや、これは……。


変化へんげの魔法か?」

「魔法で言うならばそうですが、私の能力は魔法で見た目を誤魔化す幻体ではありません」


 俺は彼女に近寄って、頭の上の方を手で空間をかき回すように確認する。手応えはまったくなかった。幻視であれば、この辺りに本体の手応えがあるはずなのだから。


 幻惑魔法での変化へんげは、相手に幻を見せて自分が変化したように見せかけるだけだ。だが、彼女は元の身長よりも30センチ以上実体で小さくなっている。


「幻ではないのか?」

「そのようですね。完全に身体を作り替えて変化することができるみたいです。殿方に変化したとき……その、裸になって確認したのですが……」


 彼女はぽっと頬を赤らめる。というか、真っ赤になってるぞ。


「……」


 ああ、言わなくてもわかるよ。付いてたんだな。しかも実用できたと。


 このことは余り触れないようにしよう。彼女が妙に恥ずかしがるのはそれが原因か。


「特徴的なのは身体の変化だけではありません」


 彼女は言って赤毛の三つ編みの少女となる。マリオラだ。だが、それだけでは終わらなかった。彼女が目の前から消え、本物のマリオラの隣に現れる。当の本人も驚いていた。


「瞬間移動か」


 もしかして彼女はこの中で、飛び抜けた能力を持つのではないか。なぜなら彼女の能力の主力は変化ではなく、人物丸ごとの複製だ。


 古代語に「チート」という言葉がある。「ずる賢い強力な能力」という意味らしい。


 まさに彼女の複製能力は「チート」である。敵に回ればこれほど恐ろしいものはないが、安心して味方だと確信できるのでほっとする。


 彼女はたぶん、レイシーを裏切ることはない。



**



 レイシーのいる書斎の扉をノックする。イーディスから言付けで「レイシーが呼んでいる」とのことだった。


「どうぞ」


 中に入ると、相変わらず彼女は書類の山に埋もれていた。机の上で一生懸命報告書に目を通している。


「何か用か?」

「ええ、ゲイブリエルに頼んでいた住民全員の特殊能力の報告書があがってきたの」

「やっぱり全員なんらかしらの能力を持っているのか?」

「そうみたいね。しかも全員魔力を使わないのよ。もうこれは魔法じゃないわね」


 彼女は報告書を放り出し、机にヒジをついてアゴを乗せる。俺の前ではわりと自堕落な姿を見せるようになってきた。


 俺に対して心を開いてはいるものの、それは身内に対しての態度であり、けして彼女が俺に恋をしているわけではないことは明白であった。


「魔法でないなら、なんらかの呼称が必要だな」

「特殊能力でいいんじゃないかしら?」


 彼女はやる気のないように答える。


「なんかしっくり来ないんだよな」

「じゃあ、超能力とか?」

「それいいな」

「じゃあ、非公式ではあるけど、彼らの特殊能力を『超能力』と呼称しましょう。エシラも報告書見るでしょ?」


 レイシーがその束を差し出すと、それを受け取った。というか、投げやりな決め方で『超能力』と決まってしまった。


「どれどれ」


 俺は報告書をざっと読む。本当に街の住人すべてが特殊能力を持っていた。


 弓兵なんかは攻撃力特化の能力が多く、一騎当千なんて喩えが当て嵌まってしまうほどだ。


 パン屋のおばさんなんかは、釜を使わずにパンを一度に100個焼く能力とかいう、職業特化なものもある。


「超能力が使えないのは、ラビと、チキ、シーズー、キャティね」


 ある意味予想通りでもある。その4人はレイシーの魔眼にも反応していないし、時間遡行レトロアクティブの能力もかけられていない。


「やはり、俺たちの能力が関連しているのか……」

「いったいなんなのかしらね。けど、今はそれが安心に繋がるわ。兵を借りなければ街の防備もままならないと思っていたけど、この街の地形と、一騎当千の兵や住人が居れば十分に戦える。しかも、あなたの蘇生魔法……時間遡行レトロアクティブの能力でしたっけ、それを使えばもし誰かが殺されたとしても蘇生ができる」


 彼女は嬉しそうに笑顔を向ける。


「たしかに、単純に生き返らせることが可能だから、兵の補充も必要ないだろう。けどな、俺はあの詐欺師野郎のことはまだ信用していないんだ」

「『リベリオン』のことかしら?」


 その名は相応しくない。


「詐欺師野郎だよ」

「わたくしは話したことがないので何とも言えませんが、その方は何が目的なのでしょうね?」

「それがわからないことには俺は契約なんか受ける気は無いし」


 胡散臭すぎだろ。悪い部分も教えずに何かを売りつけようなんて奴は信用すべきではないのだ。


「そうですね。けど、あなたの能力もわたくしの能力も、契約を結んでいないうちに使えたのですから、これは利用しない手はないですわよ」

「まあ、そうなんだけどな」


 レイシーと違って、俺は直接奴と会話をしている。だからこそ、胡散臭さを拭い切れないのだろう。


「あ。それから、あなたに言われた通りサニーとレニーの双子の能力を見張りの兵と共有させましたわ」


 彼女の能力はこの街を守る為にも最優先で必要なものだ。ということで、あの後すぐにレイシーに進言しておいたのだ。


「この街は魔導師が少ないからな。使い魔による通信がほぼできていないし、これで緊急時の対応も迅速に可能になるだろう」

「はい。これはエシラの分ね」


 渡されたのは銀の指輪が二つ。


「なにこれ?」

「サニーが念を込めてくれた物よ。これがあればあの双子を通して、同じような物を持つものと遠距離会話ができるでしょ。見張り兵は交代で付けているみたいだけど、わたくしとゲイブリエルとあなたは常に付けておいた方がいいと思うの」

「そうだな。で、三つあるのは?」

「あなたの権限で誰かに貸し与えてもいいわよ。何か緊急事態がおこったときに」

「わかった。ありがたくいただくよ」


 俺は指輪を受け取るとその一つを指に嵌める。そして、報告書を手にするとレイシーに確認をとる。


「この報告書だけど、ここでゆっくり読ませてもらっていいか?」

「ええ。そのつもりで渡したのよ」


 俺はソファーに移動しようとしたところで、話し忘れていたことを思い出し立ち止まった。


「そういや、報告書の件で気になる事があったんだ」

「なにかしら?」

「俺の時間遡行レトロアクティブで蘇生したのはレイシーとティリーもだ」


 彼女たちも街の住人と条件は一緒のはず。


「ええ。そうね」

「何か特殊な能力は発現したか?」


 彼女は大きなため息を吐く。


「してないわ。してたら、これまでの旅でお披露目してたわよ。それはティリーもね」


 やはり特殊能力の発現と、魔眼や蘇生魔法は関係ないのだろうか……。


「やはり考えすぎなのかな」

「どうなのでしょう? わたくしに関してはこういう考え方もできますわ。この魔眼は超能力であると」


 たしかに発動呪文も魔力も必要ないと聞いていた。


「でも、蘇生前から使えたんだろ?」

「だから考え方ですわ。蘇生したから使えるのではなく、蘇生が成功する者が使えると」


 その発想はなかった。たしかにその条件の方がしっくりくる。


「ティリーはどうなるんだよ?」

「そうね。彼女の場合は……謎が多いわ。ティリーはあまり自分のことを話してくれないから」


 彼女は寂しそうにそう呟いた。



**



 夕食はレイシーとティリーの3人で摂ることが多かった。食事をしながらの相談や打ち合わせもあったのでそれは自然となる。


 この街に到着する前は、本当に3人のみで寂しい食事だった。だが、今は食事をする部屋には俺たち以外にメイドがずらりと並んでいる。


 彼女らは給仕として俺らに付いているのだ。


「おかわりはいかがでしょうか?」


 空になったスープの皿を見て、メイド見習いの一人であるイーディスがそう声をかける。


 彼女の場合はメイド長に直訴して、俺専用のメイドになった。ということで、食事の時は常に俺の側に控えている。


 他の子は交代制なので、彼女の負担は大きいと思うのだが、彼女はそれが幸せだと感じているらしく止める者もいない。


「ありがとう。じゃあ、もう一杯もらおうか」

「はい」


 彼女は笑顔で答え、皿を下げると配膳台の方へと足早に歩いて行く。


 それを見ていたレイシーがくすりと笑った。


「エシラはイーディスに慕われて幸せものね」


 彼女は何気ない感想を言ったに過ぎない。まあ、それはそれで少し寂しい気もする。というか、あの口づけの後を引き摺っているのは俺だけみたいだな。なんだか情けない。


「彼女は義理堅いんだよ。俺が助け――」

『西の森から侵入者あり、数は50以上。軽装備の歩兵です』


 双子の念話通信を利用した緊急通話が入ってくる。


 この街がアンデッドから解放され、人が住み始めたというのは周囲にはそれなりに知れ渡っているだろう。


 王都の軍なら威力偵察か。


 反撃を予想しつつ、こちらの勢力の戦力を分析して様子を窺うのだ。


 それ以外であれば、夜盗の来襲、もしくはもっと大きな組織の襲撃。


 まあ、準備が万全とはいえないが、ある程度の防備なら可能である。


 かかってこいや!!


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