第26話「能力者たち」
俺は双子の右隣にいる少女に声をかける。
「きみの名前は」
「は、はい。マリオラといいます。14歳です」
彼女は赤毛の三つ編みの少女。瞳の色は茶色で、そばかすがチャームポイントでもあるかな。人懐っこい見た目とは裏腹に、彼女は極度に緊張している。
「マリオラは何ができるんだ?」
「えっと、わたし……えっと」
大勢の前で能力を披露しなくてはならないためか、少し心理的な混乱をきたしている。
それに追い討ちをかけるようにメイド長のエミリーが口を出す。
「皆さんの貴重な時間をいただいているのです。早くなさい!」
「わたし……わたし……」
俺は彼女に近づくと優しく告げる。
「落ち着いて。深呼吸しようか。メイド長の言うことは無視していいよ」
ジロリとメイド長に睨まれるが、まあいいさ。
「あ、はい」
マリオラは大きく息を吸い、そのまま固まった。
それに見かねたロリーナが近寄ってくると、彼女の背中をぽんと叩く。
「マリオラちゃん。吐かないと」
ふうと一気に吐いて、ようやく落ち着きを取り戻す。
「ご心配をおかけしました。」
ちらりとメイド長の方を見ると、何か言いたげだったのだが、レイシーがそれを言わせないように彼女の方に視線を向けている。
「マリオラは緊張しいなんだよね」
イーディスが柔らかく笑う。それで場が少し和んだのか、マリオラはゆっくりと自分の能力を説明し始める。
「わたしは逃げるのが得意なんです」
「逃げる?」
「わたしを捕まえてみてください」
そう言われて、彼女の肩に触れようとしたところで彼女の姿が目の前から消え去る。
「???」
俺は辺りを見渡すと、彼女はホールから上階へと上がる階段の途中にいた。
「
レイシーも俺と同じことに気付いたらしく、こう呟く。
「そうですわね。魔力はまったく感じませんでしたわ」
そもそもあれを使える魔導師は、数えるほどしかいない高位な魔法だ。
「魔法を使うって感覚じゃなくて、その……あっちに移動したいって念ずると移動するみたいな」
そう言ってマリオラは俺の前へと戻ってくる。
「魔法は使えるのか?」
「日常魔法を少しだけ。だから、自分のこの能力が魔法じゃないことも理解しています。それと――」
彼女は俺の腕を掴む、とその瞬間俺の視界ががらりと変わる。俺は玄関ホールにいたはずだが、ここは街の中だった。
「わたし、触れた人と一緒に飛べるみたいなんです」
彼女はそう呟くと大きな吐息を吐く。
「大丈夫か?」
「人が多いとちょっと緊張します。エミリーさんや、王女殿下の前でしたから、ちょっといつも以上に重圧がかかってしまって」
「俺はいいのか?」
逃げることになったが、俺と二人きりである。怖くはないのか?
「頭領は……なんか、安心できる感じがするんです」
「安心?」
「わたし、本当はもう一つ能力があるんです」
「どんな能力なんだ?」
「人の色が見えるんです? これは瞬間移動ができる前からわたしが持っていた能力なんですけど」
「色?」
蘇生の影響で能力が発現したわけじゃないのか?
「人の感情の色というのですか、表面的には普通でも心の中で怒っている人は真っ赤で、焦っている人は黄色で、わたしを嫌っている人は黒で、冷静な人は緑って」
「へぇー面白いね」
心の中が見えるとはまた違った感じだな。
「みんな、ちょっとしたことで赤くなったくなったり黄色くなったり。エミリーさんはいつも真っ赤だから怖くて」
「なんかわかる気がするよ。あの人厳しいみたいだからね」
あの人は誰に対しても厳しい。間違った事をするならばレイシーにさえ怒りそうな気がする。
「わたしは自分に自信がなくて、ずっと焦っていて、真っ黄色になっているのは自覚しているんですよ」
「今は落ち着いているんだろ」
周りに人がいないのもあるのだろう。今は焦ることなくゆっくりと話ができている。
「そうですね。頭領は、なんか緑色を保っていて、前に城の前の広場で演説したときも、あんなに熱い言葉で語っているのに、ずっと緑だったのが不思議だったんです」
「焦っても悪い事態は収拾しない。それよりも俺は冷静に周りをみることを重要視しているだけだよ」
「羨ましいです」
「けどな、そのおかげで周りには「無愛想」だって蔑まれることもあるんだよ」
それで人間関係がうまく行かなかったことも多かった。
「でもわたしは無愛想な人の方が安心します。色が見えるってのもあるんですけどね」
顔色を覗うっていう俺がいた地域の言葉があるが、彼女はそれよりももっと深いところで相手の色を見ているのだ。
下手に心が読めるよりは、直感的に危険を察したり、安心できたりするのだろう。
「話を能力のことに戻していいか?」
「ええ、なんでも聞いて下さい」
彼女は落ち着いた笑顔をこちらに向ける。
「どこにでも行けるわけじゃないよな?」
瞬間転移も、一度行ったことがある場所だけだ。
「そうですね。一度行った所と、目に見える範囲であれば」
目に見える範囲?
「じゃあ、あの城の6階部分の右から二番目の窓のある部屋。あそこへの転移ってできる?」
「ちょっと待って下さい」
彼女はしばらく城を観察するように眺めると、俺の腕を掴んだまま目をつぶり「行きます」と言った瞬間に転移する。
そこは見慣れた『俺に割り振られた寝室』だった。
「ここに来たことはないだろ? どうやって来れたんだ」
「わたし、瞬間移動だけじゃなくて、建物を見るとその構造がわかるんです。もちろん、どこか遠くのお城は無理ですよ。目に見える範囲の建物に限ります」
彼女の場合はまず、自分が一度行った場所までの遠距離の瞬間移動ができ、その上で、そこから見える建物の内部にまで移動することができるのだ。
大魔導士の瞬間転移が稚拙に思えるほど、彼女の瞬間移動能力はずば抜けて凄い。
「凄いぞマリオラ。これは画期的な能力だ」
「わたしはお役立てるのでしょうか?」
彼女は相変わらず自信のなさそうに呟く。
「役に立つどころじゃないよ。マリオラがいるといないじゃ、作戦の成功も天と地ほどの差が出てくるよ」
「わたし、戦争とかはあまり興味ないんですけど、でも、人を助けることができたらいいなとは思っています。わたしにもそれができるのでしょうか?」
上目遣いでそう問いかける。この子には何か一つでも自信の持てることをやらせるべきなんだろうな。
「ああ、できるよ。マリオラが助けた人から感謝される未来が見えるって。自信を持て」
「頭領がそう言うなら、なんか希望が持てる気がします」
彼女の顔がぱっと明るくなる。この能力が彼女の劣等感を払拭させてくれればいい。そのためにも、俺は最善の作戦を組み上げなければならない。
「ありがとう。ホールに戻っていいぞ」
「はい」
彼女の返事で、再び戻ってくる。
「エシラ。どこ行ってたの?」
「街の中とかいろいろだ。彼女の能力はかなり凄いぞ」
「わたくしたちは、あなたがただ消えただけに見えたに過ぎませんわ」
レイシーはまだ信じられないといった感じだ。彼女は大魔導士の
「そうだな……マリオラ」
俺は彼女に問いかける。
「はい」
「キミが触れた人間と一緒に跳べると言うことだったが、何人まで大丈夫なんだ?」
「さあ、それはやったことがないので……」
「よし実験してみよう」
俺は皆に俺たちを中心に輪になるように指示を出し、それぞれが彼女の身体に触れるようにする。
全部で10人だ。
「行きます」
彼女がそう告げて、瞬間移動したのは正門近くの城壁の上だった。
「おお!!」
「なにこれ」
「すごい」
「わわ!」
一同からざわめきが起こる。
「転移しているのに魔力の痕跡が一切現れていないですね」
ティリーが不思議そうに空を見る。
「一度戻ろう、みんな、もう一度輪になってくれ」
俺は皆に指示を出してホールへと戻る。
「すごいですわね。魔力の痕跡なしでの転移だなんて」
実際に経験してしまったレイシーとしては、もう認めざるを得ないのであろう。マリオラも皆に褒められた嬉しいような恥ずかしいようなそんな顔をしていた。
さて、次の子だ。
最後に残ったのは金髪碧眼で、ロリーナと同じツインテール。だが、その長さは肩にかからないくらいの短さであった。
「キミの名前は?」
「ベルです……13歳になりました」
気怠そうに答える彼女。目蓋も半開きで眠そうな顔をしてる。
「キミの能力はなんだ?」
その問いに、彼女は持っていた黒い石版の上に絵を描き始める。それは小鳥の絵だった。
かなり上手いと思う。それを数分で描き上げた。
「見てて……下さい」
彼女がそう告げると、石版の絵が動き出し、そこから這い出るように空中に飛び出すと、ホールの天井付近を飛び回る。
「使い魔?」
魔導師がよく使う使い魔は、自分の魔力で分身を作り、それを自在に操る魔法だ。
だが、彼女の作りだした小鳥はまるで本物のようで、異様な魔力を感じない。生物だから魔力の流れはあるが、それはごく自然で、人工物の使い魔のような不自然さはなかった。
「使い魔……なんですかね?」
少女は逆に質問する。
「その小鳥って、キミが操れる?」
「あー……この小鳥は……無理ですね。えっと……」
そう言ってベルはもう一度何かを描き始める。彼女の喋り方はなんだか間延びした感じで特長的だ。
出来上がったのは、クマのぬいぐるみ。
「え……い」
そのかけ声でぬいぐるみは石版から這い出て床に立つ。
「外の小石を……持ってきて」
彼女がそう指示を出すと、ぬいぐるみはそのまま玄関の扉の方へと歩いて行き、そこの扉を開けると思いきや、そのまますり抜けて外へと出て行った。そしてしばらくすると、小石を持って戻ってくる。
「すり抜けた」
「すり抜けましたわね」
ぬいぐるみがひとりで動いたということより、扉をすり抜けたことの方が衝撃的だった。
持ってきた小石を渡されて、さらにそれを思い知る。
ぬいぐるみが幻体ということはありえるので、すり抜けてもおかしくはない。だけど、持ち帰ってきた小石まで扉をすり抜けるのはどういう原理なのだ?
凄すぎて、昨日のロリーナやイーディスの能力が普通に見えてきたくらいだ。
「これだけ……じゃないですよ」
ベルはさらに続ける。
「そこの騎士の御方に……お願いがあるのですが」
彼女はティリーに声をかける。
「なんだ?」
「その剣を……見せていただけないでしょうか?」
「ああ、かまわないが」
そう問われてティリーは鞘ごと剣を腰から外して、少女に見せるように掲げる。
「すぐに終わりますので……ちょっと待ってて下さい」
彼女はそう言って、凄い早さで石筆を走らせる。
「出来上がり……ました」
そう告げると、彼女は石版の中に手を突っ込み、書かれた剣を取り出した。
それはティリーが持つ物とそっくりの剣だった。
ティリーは自分の剣をもう一度腰へと装着すると、ベルが描いた剣を受け取り、鞘から出してその刀身を確認する。
そして、いつも剣を振るような感じで、素振りをする。
「これは! もし取り替えられても、私はニセモノであることに気付かないまま使い続けるかも知れません」
たしかティリーの剣って、レア武器だったよな。使い魔どころか、そんなものまで複製できるなんて……。
「ありがとう。キミの能力も理解できたよ」
俺は大きく息を吐く。
彼女らの能力の使いどころを考えるだけでも、かなり戦略の幅は広がる。
もちろん、年端もいかない少女たちを戦場に行かせるのはどうかという、倫理的な問題もあるだろう。
「これで、エシラ殿の用件も終わりでしょうか? メイドたちには早急に仕事にもどってもらいたいのですが」
メイド長のエミリーがそう口を挟んでくる。彼女もティリーに似て真面目な性格のようだが、ティリーよりはかなり堅物に感じてしまう。
彼女は30代くらいで、銀髪をアップにしておでこを出した髪型で、いつも厳しそうな表情を見せる女性だ。
「もう少し待って下さい。もう一人いますから」
「もう一人? メイドはこれで全員のはずですが、それともロリーナやイーディスの能力を殿下にお披露目するのですか?」
「いえ、彼女の能力はすでにレイシーに話してあります」
「じゃあ、これで終わりでいいじゃありませんか」
「まだ、
「……」
メイド長の目をまっすぐに見る。俺の予想が正しければ、彼女も特殊能力を持っている。
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