第25話「超能力」

 

 イーディスが笑顔でこう告げた。


「ご主人さま。わたしのも見て下さい」


 彼女の身体が淡いオレンジ色の光を帯びる。


「じゃあ、いくよ」


 とロリーナが手に持っていた小麦粉をこねる棒で、いきなりイーディスの頭を殴った。


「おい!」


 やめろと言いかけるが、イーディスは痛がる様子もなく、そして殴ったその棒は真っ二つに折れてしまう。


「だいじょうぶですよ。ご主人さま」


 驚いたな。これはいわゆる身体硬化の魔法だ。


「すごいな。鎧いらずじゃないか」

「それから、ちょっと変わったこともできるんですよ」

「変わったこと?」


 目を瞑ったイーディスが「わたしを持ち上げてみてください」とお願いしてくる。


 まあ、彼女くらいなら抱き上げるのも苦労はないか。両脇を腕で支えて持ち上げようとして、その異常さに気づく。


「重さがない」


 まるで中身が空洞の人形でも持ち上げているかのようであった。


「そうなんですよ。自分の体重を変化させられるみたいで、逆に重くすることもできるんですよ」


 そう言うと同時にイーディスの身体がどんどん重くなっていき、ついには支えきれなくて落としてしまう。


「悪い!」

「いえ、いいんです。身体硬化もかかってますから痛くも痒くもありません」


 質量を変化させられる魔法なんて聞いたことがないぞ。


「どれくらいまで重くできるんだ?」

「そうですね。昨日、重くしていったら床が抜けちゃいました。まだまだいけそうだったんですけど、怖くてそこで止めちゃったんですけどね」

「まあ、あんまり無茶しないでくれ。地中の底まで突き抜けたら助けに行くのも一苦労だ」


 聞いた話に寄れば、地の奥底には高温で岩が溶けたものが埋まっているらしい。


「あと、もう一つ副次的な作用があるみたいで」


 イーディスが「失礼します」と言って俺の袖を掴む。


 すると、なにか温かい者に包まれたような感覚を覚える。


「これはどういうことだ?」

「えっとですね。このナイフで、自分の身体を傷つけてみてください」


 彼女から渡されたのは料理に使うナイフだ。


 俺は試しに、最初はそっと手のひらをナイフで突っついてみる。が、突っつかれている感覚はない。しかも、ナイフで突っついている方は、何か硬い物に当たっている感覚だ。


 思い切って手のひらに刺すように力を入れるが、まったく痛くないどころか刺さる気配すらない。


「もしかして、触れた相手にも効果があるのか?」

「そうみたいですね」


 何か危険があったときにはイーディスの側にいれば大抵の攻撃はやり過ごせるってことか。


「ちなみにあたしの能力も触れた者を同時に浮かせられるみたいだよ」


 ロリーナがそう補足する。これはもう魔法の概念ではないな。


 とはいえ、魔法以外でどうやってこれを説明しろというのだ?


「イーディスのそれも魔法じゃないのか?」

「うーん、なんか頭で念じると起きるみたいなんですよ。魔法とは違うってことはわかるんですけどね」

「ちなみにイーディスは魔法は使えるの?」

「日常魔法と回復魔法を少しだけです」


 二人の特殊能力は、既存の魔法でも再現できる。だが、魔法を発動させるための魔本陣も展開しなくていいし、発動呪文もいらないのか。


 なんかすごいな。俺でも魔法陣なしの無詠唱ってのはできないのに。


「質問ばかりですまんが、いつからできるようになったんだ?」


 俺は素朴な疑問をぶつける。最初に答えたのはロリーナ。


「あたしはね1週間くらい前。身体が軽くなるような感覚があって、それで眠っているときに空を飛ぶ夢を見ていて、起きたら浮かんでいたって感じなの」


 次にイーディスが、斜め上に視線を向けて、記憶を探るようにゆっくりと話をする。


「わたしはですね。人とぶつかったり、転んだりして、よくケガをするんですけど、ちょっと前からそれがなくなりまして……3日前くらいに階段から転げ落ちたときにとっさに自分が固くなるイメージをしたんです。そしたら、なんともなかったんですよ」


 その話にロリーナが補足を加える。


「そのことでイーディスが相談してきたのが3日前なの。そこでお互いの異常な能力を知ることになったのよね」


 彼女たちの身に何が起きているんだ?


「他の人には言ってないよな?」


 こんなことが知れたら大騒ぎになる。まあ、だからといって、それを悪用するような連中はこの街にはいないのだけどな。


「言ってないけど」


 ロリーナが口ごもる。まさか、まださらなる能力を隠しているのか?


 と思っていたら、イーディスがこう告げる。


「特殊能力に目覚めたのはわたしたちだけじゃないみたいなんです」

「どういうことだ?」

「見習いで来たメイドの子とかも、それぞれ特殊な能力を持っているみたいで」


 付け足すようにロリーナがこう告げる。


「でも、その子たちには人がいるところで能力は使っちゃダメだし、誰にも言っちゃダメってことはしっかりと言い聞かせてはあるよ」

「……」


 ちょっとだけ混乱する。二人の能力でさえデタラメな感じなのに、他にも特殊能力者がいるというのか?


「とりあえずみんなを集めてくれるか?」


 その言葉に対して、イーディスが苦々しい顔をしながらこう答える。


「えっと、みんなはまだ仕事中なので、サボるとエミリーさんがうるさいんですよ」


 エミリー? ああ、メイド長のことか。


「だったら俺からメイド長に伝えておくよ。急ぐ必要もないし、明日でいいな」


 俺も明日までに頭の中を整理しておかなければならない。


 これはたぶん、レイシーの魔眼や俺の魔法にも関係しているのだろう。


 なぜなら、ロリーナもイーディスも見習いのメイドの子たちも、すべて時間遡行レトロアクティブで蘇生している。


 もしかしたら、街の人間にもそんな特殊能力が目覚めている可能は高い。


 あの『リベリオン』を名乗る詐欺師に聞いてみるか?


 といっても、俺からあいつに会う方法はわからない。


 まあ、各自の能力を把握しておくのも必要だな。もしかしたら、窮地に陥ったときの切り札となるのかもしれないのだから。



**



 翌日、メイド長の許可をとって、城内の玄関ホールの前へと集まってもらった。


 ロリーナやイーディスは当たり前だが、レイシーやティリーだけではなくメイド長にも同席してもらう。ロリーナは自分の姿に馴染み深いのか、幼女の姿のままできていた。まあ、いいけどさ。


「サニーです」

「レニーです」


 まず俺に挨拶をしてくるのは栗毛の双子だった。ゆるふわなロングヘアで、すまし顔をした少女たちである。二人とも同じ顔なので、どちらがサニーでどちらがレニーかは、初見では判断できない。


「えと、まあ、いいや。年はいくつだ?」

「「14歳です」」


 二人の声が見事に重なる。


「特殊能力に目覚めたらしいが、それはどんなものなんだ?」

「うんとね」

「お話ができるの」


 ?


 思わず思考が固まる。それは当たり前のことじゃないのか?


「今俺と話しているのは特殊能力なのか?」

「ううん、違うの」

「ワタシたちは離れててもお話ができるの」


 そこでピンとくる。念話か。すぐにその魔法が思い浮かぶ。


 だが、念話は高位の魔導師、それも瞬間転移を使えるような大魔導士でないと使えないと聞く。


「疑うわけじゃないんだが、ちょっと実験していいか?」


 俺は二人をある程度離すと、双子の一人(名前覚えてないので、適当に右側の子を選んだ)をレイシー側に立たせた。


 俺はもう一人の双子に、メモを書いて渡す。


 すると、レイシーの側にいた子が彼女に耳打ちをした。


「エシラの渡したメモって、『西の果実と天の砂』って書いてありましたか? なんか意味不明なのですけど」

「いや、合ってる」


 意味の通じるものでは予測される可能性があったので、わざと意味不明のものを書いたのだ。


「「それだけじゃないんだよ」」


 双子が同時に喋るが、完全に声が重なっていて、まるで一人のようにも聞こえる。これもある意味特技だよな。


「他に何かあるのか」

「これ持ってて」


 双子の一人が手に持っていたホコリ取りブラシを渡してくる。なんだろう? と思ってそれを手に取ると――。


『聞こえる? えっと、頭領って呼び方でいいのかな?』


 少女の声が聞こえる。真正面の双子の右側の子、このホコリ取りブラシを渡してきてくれた子が笑いかけてくる。


『ああ、聞こえるよ』


 短距離秘匿通話。たしか、レイシーが魔法具を使って行ったものだ。それを魔法具ではなく、ただの掃除用具であるホコリ取りブラシで通話が……もしかして。


『キミが触れた物ならなんでも秘匿通話の魔法具となるのか?』

『そうですよ』


 俺と双子の一人が見つめ合って黙り込んでいるものだから周りも不審に思って声をかけてくる。


「エシラ? どうしたの?」

「ああ、この子と短距離秘匿通話を行っていた」

「そのブラシが魔法具なの?」

「いや、彼女が触れればなんでもいいそうだ」


 俺は驚きながらそのことをレイシーに報告していると、左側の双子の子がこう言ってくる。


「えと、短距離じゃなくても平気みたいだよ。街の端から端まででも大丈夫だった。あとね、ワタシたち双子は魔法具がなくても会話できるし、ワタシたちの触れた物を身につけていれば、その会話に入って来られるんだよ」


 すごいな。


「これはかなり便利な能力だ」


 驚いていたのは俺だけではない。レイシーはそれを隠せず、思わずこんなことを言ってくる。


「エシラ。まさか『念話』……その双子は大魔導士級の魔法が使えるということですの?」


 彼女が驚嘆するのも無理はない。


「『念話』かどうかはわからない。でも、なにかしらの能力に目覚めていることはたしかだ」


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