第20話 小悪魔編集ちゃんと観覧車

 というわけで一年分ぐらいのスイーツを食らいつくした俺と咲夜は妊婦のようなお腹で店を出た。二人してお腹を摩りながら当てもなく繁華街を歩く。


「はぁ~お腹いっぱいです~。幸せです~」


 と、咲夜は俺以上に食ったにもかかわらず余裕の表情でご満悦のご様子。


 一方俺はというと……。


「やばい……気持ち悪い……」


 とてもじゃないが歩けそうにない。店を出て早々近くの花壇に腰を下ろすと、胃袋からこみ上げてきそうな何かを必死に抑える。


 完全に貧乏性が出た。もう途中でこれ以上食べたらまずいという警鐘が頭の中でぐあんぐわんなっていたのだけど、少しでも食べなきゃ勿体ないという気持ちで馬鹿食いした。


 苺、オレンジ、桃、マンゴー、さらにはパフェにショートケーキ、ティアラミスにいたるまで、ありとあらゆるスイーツを食べた。


 その結果がこのざまだ。


「先生、大丈夫ですか? 吐かないでくださいね……」


 と、そんな俺の様子にさすがの小悪魔咲夜ちゃんも、心配してくれたようで俺の横に腰を下ろすと背中を摩ってくれる。


「ギリ……ギリ大丈夫……」


 と、なんとか心配させまいと笑みを浮かべるが、その直後、また胃袋から何かがこみ上げてきてその笑顔は悲壮な表情へと変わる。


「なんか全然大丈夫そうには見えませんが……」


「とりあえず、水でも飲んでください」


 そう言って彼女はバッグからペットボトルの水を取り出すと、俺に飲ませてくれた。


「さ、サンキュー……」


 結局、店の前で俺と咲夜は30分近く休憩する羽目になった。



※ ※ ※



 そして、ようやくスイーツたちが消化され始めて少し楽になった俺は、咲夜と二人で当てもなく昼間の繁華街を徘徊していた。


 咲夜はブラブラと街を歩きながらも、時折雑貨屋の前で足を止めて「わぁ~これ可愛いです」などと言ってウィンドウショッピングを楽しんでいる。が、いよいよそれにも飽きてきたところでふと彼女は俺を見上げて首を傾げた。


「そういえば、先生っていつも休日はなにやってるんですか?」


「いや、まあ俺はある意味毎日休日みたいなもんだから……」


「そ、そういえばそうでしたね……」


 仮に休みがあったとしても咲夜の喜ぶような回答はできそうにないけどな。


 そんな俺のつまらない回答に苦笑いを浮かべる咲夜。が、不意に「はぁ……」と肩を落とすようにため息を吐く。


「なんだかいつも休日の前って、休日にあれしようとかこれしようとか考えるんですが、いつも休日になると、何もやらずに部屋でごろごろしているうちに休みが終わっちゃうんですよね……」


「まあ、気持ちはわからんでもない。明日が休日だと思ったらついつい夜更かして起きるのは遅くなるし、布団に入ってスマホを弄っている間に夕方だ」


「先生にも社畜の気持ちがわかるんですね……」


「高校時代の記憶だけどな……」


「な、なるほど……」


 と、いちいち俺の尋ねては俺の返事を聞いて苦笑いを浮かべてくる。


「先生、せっかくの休みですし何かやりたいことはありますか?」


 どうやら咲夜はいざ休日を作ってみたもののやることがあまりなくて困っているようだ。


 だから俺はお困りの彼女に最適な答えを教えてあげることにした。


「そうだな。家に帰ってごろごろしたいかな」


 が、この上なく素晴らしい俺の答えに、咲夜はムッと頬を膨らませる。


「却下です。せっかくの休日なんですから休日らしいことをしましょう」


 何がなんでも休みらしいことがしたいらしい。どうやらアグレッシブさだけが独り歩き状態になっているようだ。


 だが、俺は早く帰って家でゴロゴロしたい。


「さっきスイーツ天国を散々満喫しただろ?」


「でも家に帰るにはまだ時間はありますよ?」


「じゃあ逆に何がしたいんだよ……」


「それが思いつかないから聞いてるんです」


 と、完全に俺にぶん投げてくる咲夜ちゃん。


 って言われても俺が言えの外でやりたいことなんて何もないからな。基本的に引きこもることが体に染みついているから、できれば何もやりたくないのだ。願わくばこのまま二人で家に帰ってごろごろしながら天井でも眺めていたい……。


「優雅に昼寝っていうのも悪くないぞ?」


「まあ確かに疲れは取れそうですが……」


 と、彼女もこれと言った遊びが思いつかず、やや諦めモードに入りつつあるようだ。このまま彼女をその気にさせて、さっさと家に帰ろう。


 ということで駅へと向かって歩いていた俺たちだったが、不意に咲夜は「あ……」と言って足を止めた。


「どうした?」


 と尋ねると、彼女は何やら前方を指さした。


「先生、あれ……」


 彼女の指さす方を見やるとそこにはこの街のランドマークがそびえ立っていた。


「あぁ……」


 この街のランドマーク。それは巨大なビルをぶち抜くように建造された巨大な観覧車だ。どうやら彼女は観覧車に興味を持ったらしい。


「先生一緒に乗りませんか?」


「なんでそんなカップルみたいなことしなきゃなんないんだよ」


 そう、俺と咲夜はあくまで作家と編集なのだ。観覧車というのはファミリーやカップル、もしくはこれからカップルになるかもしれないお互いを意識し合っている男女が乗る乗り物だ。


 少なくともラノベ作家と編集者が二人で乗るような乗り物ではない。


 ということで却下だ。


 だが、咲夜は何やら興味津々で観覧車を眺めながら、羨ましそうに人差し指まで咥えている。


「別に私たち同棲もしているし、二人で一緒にホテルにも泊まったんですから、いまさら観覧車ぐらいでどうこう言わないでください」


「その意図的に誤解されるような言い方しないでください」


「ほら、それに小説のネタになるかもしれませんよ? 観覧車で二人きりの時間を過ごす主人公とヒロイン、いいじゃないですか」


 そう言って俺の手を握ってくる。


 完全におもちゃを親にせがむ幼い子どものそれだ。


「ベタ過ぎるんだよ。今時、ラブコメで観覧車なんてサスペンスで崖っぷちで謎解きするぐらいベタだぞ」


 と、それでも俺が難色を示すと、彼女は何やら寂し気な表情を浮かべると俺を見上げた。


「そ、そんなに私と一緒に観覧車に乗るのは嫌……ですか?」


「上目遣いで俺を見るな」


「私、達樹くんと一緒に観覧車乗りたいなぁ……」


 と、わざとらしく甘えモードに入る咲夜。きっと彼女はこうやってこれまでに幾人もの男をその気にさせて来たに違いない。


「そんなに乗りたいのか? 観覧車なんてただ箱に乗って高い位置にいどうするだけの存在だぞ?」


 少なくとも俺には観覧車のよさなんてちっともわからない。


「そ、そうですが……。ねえ、本当に嫌ですか?」


 と、散々なことを言う俺に彼女は本気で不安な顔で俺を見上げた。


「別に嫌ってわけじゃないけど……」


「一緒に乗りましょうよ先生。ね?」


 まあ、確かにそこまで頑なに拒否するほどのことでもない。


まあ、彼女にはなんだかんだでお世話になっていないわけでもないし、たまにはいいか。


「じゃあ、観覧車に乗ったら帰ろうな?」


 という条件を出すと彼女は屈託のない笑みを浮かべてコクリと頷いた。



※ ※ ※


 というわけで二人して駅前ビルに上った俺と咲夜は観覧車の乗り場へとやって来た。どうやら彼女は結構本気で乗りたかったようで、乗り場に近づくにつれて「わぁ~近くで見ると大きい……」とやや興奮気味である。


 俺はぐるぐると上空へと上っていく観覧車を夢中で眺める咲夜を置いて、近くの券売機へと歩いていく。


 ってか一人1500円もするのかよ……。咲夜に制服着せたらなんとか高校生料金で乗れないかな……とかこすいことを考えつつも渋々チケットを購入して、咲夜のもとへと戻る。


 すると依然として彼女は夢中で観覧車を眺めていた。


 どんだけ楽しみなんだよ。


「おい、乗るぞっ!!」


 と、そんな彼女に声を掛けると彼女はハッとしたように目を見開いた。が、その場に立ち止まってこっちに歩いてこない。


 なんだよ……。


「乗らないのか?」


 とそんな彼女に再度声を掛けると、彼女は「の、乗ります……」とこちらへと駆け寄ってきた。

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