第17話 小悪魔編集ちゃんと三文芝居

 脱衣所へと歩いていったティアラ氏は5分ほどで出てきた。出てきた彼女はパッケージの写真同様にメイド服を身に纏って「で、ですわ……」と恥ずかしそうに頬を赤らめている。


 か、可愛い……。


 不覚にもそのあまりの可愛らしさに俺まで何とも言えない恥ずかしい気持ちになる。金髪碧眼に透き通るように白い肌。そして出るところは出ているグラマラスなボディの彼女のメイド服姿はまるで英国貴族の家に仕える本物のメイドのようだ。


 恥ずかしそうに体を強張らせる彼女に見惚れていると、隣の咲夜が「ティアラさん可愛いです……」といつの間にか手にしていた一眼レフでパシャパシャと彼女を撮影し始める。


「いや、何で撮ってるんだよ」


「参考資料です。こんなに可愛い女の子、ちゃんと形に残しておかないと勿体ないです」


 という建前を口にしつつも、興奮気味にティアラ氏をいろんな角度から撮影する咲夜。どうやら彼女は可愛い女の子に目がないようだ。


 が、変態カメコのようにローアングルからティアラ氏のミニスカを撮影しようとしたところで彼女は恥ずかしそうにスカートを手で押さえた。


「恥ずかしいですわ……」


 そんな彼女の仕草に咲夜はさらに興奮してパシャパシャと写真を撮影する。


 悔しいけど咲夜が興奮する理由がわかる気がして自分が嫌になった。


 しばらくティアラ氏を撮影していた咲夜だったが、ようやく満足したのか一度カメラを下ろす。そして、あたりを見渡してお盆を見つけると、それに俺の飲みかけのコーヒーを乗せて彼女に持たせた。


「ほらティアラさん、仕事熱心なご主人様にコーヒーを届けてあげてください」


「そ、そんなの恥ずかしいですわ……」


「ティアラさん、これは先生の小説のためですよ」


 いや、お前の自己満足のためだろ。


 と、内心ツッコミを入れるがそんな咲夜の言葉にティアラは「わ、わかりましたわ。先生のために頑張りますわ」と頷いてこちらへと歩いてくる。


 そして、俺のとなりにしゃがみ込むとティーカップを机に置いた。


「ご、ご主人さま……コーヒーですわ……」


 そう言ってにっこりと微笑むティアラ氏。


 すごくかわゆい……。


「先生、どうですか? 可愛いですか?」


「…………」


 そんな意地悪な咲夜の質問に黙っていると、彼女は俺の心を勝手に読みとって「すごくかわゆいみたいです」と言うもんだからティアラの赤かった頬がさらに赤らむ。


 いや、でも待てよ……。


「このメイドさん、どうやって小説に紛れ込ませるんだよ……」


 可愛いのはいいが俺は現在学園ラブコメを書いているのだ。こんな英国貴族に仕えるメイドをどうやってヒロインにするんだよ。


「ほら、主人公の家が大金持ちで、専属メイドがいるとか適当にできるじゃないですか」


「適当に言ってくれるじゃねえか。こちとらもう数万文字、主人公を一般家庭ってことで話を進めてるんだよ。今更メイドさんが出てきたら読者は混乱ってレベルじゃねえぞ」


 と、返すと何故かティアラが申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げた。


「ご、ごめんなさいですわ。私の演技力では先生を満足させられませんわ……」


「いや、そういうことじゃないの。そもそもメイドを物語に登場させるのが無理があるんだよ」


「じゃあこういうのはどうですか? クラスメイトのツンデレの女の子が実はメイドカフェで働いていて、主人公にそれがバレたっていうのは」


「ま、まあそういうことならできないこともない……かもな」


 と答えると咲夜は万事オーケーという意味で捉えたようで、ティアラ氏を見やると演技続行を目で訴えた。


「お、おかえりなさいませですわご主人様。こちらがメニューで――ってどうしてあなたがこんなところにいますのっ!? はわわっ……」


 と、ティアラは少し照れながらも熱演をする。


 そんな彼女の演技に呆然としていると、咲夜によって、すっと机の上に一枚の紙が置かれた。


 なんじゃこりゃ……。


 その紙きれにはセリフらしきものが書かれている。どうやらこれを俺に読めと言うことらしい。


 いや、できるかっ!!


 と、咲夜を睨むが彼女は素早い手つきでスマホを取り出すと、例の動画を俺に見せてきた。


 どうやら強制ベントのようだ。


「お、おう、お前、メイド喫茶なんかで働いてたのか?」


 と、しぶしぶ棒読みでセリフを読み上げる。


「はわわっ……。ち、違いますわ。これはその……親戚に頼まれてちょっとお手伝いしているだけですわ……」


「へ、へぇ……東高の王女ことティアラがメイドさんをやってるとはねぇ……」


 なんじゃこりゃ……。


 あと、どうでもいいけどティアラ氏はなかなか演技がお上手なようで、なんだかんだ恥ずかしながらもノリノリで演技をしている。


「さ、五月晴れ、こ、このことは誰にも言わないで、ですわっ!!」


 と彼女にペンネームで呼ばれる俺。


「ど、どうしようかな……。お、お前の態度次第では黙ってやってもいいぜ?」


「はわわっ……。そんなの困りますわ。わ、私、何でもしますわ。ですからこのことは……」


 そう言ってティアラ氏はお盆を胸に抱えて俺に訴えるように見つめる。


 俺は紙に目を落とした。すると、いやらしい目つきでティアラを眺めてから次のセリフにとト書きが書かれている。


 もうやめようよ……。


 泣きそうになりながら咲夜を見やるが、彼女は再びスマホを取り出す。


 やるしかないようだ。俺は心を鬼にしてティアラ氏を舐めるように眺める。


「へへっ……何でもするって言ったな。じゃあとりあえずは俺の専属メイドとしてご奉仕をしてもらおうか」


 あとどうでもいいけど主人公最低だな。こんな最低な主人公で本当に読者の心なんて掴めるのか?


 内心ティアラ氏に申し訳ないと謝りながらも、その汚い言葉を彼女に浴びせると、彼女は泣きそうになりがながら「わ、わかりましたわご主人様……」と頷いた。


「とりあえずにゃんにゃんと鳴いてもらおうか」


「ここでですの?」


「やるかどうかはお前の自由だが、俺は口が軽いからな。うっかり口を滑らしてしまう可能性も」


「わ、わかりましたわっ!! だ、だから黙っててくださいまし……」


 ティアラ氏は頭に両手を当てて猫の耳を作ると「にゃ、にゃあ……ですわ」と恥ずかしそうに鳴いた。


 可愛さの破壊力が異次元だ。


 どうやら咲夜もそんなティアラ氏にすっかり萌えてしまったようで一眼レフを構えると、バシャバシャと連写モードでにゃんにゃんモードのティアラ氏を撮影する。


 が、それも束の間、咲夜はまた俺の前に新たな台詞の書かれた紙を手渡してくる。


 おいおい、これをマジで読むのか……。


「き、聞こえないなぁ。私はご主人様の専属メイドですにゃあって言ってもらわないと口が滑っちまう」


「はわわっ……わかりましたわ」


 そう言ってティアラ氏は俺の顔を覗き込んできた。が、さすがに目が合って恥ずかしかったのか一度「はわわっ……」と俺から顔を背ける。が、すぐに再び俺を見つめるとセリフを口にした。


「わ、私はご主人様の専属メイドですにゃあ……ですわ。ご主人様の命令ならどんなことでも頑張ってご奉仕しますわ。にゃあ」


 あぁ……可愛すぎる……キュン死しそう……。


 そのあまりにも完成されたティアラ氏の名演技に、本気でどうにかなってしまいそうになる。


 が、そんな中「はい、カットです」と咲夜のカットが入った。


「いいですよティアラさん。ばっちりです」


 いや、何がばっちりなんだよ。


 本当にこれが小説の参考になるのか? ただただ俺たちは二人がかりで咲夜を満足させているだけじゃないのか?


 ティアラ氏と一度顔を見合わせてから二人して咲夜を見やると、彼女はまたドンキの袋に手を入れて何か箱を取り出した。


「じゃあこの調子でシーン2も行きましょう」


 そう言って彼女がティアラに手渡した箱には、ウェディングドレスの衣装を身に纏った女性の写真が印刷されていた。


 どうやら夜はまだまだ終わらないようです……。

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