第16話 小悪魔編集ちゃんと着せ替え人形
そういうわけで俺は強制的に『缶詰ツアー』に参加させられることとなった。といってもやることは一緒だ。多少窓から見える光景が都会的になっただけで、いつも通り15分、時間を計って執筆を続けていく。
そして、そんな俺を背もたれにしながら咲夜は編み物を続けている。なんだかさっき「ちょっとドンキに行ってきます」と言って外に出ていたがきっと毛糸を買いに行ったんだと思う。
あ、ちなみに彼女が買い物に行っている間にティアラ氏が「コンコン……ですわ」とドアをなぜか口でノックして「先生、コーヒーですわ」と温かいコーヒーを届けてくれた。
その時のティアラ氏の幸せそうな顔が忘れられない。
本当は俺が作家気分を味わうためのツアーのはずなのに、完全にティアラ氏の編集体験ツアーになってしまっているようだ。
というわけで夜8時頃まで執筆を続けていた俺だったが、ティアラ氏が食事をもって部屋へとやって来たので一旦食事休憩をとることになった。
さすがは作家体験『ツアー』ということもあり、配膳されてきた食事はどれも美味そうで一応は旅行に来たんだなという実感が湧いてくる。
二人して浴衣に着替え、運ばれた懐石料理に舌鼓を打っていたのだが、なんというか……向かいに座っている浴衣姿の美少女編集がやばい。
熱燗を飲む彼女はみるみるうちに酔っぱらいモードに入っていき、完全に油断しきってやがる。
女の子座りをする彼女の浴衣の胸元は大きくはだけており、わずかにピンク色に上気した胸元とともに下着の端っこまで顔を覗かせている。
目に見えた罠だってことはわかっているんだけど、食事を口に運びつつもついついそのけしからん胸元にチラチラと目がいってしまう。
そして俺は罠にかかった。
「編集を酔わせてどうするんですか?」
とニヤリと笑みを浮かべて俺を上目遣いで眺めてきやがる。
「お前が勝手に酔ってるんだろうがよ……」
と平静を装って味噌汁に口を付けるが、そんなことで彼女が引き下がるわけもなく、
「その割には酔っぱらった編集を目の保養にしているみたいですけど?」
と、わざとらしくはだけた胸元を僅かに直した。
「…………」
やっぱりチラチラ見ているのはバレていたようだ。
「何も言い返さないんですね?」
「べ、別に目の保養になんて」
「先生は本当に嘘が下手ですねぇ。それが先生の良いところだと私は思いますよ」
と、おちょこに口をつける彼女。
「そこはかとなく馬鹿にしてるよな」
「してませんよ。私は先生の素直なところ嫌いじゃありませんよ」
そう言うと彼女はとっくりを片手に俺のすぐとなりに腰を下ろした。
角度的に彼女のはだけた胸元が丸見えだ。俺はそのあまりに刺激の強い光景に思わず頬を熱くなるのを感じていると「先生、ホント素直ですね」とまたからかわれる。
「はい、先生もっと飲んでください」
「あんまり飲み過ぎると執筆に差し支える。飲むなら一人で飲め」
「そんなこと言わずに。ほら先生、これ持ってください」
そう言うと彼女は俺に寄りかかって俺におちょこを持たせた。
「昭和の接待かよ……」
と平成生まれのくせに何やら謎のノスタルジーすら感じながら編集に熱燗を注がれていると、彼女はとっくりを机に置いて俺の顔を見上げた。
ホント近い……。
「私が酔いつぶれたところがチャンスですよ」
「なんのチャンスだよ……。お前ら三毛猫出版の手口は知ってるんだぞ」
さすがにこの雰囲気にのまれてしまったら、後でとんでもないことになりそうだ。必死に平常心を装っていると「ちっ……」と彼女は舌打ちをしてきた。
やっぱり罠だったようだ。
※ ※ ※
食後、俺は再び執筆に戻る。正直、日本酒が回ったせいであまりクリエイティブなことができる自信はないが、それでも原稿を進めなくては終わらない。
というわけでスマホのタイマーをセットして少しでも原稿を進めていく。
そして、咲夜編集者は俺に寄りかかったまま「先生、頑張ってくださいね」と虚ろな目で俺の原稿を眺めていた。彼女の浴衣からは太ももが大胆に露出しており、あともう少しで下着が見えてしまいそうになっている。
男の性でそんな太ももがわずかに動くたびに視線がそっちに行ってしまうが、その度に彼女は「クスクス」と笑った。酔っぱらっていてもこの手の目線には目ざといようだ。
それでも俺は、何とか一時間ほど執筆を続けて、さらに2000文字ほど書き上げることができた。そしてちょうどインターバルに入ったところでドアの外から「コンコン……ですわ……」とやっぱり何故か口でノックをしるティアラ氏の声が聞こえてきた。
こいつ本気でノックが何なのか知らねえのか?
ってか、よくそれでJBBに採用されたな……。
なんて考えていると咲夜が「開けてもいいですよっ!!」と返事をしてドアが開いた。
ティアラ氏は照れているのか、わずかに頬を紅潮させて俺のそばまでやってくると「せ、先生……原稿の進みはどうですか? ですわ」と無理やり語尾にですわをくっつけてそう尋ねてきた。
そんな彼女に俺の代わりに咲夜が返事をする。
「先生は今、新作の執筆にとりかかっておられます。ですが、現在締め切りに追われおりまして、このままでは新刊の発売に間に合わないかもしれません」
するとティアラ氏は少し動揺したように俺を見やった。
「はわわっ……それは大変ですわ。先生、頑張ってくださいませ。私も形だけとはいえ先生の担当編集として、先生を陰ながら応援してますわ」
そんなティアラ氏に咲夜は「そうなんです。大変なんです」と何やらわざとらしく困った表情を浮かべると、立ち上がってティアラ氏のもとへと歩み寄る。
「ティアラさん、先生のお仕事のお手伝いをしてみたいとは思いませんか?」
「そ、それはもちろんですわっ!! ですが、私はあくまで編集の役を演じているだけですわ。先生のお仕事のお手伝いなんてできませんわ……」
「ところがどっこい。それがあるんです」
昭和かよ。
「ほ、本当ですのっ!? わ、私、先生のお役に立てるならどのようなことでもいたしますわっ!! 私にできることでしたらなんなりとお申し付けください。ですわ」
と、休憩をする俺をおいて何やら話を進める咲夜。
いや、手伝うって何を手伝うんだよ。なんか嫌な予感しかしないけど。
「おいおい、何を企んでる」
そう尋ねると咲夜はニコニコと微笑みながら俺を見やる。
「先生、キャラクターを一人増やしましょう」
「はあっ!?」
おやおや咲夜さん、またまた御冗談を……。
「今のところ主人公とヒロインの二人しかメインのキャラクターは登場していません。さすがにヒロインが一人というのは少なすぎると思いませんか?」
確かに少ないとは俺も思っていた。だけど、ヒロインの人数を決めるのは俺ではないのだ。
なにせ、
「少ないも何も挿絵にこの二人しか描かれてないんだからしょうがないだろ」
ヒロインを出すとしたら、キャラクターのデザインと挿絵が必要だ。さすがにライトノベルでイラストのないヒロインを出すのは色々とマズい。
だが、そんな真っ当な俺の指摘にも関わらず、咲夜は表情一つ変えずに続ける。
「それはカラメル先生を脅して……いやお願いして描いていただきます」
脅してって言ったよな今……。
冗談のようだが、きっと咲夜が言うのだから本当に脅して描かせるのだろう。これで一応は挿絵については解決だ。
だけど、急にヒロインを増やせって言われてもそう簡単に増やせるわけではない。
と、そこで咲夜はティアラの両手を掴むと熱い視線を彼女に送った。
「ティアラさん、先生の作品のモデルになってみたいと思いませんか?」
「はわわっ……ほ、本当ですのっ!?」
そんな突然の提案にティアラ氏は頬を真っ赤にして目を丸くする。どうやら彼女はノリノリのようだ。
咲夜はそんな彼女の背後に回ると、ぎゅっと彼女を抱きしめて俺を見やった。
「ほら、先生見てください。こんなに可愛い女の子が目の前にいるんですよ。それにこんなに可愛いのに適度にバカさがにじみ出ています。出さない手はないですよね」
「…………」
確かにバカっぽさがにじみ出ている。
それにビジュアルも金髪碧眼のハーフ美少女だ。なんならメインヒロインに据えてもいいような美しさだ。
だけど、手伝うって具体的に何を手伝うんだ? 確かに彼女はめちゃくちゃ可愛いけど、彼女を見ていたらヒロインが書けるほど単純なものではない。
俺が首を傾げていると、咲夜はさっきのドンキの袋を手に取ると、中をまさぐって何か箱のようなものを取り出した。
そして、その箱にはメイド服を着た美少女の写真が印刷されていた。
彼女が持っていたのはコスプレ用の衣装だった。咲夜はその箱をティアラ氏の胸に押し付ける。
「ティアラさん、とりあえず脱衣所に行ってこれに着替えてきて頂けませんか?」
「はわわっ……これにですの?」
突然、メイド服に着替えろと言われたティアラ氏は赤かった頬をさらに真っ赤にして目をぐるぐると回している。
「先生の小説のためですよ。ティアラさんならきっと似合います」
だが咲夜も引かない。先生の小説のためということを強調してティアラ氏をじっと見つめると、彼女はしばらく困ったような顔をしていたが、決心したようにコクリと頷いた。
「わ、わかりましたわ。私、先生の小説のために頑張りますわっ!!」
というわけでティアラ氏のコスプレショーが幕を開けた。
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