第15話 小悪魔編集ちゃんと新人編集のティアラちゃん
とにもかくにも俺は書く。書いて書いて書きまくる。そして、気がつくと太陽は傾き始め西の地平線に沈もうとしていた。
そろそろ5時かな?
なんて考えながらキーボードを叩いていると、隣でスマホの画面を眺めていた咲夜が口を開く。
「はい、先生ストップです。何文字掛けましたか?」
どうやら15分経ったようだ。タイピングを止めた俺はガチガチに固まった肩を揉みほぐしながら文字数を確認する。
「なんとか15000文字書けました」
「おーいいじゃないですか。この調子で頑張れば終わりそうですね」
「まあ今のペースが維持できればな」
なんだか素直に認めるのは悔しいけど、咲夜のおかげで執筆ペースは格段に上がっていた。今までの俺だったら多分こんなペースではとてもじゃないが書けてなかっただろう。
このペースだと本当に締め切りまでに間に合いそうだ。
などと執筆速度の進歩に満足しながら肩を揉んでいると、咲夜が俺の顔を覗き込んでくる。
「…………」
「…………」
いやなんか話せよ。
「な、なんすか……」
と、声を掛けると彼女は何やらニコニコと笑みを浮かべた。
「もしかしてさっき言ったご褒美がなんなのか気になってそわそわしてる感じですか?」
「いえ、違いますが」
いつ俺がそわそわしたんだよ。
「そうですか? 先生の顔中に『ご褒美早く欲しいよ~咲夜ちゃん、早くご褒美~』って書いてますが」
「あー気持ち悪いね。耳なし芳一みたいだね」
一瞬、自分の顔中に墨で咲夜ちゃんって書いてる絵面を想像して寒気のした俺が身震いしていると、彼女はなにやら身支度を始めた。箪笥からなぜか俺の下着や日用品を取り出して鞄に詰め込むと、自らのキャリーケースに荷物を突っ込み俺を見やった。
「じゃあ先生、出かけましょう」
「出かける? これからか?」
「はい、今からです」
なんとなくだけど嫌な予感はしてるよ。
だけど多分、俺に拒否権とかはない。というわけで俺は覚悟を決めて咲夜ちゃんの言うご褒美とやらを享受するために立ち上がった。
※ ※ ※
それから数十分後、俺たちは電車と地下鉄を乗り継いで、都心の大きな街へとやってきた。
あービルが高い……人が多い……眩暈がする。
約一年ぶりに都心へとやって来た俺は、そびえ立つビル群と行き来する無数の人並みに目眩を覚えた。とりあえずはぐれないようにキャリーケースを引く咲夜を追いかけて歩いていると、彼女はとあるビルの前で足を止めた。
「先生、着きました」
「着きましたって、ここ……ホテルだよな?」
ビルを見上げるとでかでかと『玉河ホテル』の文字。おそらくビジネスホテルなんだろうけど、なんだか寂れたホテルだな……。
「先生が最高の環境で執筆できるように用意しました」
ほう……なるほど、少しだけ話が見えてきたぞ。
「缶詰ってやつか?」
「ですです。なんだか文豪の先生みたいでわくわくしますね?」
やっぱり、どうやら彼女の言う通り締め切り間近の俺を集中させるために、三毛猫出版が缶詰用のホテルを用意してくれたようだ。
まあ正直なところ自宅でも十分集中できるんだけどね。
ってか、
「いや、わくわくはいいんだけど……これって三毛猫出版の経費で賄われてるんだよな? ただでさえ火の車なのに大丈夫ですか?」
なんだか嬉しそうに右肩下がりの売り上げグラフを見せてくる編集長を思い出して彼女に尋ねる。
あと半年も持たなそうな三毛猫出版のどこに、作家を缶詰にさせるような経費があるのか不思議だ。
「大丈夫ではないですが、どっちみち先生が新作を書いてくださらないとうちは倒産なので。えへへっ」
え? 全然笑い事じゃないよ?
「まあいいじゃないですか、さあさあ先生、入りましょう」
毒を食らわば皿まで食らえということらしい。まあ社長が許可したのならありがたく受け取っておこう。ということで彼女に連れられてホテルへと入った。
すると、受付の前にこちらを見やる金髪碧眼のスーツ姿の美少女が立っていた。彼女は俺たちの姿を見つけるとこちらへと歩いてきてぺこりと頭を下げる。
「おはようございますですわ。先生」
「え? 誰、この子……」
その見覚えのない女の子に首を傾げていると、咲夜が俺の耳元に唇を近づける。
「今日から2日間先生の担当編集になってくれる方です」
担当編集? じゃあ咲夜はただ俺の家に居候する俺をイジメる女の子になっちゃうけど大丈夫なのか?
「どうもですわ。私、先生の担当をさせていただくことになったJBB出版の村上ティアラですわ。よろしくですわ」
JBB?
俺の記憶が正しければJBBとは国内でも最大手の旅行代理店だ。だけどJBB出版などという出版社は少なくとも俺は聞いたことがない。
「いつからJBBはラノベ出版に手を出すようになったんだ?」
「まあ、細かい事情はいいじゃないですか」
ってか俺の新しい担当編集なのにどうして三毛猫出版じゃないんだよ。
それともあれか? コミカライズか何かが決まってるのか?
ぽかんと口をあけながら状況を整理していると、金髪碧眼のハーフらしき美少女はにっこりと俺に微笑みかけてきた。
「では先生方に今回の『缶詰ツアー』の予定を説明いたしますわ」
「おい待て。なんだよ『缶詰ツアー』って……」
なんだろう。今の一言でとんでもなく嫌な予感がしてきた。
咲夜を見やると案の定、悪戯な笑みを浮かべてやがる。
「先生には今日からこのツアーに参加していただいて、より集中した環境で執筆を行っていただきます。最近流行ってるんですよ?」
そう言われて俺はふと最近ネットニュースでそんなツアーが組まれているみたいなのを読んだことを思い出す。
作家体験ツアーだったっけ? 添乗員さんが編集に扮して参加者に原稿の催促をして、締め切り直前の缶詰め状態を体験して文豪気分を味わうみたいな。
と、そこでティアラ氏が俺と咲夜にA4のパンフレットのようなものを手渡して説明を始めた。
「先生方にはこれから部屋に籠って締め切りまでの時間、執筆にいそしんでいただきますわ。読者の皆様のためにも今日から2日間頑張ってくださいね、ですわ」
ということで俺たちはティアラ氏に案内されてビジネスホテル特有の狭いエレベーターへと乗り込んだ。
そして、5階へと上がった俺たちはティアラに先導されて奥の角部屋の前までやって来る。
彼女によってドアが開かれるとそこには和室が広がっており、奥には執筆用なのだろうか、小さな机が置かれていた。
「なんかそれっぽいな……」
ラノベ作家の俺にはあまり馴染みのある光景ではないが、まあ咲夜なりに気分転換を考えてくれたのだろう。
「どうですか? 少しは執筆意欲がわいてきたんじゃないですか?」
「まあ悪くはないかもしれない」
「このパンフレットでは夕食は8時ごろに部屋に届けてくれるそうです。あと一時間ぐらいはありそうですね。文豪五月晴れ先生の新作を待つ全国の読者さんのためにも、もうひと踏ん張りですね」
そう言って咲夜に俺の背中を押されて机の方へと誘導されていく俺。
が、そんな俺たちの背後で「五月晴れ先生?」と呟くティアラ氏の声が聞こえた。
「え?」
と、ティアラ氏の方へと振り向くと何やらティアラ氏は目をキラキラさせながら俺を見つめていた。
「先生は五月晴れ先生ですの?」
「そ、そうですけど……」
「はわわっ……」
と、ティアラ氏は何やら動揺したように頬を赤らめる。そんな彼女を眺めていると彼女は俺のもとへと歩み寄ってきて、目をキラキラさせたまま俺を見上げた。
「わ、私、五月晴れ先生のファンですわ。五月晴れ先生の作品は全て読んでおりますわ」
嘘だろ……。そんなティアラ氏の言葉に俺は唖然とする。
もちろんファンレターも貰ったことはあるし、実際にある程度売れたわけだから俺のファンを自称する人がいたって不思議ではないのかもしれない。だけど、実際に面と向かって自分のファンだと言う人間を見るのはこれが初めてだった。
そんな偶然の出会いに俺が珍しく感動を覚えていると、隣の咲夜が俺とティアラ氏の顔を交互に見やって突然意地悪な笑みを浮かべた。
「ティアラさんは先生の作品が大好きなのですね。ありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそツアーとはいえ、五月晴れ先生のサポートができて感無量ですわっ!!」
「ところでティアラさんは今日は何時まで勤務されているのですか?」
「え? え~と先生のお食事が終わって、最後にコーヒーの差し入れをする22時までですわ……」
と、首を傾げるティアラ氏。
あ、なんかわからないけど凄く嫌な予感がする。
ティアラ氏の話を聞いた咲夜氏は「へぇ……ということはそれ以降はフリーということですね?」と何やら納得したようにうんうんと頷く。
「そ、そうですわ。ですが、それがどうかいたしましたの?」
「ティアラさん、仕事が終わったら是非お部屋にいらしてください。ディアラさんにとても面白いものをお見せします」
何やら咲夜氏はよからぬことを思い着いたようだ。
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