第14話 小悪魔編集ちゃんは辛辣

 結局、咲夜さまに一通りイジメられてから俺は原稿に戻った。そして咲夜さまは動物いじめにご満足なさったようで、相変わらず俺を背もたれにして満足げに鼻歌を歌いながらセーターを編んでいる。


 が、ふいに俺の原稿が気になったようで、セーターを編む手を止めると肩越しに俺の原稿を眺めた。


 距離、近い……。


 そして、


「結局、私の案を採用するんですね……」


 と、なにやら嬉しそうに横目で俺を見つめてくる。


「不本意だけどな……」


「他にいいアイデアが思いつかなかったんですね……」


「不本意だけどなっ!!」


 結局、俺にはあのぶっ飛んだ挿絵を文章化する冴えたアイデアは思いつくことができなかった。咲夜にイジメられてから挿絵の中のヒロインがどうしても咲夜にしか見えなくなってきて、何をどう解釈してもあの絵にさっきのあの茶番劇以外のシーンを当てはめることができなかった。


 あぁあぁ……ホントめちゃくちゃだよ。小悪魔ながらも純粋なヒロインだったはずなのに……、ちょっとずつ二人の距離を縮めていこうとか考えてたのに……。


 このたった一枚の挿絵のせいで二人の性癖が完全にねじ曲がっちまった……。


 そんな突然変態化した主人公とヒロインのやりとりを眺めながら、咲夜編集者はここぞとばかりに俺の頬をつついてくる。


「そんなこと言って、さっきのアレ結構楽しんでたんじゃないですか? 先生がどうしてもというのであれば、またやってあげますが」


「いや、結構です……」


 と、答えてはみるが咲夜は「無理しなくてもいいんですよ~」と、つつく手を止めてくださらない。


 が、不意に何かを思い出したように「あ、そうだっ!?」と目を見開いた。


「なんだよ……。また変なことを思いついたのか?」


「違います。でも、すっかり忘れていましたっ!!」


「忘れてた?」


 俺が首を傾げていると、そんな俺をおいて彼女はキャリーケースの方へと歩いていくと中をまさぐり始める。が「あった」と一言ケースから何かを取り出すとこちらへと戻ってくる。


「これです……ここに来るときに先生にお渡しするつもりだったのですが、すっかり忘れていました」


 そう言って彼女はその何かを俺に差し出す。それは無数のはがきや封筒だった。


 それを眺めてしばらく首を傾げていた俺だったが、不意にピンと来て目を見開く。


「もしかして、これってっ!!」


「先生、新作の情報を出してからこんなにもファンレターが編集に届いたんです。これを励みに頑張ってくださいね」


 やっぱり、これはファンレターで間違いないようだ。何せ俺は2年間も新作を出していないラノベ作家としては半分死んでいたような存在だ。そんな半生半死状態の俺なんかにファンレターが届くという発想がなかった。


 それだけにすぐにそれがファンレターだと気づくことができなかった。


 彼女から無数のファンレターを手渡され、俺は呆然とそれらを眺める。その中には見覚えのある筆跡の手紙もいくつか見つけた。


 だけど……。


「…………」


「先生? 何かありましたか?」


 呆然とファンレターを眺める俺に彼女が何やら心配げに声を掛けてくる。


 そこで俺は我に返った。


「え? あ、いや、なんでもない……」


 と言いつつも俺はファンレターから目が離せない。俺は自分でも気がつかないうちにそれらの中から、自分の求める筆跡を見つけようとしていた。


 あの人からの手紙はあるだろうか?


 だけど、全てのファンレターの筆跡を確認しても俺の望む筆跡は見つけ出すことはできない。


 そんな俺に彼女は首を傾げる。


「なんだかあんまり嬉しそうじゃないですね……」


「いや、そんなことは……」


 別に嬉しくないわけじゃない。


 いや、嬉しいに決まっている。ファンレターを貰って嬉しくない小説家なんていないさ。それにさっきも言ったけど、俺はもう2年間も新作を出していなかったのだ。そんな俺のためにわざわざ手紙を送ってくれる読者さんの存在を嬉しく思わないはずがない。


 これらのファンレターは必ず俺のモチベーションになってくれるはずだ。


 なのに、俺は無理やりにでも、ぎこちなくでも笑みを浮かべることができなかった。


 初めは首を傾げるだけだった彼女だったが、それでも俺が笑みを浮かべないのを心配したのか、彼女は俺の顔を覗き込むように眺めた。


「もしかして誰かからの手紙を探していたんですか?」


 と鋭い質問をする彼女に俺は思わず、目を見開いてそれが図星であることを彼女に伝えてしまう。


「やっぱり……」


 どうやら彼女には隠し事はできそうにない。


「編集長から先生の担当になるときに引き継ぎました。先生がデビューしたときから、先生に熱心にファンレターを送っていた読者さんがいたと伺っています」


「なんだよ……。知ってたのか……」


「その人からの手紙は、この中になかったんですね?」


「まあな……」


 と、答えるが、そんな俺を彼女はじっと間近で見つめたまま目線を逸らしてくれない。


「なんだよ……」


「先生、もしかしてですがこの2年間スランプに陥っていたこととその読者さんの手紙、何か関係ありますか?」


「別にそんなことは……」


 と、うそぶいてみるが、そんなもので咲夜の目は誤魔化せないよな。


 彼女は俺から目を逸らさずにじっと俺を見つめたままだ。


「そんなに見つめても何も出ないぞ」


「…………」


「咲夜さん、聞こえてんのか?」


「聞こえています」


 と、そこで彼女は「はぁ……」とため息を吐いて俺の顔を覗き込むのを止めた。


 彼女は再びかぎ針を手にとると毛糸を編み始める。


「先生って結構を粘着質なんですね……」


「ほぉ……酷い言い草ですね」


 とんだメンヘラ男扱いだ。彼女はそんな俺に目線もくれずに話を続ける。


「粘着する男は嫌われますよ。私もそういう男はあまり好きではありません。今の先生は過去の女が自分のもとに戻ってくるのを期待しているような、そんな未練たらたらの男みたいです」


 と辛らつな言葉を俺にくれる咲夜氏。


「いや、俺が待っているのは元カノとかじゃないぞ。あくまでずっと俺の作品を読んでくれた読者さんからのファンレターを待ってるだけだ」


「そういうのが未練たらしいって言ってるんです」


 今日の咲夜ちゃんはなかなか手厳しいようだ。俺が「別にそこまで言わなくてもいいじゃんかよ……」と泣き言を口にすると、彼女は目線だけを俺に向けた。


「先生泣き言を言っていても原稿は進みませんよ」


「その通り過ぎてぐうの音もでないわ……」


「先生にどんな事情があるかは知りませんが、もしもその読者さんからの手紙が創作活動を邪魔しているのであれば、今すぐにその人のことを忘れるのが賢明です」


「忘れるってえらく冷たい言い草だな」


「忘れてください。先生は後ろを向いていては前が見えませんよ?」


「…………」


 彼女の言葉はどこまでも正論だ。確かに俺は未練がましいところがあるかもしれない。


 現に俺は2年間、あの人からのファンレターがないことに焦りを覚えている。いや、それどころか彼女の期待を裏切った俺にこの先ライトノベルを書く資格があるのかすらわからない。


 咲夜の言葉はどこまでも正論だけど、そんな言葉は俺の気持ちにチクチクと刺す針のように感じて少し痛い。


「書きましょう。先生に止まっている時間はありませんよ?」


 そんな俺に彼女はようやく笑みを浮かべた。


「まあ一度仕事を引き受けちまったしな。なんとか締め切りまでに書ききってみせるよ」


「その意気です。さっきの私からのご褒美をもとに、先生の性癖むき出しのとびっきりのラブコメを書いてください」


「最後の一言は余計だけどとりあえず頑張るよ」


「頑張ったら夜にはまたご褒美をあげますね」


「な、なんすかご褒美って……」


 嫌な予感しかしない。不安げに彼女を眺めるがそんな俺に彼女は「秘密です」とクスクス笑うだけだった。


 なんか嫌な予感がしないでもないが書くしかないようだ……。

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