第13話 小悪魔編集ちゃん悪魔になる

 というわけで俺と咲夜氏は無事新年を迎えることができた。


 新年あけましておめでとうございます。


 賽銭箱に咲夜は100円、俺は1円を投げて各々願い事をして家に戻ると、二人して気絶したように眠りに落ちた。


 そして翌朝、俺たちは特に新年らしいことをするわけでもなく起床すると、いつものように散歩をして猫に威嚇され朝食を取って、執筆を開始する。


 俺には悠長に正月気分に浸っている時間などないのだ。


咲夜はロボトミーをしながら執筆を続ける俺を背もたれにして、編み物をしているようだ。どうやら今度はセーターを編むつもりらしく、さっきは俺の上半身の採寸をしていた。


 それはそうと……。


 俺は、パソコンの横に置かれたカラメル変態絵師の挿絵を眺める。俺はこの挿絵にあった内容の小説を執筆していかなければならない……のだが、


「おい、編集……」


 と、そこで俺は肘で咲夜の腕をつつく。


「なんですか? あぁ……ここズレてます……やり直しです……」


 返事をした彼女はどうやらセーター編みに失敗したようで、返事をしつつ悲しげな表情で網掛けのセーターを眺めていた。


 だが、俺はそれどころではないのだ。


「この絵はなんだよ……この絵は……」


 カラメル先生の描いた無数の挿絵の中から一枚を手に取ると、それを咲夜へと差し出す。


 実はこの挿絵の件で少々問題が発生しているのだ。なんども言うが、俺は先生の挿絵を元に小説を執筆している。そして、さすがは人気絵師というだけあってカラメル変態絵師の挿絵はどれも素晴らしく、俺には勿体ないぐらいの出来栄えだ。


 だが、そんな無数の挿絵の中に一枚だけ、俺にはどうしても理解できない挿絵が混ざっているのだ。どうしてカラメル先生はこんな絵を描いたのか? その真意を尋ねるために俺は咲夜に声を掛けた。


 が、


「さあ、わかんないです……。どういう挿絵を描くかはカラメル先生に全てお任せしましたので」


 そんな俺の問いかけに咲夜は首を傾げる。どうやら彼女にもわからないようだ。


 俺がどうしても納得のいかないイラスト。その絵は咲夜そっくりの制服姿のヒロインが首に革製のチョーカーを巻いて椅子に座っている絵だった。


 いや、それは別にどうでもいい。問題はそんな彼女の足元で跪く主人公だ。


 何故か主人公は足を組んで黒ストッキングを見せつけるヒロインの前で屈辱に耐えるように跪いているのだ。


 いや、なんでこんなイラストぶっこんで来たんだよ……。


 他の挿絵は放課後に二人で買い食いをしているシーンや、すでに書いた主人公の部屋でゲームをしたり漫画を読んでいるイラストなど、ある程度シーンの想像がしやすいイラストが多いのだけど、このイラストだけが圧倒的に異質だ。


「この絵……使いたくないんですけど……」


 正直この絵のようなシーンに行きつく道筋が全く思いつかない。


 が、そんな俺の訴えに彼女は首を横に振る。


「ダメです。挿絵の枚数は決まっていますし今更変更なんてできないです……」


「いや、どうやってこんなシーンひねり出せばいいんだよ……」


「それを何とかするのが先生のお仕事です」


 いや、無茶ぶりだろ。と、泣きそうになりながら咲夜を見つめる俺だが、彼女はそんな俺を見つめて首を傾げる。


「そんなに難しくないと思いますが……」


 ほぉ~。


「じゃあどうやったらこんな展開になるのか、わたくしめにご教授いただきたいですね」


 と、そんな彼女を挑発するようにそう尋ねると、彼女はしばらくじっと俺を見つめて、


「へぇ……言いましたね。じゃあ私が今から教えてあげます。ちょっと待っててくださいね」


 と、例の悪戯な笑みを浮かべた。



※ ※ ※



 それから約10分後、何故か彼女は制服姿に着替えていた。そして、今日の彼女の足は黒いストッキングに覆われている。彼女は俺のすぐそばまで歩み寄ってくると相変わらず挑発的な笑みで俺を見上げた。


「先生、こういうのは嫌いですか?」


 と、相変わらずの彼女だが、よく見るとその首には革製の黒いチョーカーが巻かれている。


「ってか、なんでチョーカーなんて持ってるのかよ……」


「そんな物って別に普通ですよ。今時、チョーカーなんて女の子なら誰でも持ってます。それとも先生にとっては初めての経験ですか?」


「それは暗に俺に女性経験が皆無だって言いたいのか?」


「別にそうは言っていませんよ? でも先生がそう思われるのであれば、そういうことなんじゃないですか?」


 ぶん殴ってやろうか……ぐうの音もでないけど。


 下唇を噛みしめる俺を、彼女はしばらく満足げに眺めていたが、不意に俺から離れると今度はこたつに腰を下ろした。


「ずいぶんとお行儀が悪いな……」


 こたつに腰掛けた彼女は黒ストッキングの足を組むと、小生意気にポケットからスマホを取り出してそれを弄り始める。


 とんだ不良女子校生だ。が、不意に顔を上げると小生意気な笑みで俺を見上げた。


「ところで先生、私には記憶がないのですが、この動画がなんだかわかりますか?」


「はあ?」


 と、首を傾げていると、彼女はスマホを俺へと向けた。すると、そこには俺の部屋を写した動画が再生されていた。


 その動画を見た瞬間、俺の心臓が止まりかける。


「お、おい咲夜さん、それはなんだい?」


「先生ダメですよ。スマホが一人に一台だなんて常識はこの現代においては当たり前ではないんです」


 おそらくこれは一昨日の夜の映像だ。映像の中で俺は酔っぱらって眠る咲夜の足を眺めながら彼女の足に触れている。もちろん、これは酔いつぶれた演技をしていた彼女を寝袋に入れてやっているところだ。


「この私、酔っぱらってるみたいですね……」


「そ、そうっすね……」


「なんだか先生、私の足を眺めているみたいですが、何をされていたんですか?」


「いや、お前にだって記憶があるだろ。泥酔したお前を寝袋に入れてやってるんだよ」


「ごめんなさい。記憶が曖昧で……」


「嘘つけっ!! てめえがブレザーを脱がせろだのなんだの言って……」


 どうやら彼女はスマホを二台持っていたようで、なにやら少し離れたアングルから俺と咲夜が高画質でばっちり映ってやがる。


 咲夜を睨むが、彼女は涼しい顔をしてスマホを俺にちらつかせている。そんなスマホを奪い取ろうとするが、彼女にひょいとかわされた。


「先生が私を寝袋に入れてくださったんですね。それはありがとうございました」


 うわぁ……すっげえ腹立つわ……。


「ですが、この動画数秒間しか撮れてないんですよ。ちょうど、先生が泥酔して眠っている私の足を眺めているところしか……こんなの誤解されちゃいますよね?」


 どうせ自分に都合のいいところだけを編集したに違いない。この映像だけ見たらまるで俺が泥酔して眠る彼女の身体を物色しているようにしか見えねえじゃねえかよ。


「もしもこの動画を編集長が見れば何か勘違いしてしまいそうで怖いなと思いまして……」


 そう言って彼女は♪ふっふふ~んと鼻歌を歌いながらスマホを弄ると、再び俺にスマホを掲げた。


「先生、この右上の送信って書かれたボタンを押すと、この動画が編集長のスマホに送られてしまいます」


 こんなものが送られてきてあの極悪編集長が黙っているはずがない。もちろん咲夜だってそんなことは知っているはずだ。


「私は悲しいです。先生の善意が編集長に間違った形で届いてしまうなんて……」


「いや、それは送らなければいいのでは……」


「送らなければいい? そうじゃないですよね? 送らないでください……ですよね?」


 悪魔だ……こいつはもはや小悪魔でもなんでもない。ただただ俺を地獄へと陥れようとする悪魔だ。


「先生、私の足元に跪いてください」


「おいお前……」


「あ、これは強制ではないですよ。ですが、その場合は先生の動画が――」


「あーあーわかったよ。こうすりゃいいんだろ? これで満足か?」


 俺は慌てて彼女の足元に跪く。すると彼女は俺の鼻先につま先を伸ばしてツンツンと俺の鼻をつま先で突いた。


 鼻先に彼女のストッキングのざらざらした感触。


「屈辱的ですか?」


「おう、死にたいぐらいにはな」


「本当ですか? 本当は少し興奮してるんじゃないですか?」


 そう答えると彼女はクスクスと笑う。


 彼女が脚をわずかに動かすと、彼女のスカートの間から彼女の下着がわずかに見えそう……になるが彼女は俺の視覚まで理解しているのかギリギリのところで見えない。


「ほら、嬉しいなら嬉しいって素直に答えてもいいんですよ? 女の子にこんな風にイジメられて嬉しいですって。私しか聞いていませんよ」


「お前に一番聞かれたくないんだよ……」


「へえ~先生って往生際が悪いんですね。だけど、そんなに強気な態度をとっている場合ですか?」


 そう言って彼女はスマホに表示された送信ボタンに手をかけようとする。


「お、おいっ!! やめろっ!!」


「じゃあワンって鳴いてください」


「は?」


「鳴けますよね? だって、この動画が編集長なんかに送られてしまったら、先生はカラメル先生みたいに一生編集長の奴隷ですよ?」


「お前な……」


「お前? 咲夜さん……ですよね?」


 そう言って俺の頬をつま先でつついてくる。


「…………」


「ほら? 早くしないとこの犯罪動画が編集長に送られてしまいますよ? 10……9……8……7……」


 と、俺を見くだしながらカウントダウンを始める咲夜。


 これはまずいっ!?


「さ、咲夜さま……」


 と呼ぶと彼女のカウントダウンが止まった。そして笑みを浮かべたまま彼女はスマホ片手に小首を傾げた。


「私がどうかしたんですか?」


 あーもうダメだ。俺と咲夜の間には圧倒的な主従関係。そして、俺にはその主従関係をひっくり返すすべはない。


 親父……お袋……ごめん。


「わん……」


 人生最大の屈辱をもって俺は吠えた。すると、彼女はコタツから降りると俺の前にしゃがみ込んで俺の頭を撫でた。


「お利口さんですね。よくできました」


「…………」


 あー死にてえ……。と、今にも泣き出しそうになりながら彼女を見上げると、そこで彼女はようやく真顔に戻って首を傾げた。


「ほら、先生、こうすればその挿絵みたいな状況は簡単に作れますよ?」


 いや、できるかっ!!


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