第12話 小悪魔編集ちゃんは大晦日ガチ勢

 というわけで大晦日を迎えた俺だったが、大晦日だからといって特別なことがあるわけじゃない。家で半引きこもり生活を送っている俺にとって年の節目など、あってないようなものなのだ。


 だが、担当編集にとってはそうではないらしく、彼女は凄まじいスピードで家の中の掃除を終えると、俺の背中を背もたれにして、さっきからずっと毛糸とかぎ針を手にマフラーを編んでいる。


「おい、俺の背中は背もたれじゃねえぞ……」


 とタイピングしながら彼女に声を掛けてみるが無視される。が、しばらくしたところで背後から「できましたっ!!」という声が聞こえる。



「いや、今日のノルマはまだ……」


「マフラーですよ……マフラー。先生、見てくださいっ!!」


 と、彼女は立ち上がるとマフラーを俺に見せびらかしてくる。彼女の手にはピンク色の長いマフラーが握られていた。


「は? それ、この半日で作ったのか?」


「はい、先生が夢中で原稿を書いている間に私も負けじと頑張りましたっ!!」


 どうやら彼女は俺が思っている以上にハイスペック編集のようだ。彼女のマフラーはざっと1メートル半近くあり、ロングマフラーの域に到達している。


 と、そこで目を丸くする俺の顔を彼女が覗き込む。


「先生、ちょっとお首をちょうだいしてもいいですか?」


 武将か?


 俺がそのあまりにも物騒な言葉に戦々恐々としていると、彼女は俺の首にマフラーを巻いた。


「長さもぴったりですね。今夜の初詣までには間に合わせたかったのでよかったです」


 と、ジャージにマフラーというおかしな恰好をする俺を見て彼女は満足げにうんうんと頷いた。


 いや、ちょっと待て。


「今夜の初詣? そんな話は聞いてないけど……」


「聞かなくても察してください。この後、一緒に年越しそばを食べて近くの神社に初詣に行きます。先生の新シリーズが大ヒットできるようにいっぱいお願いしないとですね」


 基本的に俺は出不精である。というか初詣すらここ数年間、行ったことがないぐらいだ。そんな俺には深夜の極寒の中、外に出るという選択肢はない。


「えぇ……マジで行くのか?」


 と、俺がこれでもかというほどに嫌な顔で彼女に尋ねると、彼女はそれを吹き飛ばすほどの笑顔を浮かべる。


「マジで行きます。というかこれから行きます。ほら先生、時計を見てください」


 時刻は23時半だ。もう間もなく年越しを迎える。


「とりあえず作業はいったん止めて、そこでしばらくお利口さんにしていてください。急いでそばを茹でるので」


 そう言って彼女はキッチンへと歩いていく。いや、晩飯食ってからまだ1時間ぐらいしか経ってないぞ……。


 だが、そんなことはお構いなしに彼女はお湯を沸かし始めた。


 それはそうと……。


「暑いからいったんマフラーとりたいんですが……」


 暑い……。めちゃくちゃ暑い……。


 ただでさえこたつに入って下半身はぬくぬくなのに、部屋はエアコンでガンガンに暖められているのだ。正直、半袖でもいいぐらいの暖かさだ。


 が、


「ダメです。せっかく作ったんですから。それによく似合ってて可愛いですよ」


 どうやら彼女はマフラー姿の俺を気に入ったようで、許可はおりなかった。


 かくして俺は暖房の聞いた部屋でマフラーを巻くという冷え性も真っ青な万全対策で年越しそばが出来上がるのを待つこととなった。


 それから約10分後。


「あー大変です。時間がないです。早く食べちゃってください」


 と、いいながら彼女はそばを持ってこたつへと戻ってきた。こたつに乗せられたそばからは湯気がたちこめ、ただでさえ暑い俺をさらにあつあつにさせる。


「いや、こんなアツアツすぐに食えるかよ」


「でも、早く食べなきゃ年越しそばの意味がないです。ほら、フーフーしてあげるのでお口を開けてください」


 そう言うと彼女は箸を手に取りそばを掴むとフーフーしてくれた。そして「はい、あ~ん」と彼女はそばを俺の口へと運ぶ。


 うむ、美味い……けど、熱くて暑い……。


「どうですか? 年越しって感じしますか?」


 と、彼女は首を傾げる。


「いや、熱くてそれどころじゃねえよ」


「じゃあもっとフーフーしなきゃですね」


 そう言うと彼女はこれ見よがしに髪を耳に掛けると、麺に唇を近づけて「ふぅ~ふぅ~」と息を吹きかけて俺を見つめてきた。


 あ、こいつわざといやらしくやってるな。


 どうやら彼女は四六時中俺をからかっていないと死んでしまう性格らしい。


 結局、俺は彼女に目の前でフーフーを見せつけられたまま、年越しそばを頂いた。



※ ※ ※



 というわけで大慌てで家を出た俺と咲夜は神社へと向かって歩いていく。もう日付が変わろうとしているのに、さすがは大晦日、俺たち同様に神社へと向かう人々で道はごった返していた。


 と、そこで隣を歩く咲夜を見やる。彼女はなにやら寒そうに両手に息を吹きかけて両手を擦っていた。


「寒いのか?」


「実は手袋を家から持ってくるの忘れたので……」


 そう尋ねると彼女は苦笑いを浮かべて俺を見上げる。が、すぐに俺のコートにポケットが付いてることに気がつくと、何やら羨ましそうにポケット見つめてきた。


「先生のぽっけあったかそうですね」


 どうやら俺のポケットに手を入れたいらしい。が、もちろん俺は拒否をする。


「そうだな……」


 と曖昧な返事をすると彼女は再び「先生のぽっけあったかそうですね」と今度は俺の顔を見上げてきた。


 意地でも俺のポケットに手を入れたいようだ。


「貸してください」


「あ、遠慮しておきます」


 と断りを入れるが、それを無視して彼女は俺のコートに手を入れてきた。先にポケットに入れていた俺の手に彼女の手が触れて冷たい。


「おいっ!?」


「やっぱり先生のぽっけぬくぬくです……」


「おい、俺のポケットだぞ。自分のポケットを使え」


「先生のポケットには缶コーヒーが入ってるからぬくぬくなんです……。はぁ……ぬくぬく~」


 なるほど彼女の目的は俺のポケットではなく、ポケットに入った缶コーヒーのようだ。彼女はぎゅっと缶コーヒーを握るとあたたかそうに頬を緩めた。


 が、すぐに彼女は缶コーヒーから手を放すと温まった手の平を俺の手の甲に触れると、生意気な笑みで俺を見上げる。


「それとも本当に嫌……なんですか?」


 そう言うと、彼女はポケットの中でぎゅっと俺の手を握りしめてくる。ポケットを見やると、もぞもぞと彼女の手が動くのが見えた。


「おい……やめろ……」


「やめろっていう割には逃げないんですね……」


 と、ぎゅっと俺の手を握りしめながら、今年最後の挑発を決めてくる彼女。


 彼女はしばらく俺の困惑する様子を眺めてから、ふと普通の顔をに戻って首を傾げた。


「先生は何をお願いするんですか? ここはでっかく100万部ぐらい狙いますか?」


 そう言われて初詣=賽銭を投げて願い事をするイベントだということを思い出す。


 100万部ね……確かにそれだけ売れれば、一生小説を書かなけても家で引きこもれそうだ。


 だけど、


「いや、俺はいいや……」


 そんなことをお願いする気になれないのが、俺の心の弱いところだ。そんな俺の答えが意外だったのか、彼女は不思議そうに俺を見つめる。


「年に一度のお願いなんですよ……。どどんと年収1億越えぐらい願いましょうよ」


「そうだな……」


 だけど俺はそんな願いをするつもりはない。たぶん、俺が願っているのはそんな立派な願いではないのだ。俺に願い事があるとしたら、それは一つしかない……。


「どうかしたんですか? なんだか表情が暗いですよ?」


 どうやら考え事をしているうちに俺の表情がみるみる暗くなっていたようだ。彼女はポケットから手を抜くと、温まった手で俺の頬に触れると心配そうな表情を浮かべた。


「まあ俺だってたまにはこんな顔ぐらいするさ」


「先生はいったいどんなお願いをするんですか?」


「そうだな……。できれば本人の前で謝って……」


 そうだ。できるならばあの子に謝りたい。


 それが俺のたった一つの願いである。どこの誰かは知らないけれど、俺の小説を好きでいてくれたのに、裏切ってしまった彼女に謝りたい。


 けど、謝ってどうするんだ?


 謝ったところで許して貰えるのか?


 謝って許して貰おうなんて、所詮は俺の自己満足なんじゃないだろうか?


 少なくとも彼女は俺の小説を読んで感動してくれた。ヒロインのことを自分のことのように考えて頑張ってくれた。だけど、俺はそんな彼女の期待に応えることができなかった。


 俺は彼女を裏切った。


 そんなことがぐるぐると回っているうちに周りの景色も、咲夜の顔も見えなくなってくる。


「先生……」


「…………」


「先生っ!?」


 と、いつの間にか真面目な顔をしていた彼女に、必死で呼びかけられた瞬間、ふと俺の意識が大晦日の街へと戻ってくる。


「先生……体調でも悪いんですか? 悪いならば、家に帰りましょう。無理に外に連れ出してもうしわけありません……」


 と、彼女らしからぬ真剣な顔で彼女が俺に問いかけた。


 普段はからかってくる癖に、根ではいい奴なのだ。出会ってまだ二日しか経っていないのに、彼女は悪戯な笑みの中に優しさを隠しきれていない。


「大丈夫だよ。ってか、急がないと神社に着く前に年を跨いじまうぞ?」


 そう言って俺は足早に神社へと歩いていく。そんな俺に彼女はしばらくその場に立ち止まっていたが、俺が足を止めずに歩いていると「待ってくださいっ!!」と追いかけてきた。

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