第11話 小悪魔編集ちゃんを寝袋に突っ込む

 結局、咲夜さんはビール一本ですっかり出来上がってしまったようで、その後、ずっと俺に「好きだよっ!!」と告白をしてしまいには寝息を立て始めた。


 そして、どれだけ体を揺すっても「むにゃむにゃ」と言うだけで動こうとしない。が、さすがにこたつで寝かせると風邪を引きそうなので、俺は彼女のキャリーケースから寝袋を出すとそれを床に敷いた。


 さて、彼女をどうやってこの中に突っ込めばいい……。


 寝袋は首元に穴が開いているだけでファスナーらしきものもないシンプルな作りだ。つまり入り口は一つしかないわけで、彼女をここに突っ込むためには彼女の身体にかなり触れなくてはならない。


 これ、こいつがその気になったら俺、裁判で負けるな……。


 しかも相手はにゃんにゃん文庫の編集なうえに、現にカラメル変態絵師はそれがもとであの極悪編集長に脅されているのだ。


「おい、起きてくれ……。風邪引くぞ……」


再度、彼女の身体を揺すると彼女はまた「むにゃむにゃ」言ってから「先生、私を寝袋に移動させてください……」という要求をしてきやがった。


「いや、さすがにそれはマズいだろ……」


「大丈夫ですよ……先生になら何をされても示談で済ませますので……」


 あー怖い怖い……。


「ならなおのこと自分で寝袋に入れ」


「むにゃむにゃ……嫌です……。運んでくれなきゃ先生にお酒を飲まされて乱暴されたって警察に言います……」


「どっちにしろ地獄じゃねえかよ……」


 どうやら俺には逮捕か示談以外の選択肢はないようだ。その二つを天秤にかけた結果、くさい飯を食いたくないので、俺は示談の方を選ぶことにした。


「恨むなよ……」


 と、彼女に言ってから俺は立ち上がる。


 が、


「先生……ブレザーを脱がせてください……」


 と、彼女はブレザーのボタンに手を伸ばしながら俺にそうお気持ちを表明する。


「いや、それぐらい自分でやれよ」


「やってくれなきゃ先生にお酒を――」


「わかったよ。やるよっ!! やりゃいいんだろ……」


 ってか、これだけ受け答えができるなら自分でやれよとも思うが、どうやら彼女は寝ぼけながらも俺をからかうことのできる小悪魔の天才のようだ。


 俺は彼女を仰向けに寝かせるとブレザーのボタンを一つ一つ丁寧に外していく。


 いや、俺……まじで何やってんだ……。と思いつつもブレザーのボタンを外し終えると、ブレザーを左右に開く。すると、その勢いで内側から大きく膨らんだブラウスの胸元がゆらゆらと揺れるのが見えた。


 あーやばいやばい……。罪悪感が凄いわ……。


「先生……私は今半分寝ぼけてますよ……」


「寝ぼけている人間が自分で寝ぼけてるとか言うのか……。


「お酒も回っているので明日の朝は記憶もあいまいだと思います……」


「お前は俺に何をそそのかせているのかさっぱりわからんな……」


「何もそそのかしていませんよ……。だけどちょっと手で触られたぐらいなら明日には忘れているかもしれませんね……」


「俺はお前が覚えているに一万円賭けてもいいわ……」


 と、そこで咲夜はブレザーのポケットからスマホを取り出すとポチポチと何かを入力する。そして、俺のスマホの録画開始の音と同じ音が室内に響き渡った。


 あ、こいつ録画してるな……。記憶とか関係ないじゃん。


 ということで彼女からスマホを取り上げて、録画を止めると引き続き彼女のブレザーを脱がせていく。ブレザーの腕の部分に内側から手を入れると、掌に彼女の暖かい腕の感触が広がった。


「んんっ……」


「やらしい声を出すな……」


「先生の手つき、なんだかいやらしいです……」


「もうやめるぞ」


「ご、ごめんなさい……」


 と、そんな俺の脅しに彼女は素直に謝って、俺に成されるがままにされて無事ブレザーを脱いだ。そして、ブラウス姿の彼女の上半身が俺の前に露わになる。


 どうやら彼女はお酒のせいでわずかに汗をかいているようだ。ブラウスはわずかに湿っぽく、そして彼女の胸を覆う白い下着が透けて見えてしまっている。


「先生の目つき……えっちです……」


「…………」


 どこが寝ぼけてるんだよ……。俺は彼女から顔を背けて、彼女の膝の裏と首元に腕を入れると「よっこいしょっ!!」と彼女の身体を持ち上げた。


 お姫様抱っこだ。


 なんとなく想像はしていたが、彼女の身体は驚くほどに軽い。運動不足で非力なはずの俺ですら簡単に抱き上げることができた。


 彼女の全体的にぷにぷにしたやわらかい体に思わず、よからぬ感情を抱きそうになりながらも裁判沙汰になりそうなのですみやかに彼女を床に下ろす。そして今度は寝袋を掴むと寝袋の入り口を彼女の足のすぐそばまで持ってくる。


「じゃあ寝袋に入れるぞ……」


「よろしくです……」


「ったく……」


 と、寝袋の入り口を大きく開いて、そこに咲夜の足を入れていく。


 体勢的にしょうがないのだけど、彼女のスカートから伸びた酒でわずかに赤みがかった健康的な脚が目の前目に現れ、ほんと正気を失いそうになる。


 それでもなんとか平常心を維持して順調に足を寝袋に入れていく俺だったがそこで問題が発生した。


 スカート……。


 スカートが邪魔だ……。どう頑張って寝袋に足を突っ込もうとしても、寝袋にひっかかって彼女のスカートがめくれ上がってしまいそうなのだ。


 このままだと俺の眼前に彼女のパンツが露出してしまう。そして、さっきまで寝ぼけていた彼女はまたすやすやと小さく寝息を立てている。


 彼女からの協力はえられそうにない。が、多分だがここでスカートを捲り上げると彼女はそのラッキースケベイベントをかぎ取って目を覚ますような気もする。


 俺はとりあえずスカートをまっすぐと伸ばすと、そのまま彼女の腰へと手を回して、いっきに彼女のお尻を浮かせると、その下に寝袋を滑り込ませた。


 ミッションコンプリートだ。


 上半身はイージーモードだ。彼女を座らせるように上体を一度起き上がらせると、寝袋を首元まで引き上げようとした。


 が、


「んんっ……」


 という彼女の吐息とともに寝袋に彼女の胸が引っかかってしまった。


 こいつの体……難易度高すぎだろ……。とため息を吐きながらも無事、彼女を寝袋に入れ込みミノムシを完成させると、そのまま彼女を横にしてやる。


 なんだろう……心身ともにすげえ疲れたわ……。


 俺は「はぁ……」とため息を吐くと、まだ手付かずの彼女の夕食にラップを掛けることにした。



※ ※ ※



 翌日、今日も今日とて俺は執筆をする。効率的な執筆法を開拓したとはいえ締め切りは目の前まで迫っているのだ。うかうかしていられない。


 今朝も散歩をして猫に威嚇されて帰ってきた俺は朝食をとって午前中の執筆に勤しむことにした。やっぱり散歩のおかげで朝から頭は冴えているようで、原稿の進みは順調だ。


 昨日までは俺にぴったりと身体を密着させて原稿を眺めていた咲夜だったが、今日は部屋を慌ただしく動き回っている。


「なにやってるんすか?」


 そんな彼女に俺は思わずパソコンから顔を上げて尋ねてみる。


「何って見てわかんないですか? 掃除ですが……」


 確かに彼女は掃除をしていた。が、どうして彼女が掃除をしているのか俺には不思議だ。


「掃除なら一昨日やったじゃん……」


 そんな俺の言葉に咲夜が箒を持つ手を止めて驚いたように目を丸くする。


「先生、それ本気で言ってますか?」


 俺がコクリと頷くと彼女は「はぁ……」とため息を吐いた。


「なんとなく部屋を掃除して埃の具合から察してはいましたが、やっぱり普段から掃除してないみたいですね……」


「まあ男の一人暮らしなんてそんなもんだよ。掃除なんて一週間に一回ぐらいまとめてやれば事足りるさ。狭い部屋なんだし」


 と言うと彼女は信じられないものでも見るような目でしばらく俺を見つめてから「先生」と俺を呼んだ。


「なんだよ」


「私、今ドン引きしてますよ」


「…………」


 どうやら週に一回の掃除はドン引きレベルのようだ。


「あと、先生は今日が何月何日かわかっていますか?」


「12月31日だろ。それがどうかしたのか?」


「どうかするでしょ。だって大晦日ですよ? 大みそかは全国民が部屋の掃除をする一日です。本当は先生にも雑巾がけとかしてほしいぐらいです。原稿があるのでしょうがないですが……」


 いや、ホントありがたいんだけどね。


「それよりも原稿の進みはどうですか?」


「ああ咲夜が教えてくれたロボトミーのおかげでばっちりだ」


「私、そんなに物騒なこと教えてないです……。とにかく今日は大忙しなんです。原稿が終わったらおそばを食べて、年越しは神社で迎えますのでそのつもりで頑張ってくださいね」


 どうやら咲夜は大晦日ガチ勢のようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る