第10話 小悪魔編集ちゃんとおままごと

 なんだか変なおままごとに付き合わされ始めた気がする。


 すっかり幼なじみモードに入った編集はニコニコと人懐っこさを見せながら俺を達樹と呼ぶようになった。


 が、こたつに並ぶ色とりどりの夕食を眺めていると、そんなことがどうでもよくなるほどに、食欲があふれ出てくる。


 俺、なんかこの編集に完全に胃袋を掴まれている気がする。


「いただきますっ!!」


 制服にエプロン姿の彼女に眺められながら、箸を手に取ると早速、ありがたく夕食を頂く。左手に茶碗を持ちながらまずはどれから手を付けようか頭を悩ませる。


 とりあえず煮物かな。


 ということでよく煮込まれたレンコンを箸で掴むと口へと運んだ。


 うむ、美味い……。よく火が通っていて味が染みておる。


 と、久々に食う根菜の味を懐かしみつつも、次に焼き鮭へと箸を伸ばす。よく脂の乗った鮭を箸でほぐすと、じゅっと脂が染み出てきてさらに食欲をそそりやがる。


「美味い……」


 とにかく白飯が進むぜ。どのおかずを口にしても米が進む。いつもの3倍速で白飯を消化しながら咲夜の料理に舌鼓を打つ俺だが、そこでふと彼女が未だ箸に手を付けていないことに気がついた。


「食欲ないのか?」


 と、尋ねると正座したままピント背筋を伸ばす彼女は、何故か頬を真っ赤にして首を横に振った。


「そ、そうじゃないよ……。達樹が食べるところ見てるだけ……」


「そ、そうっすか……」


「達樹、味はどうかな……。実はね、この間達樹が留守の間に達樹のお母さんから料理を教えてもらったんだ。達樹は家庭的な料理が好きだって聞いたから、が、頑張ってみたよ……」


「ほう、今時の編集は作者の親にも積極的に接触するんだな」


 と最近の編集さん事情に感心していると、彼女はムッとしたように俺を睨む。


「先生、真面目に役に入り込んでください。私と先生は幼なじみなんです。だから、私と先生のお母さんが仲良しなのもデフォなんです」


「す、すみません……」


 どうやら彼女は自分だけでなく、俺にも幼なじみモードに入ることを強要しているようだ。


 それまでムッとしていた咲夜氏は改めて「はわわっ……」と恥じらうように顔を背けると幼馴染モードに入った。


 あらためて本番開始らしい。


「た、達樹はどれが一番美味しいと思った?」


「そ、そうだな……煮物かな」


 と答えると彼女は俺に顔を向けて恥じらいつつも嬉しそうに笑みを浮かべる。


 演技だとわかっていても、ある一定以上の可愛さを演出してくる編集にぞっするぜ……。


「わぁ~っ!! じ、実はね、煮物が一番不安だったんだ……。根菜ってなかなか柔らかくなってくれないし何度も味見しながら、が、頑張って作ったよ……」


 どうやら一生懸命煮物を作ってくれたようだ。それが演技なのか本心なのかはわからないけど、確かに頑張ったかいがあったのか、本当に煮物が一番美味い。


「さ、さすがは咲夜だな……」


 と、ぎこちなく俺が答えると彼女はまたムッとして「はい、カットです」と手を叩いた。


 どうやらまた演技指導が入るようだ。


「先生、素っ気ないです。ここは幼なじみの私が不安だった煮物を、達樹に褒められてよろこんでいるところなんですよ? もっと褒めてあげてください」


 どうやら褒めが足りなかったらしい。


 って言われても女の子を褒めるテクニックなど持ち合わせていない俺にとって、それはかなりの無理難題だ。


「煮物ってそんなに難しいものなのか?」


「いえ、別に。適当に麺つゆで味付けしているだけなので」


「いや、じゃあ不安なんてないじゃん……」


「この幼馴染の咲夜ちゃんにとっては不安なんです。彼女は『達樹、喜んでくれるかなぁ……。不味いって言われたらどうしよう……』ってドキドキしながら作ってたんです。だからもっと褒めてあげないと可愛そうですよ。褒めてあげてください」


 そう言って改めて頬を染めて顔を背けつつも、ちらちらと俺に視線を送る咲夜。


 いや、もう編集辞めて役者になれよ。と、相変わらず演技の癖に可愛さ全開の彼女を眺めながらとりあえず俺は褒め言葉を考えてみた。


「す、すごいな」


「舐めてるんですか?」


 ダメみたいだ。これはかなり本気を出して褒めなければ彼女は許してくれない。ということで、俺は「ふぅ~」と一度深呼吸をするとひきつった笑みを浮かべた。


「さ、咲夜は凄いなっ!! これお袋から教えてもらったのかっ!? お袋が作ってくれた煮物と同じ味じゃねえか」


 どうだ。今度こそ俺も本気で幼なじみを演じてみたぜ。24歳独身男という現実から目を逸らして高校生の幼なじみを演じてやった。


 が、


「あ、カットです」


 と、そんな俺を一刀両断するように咲夜はまた手を叩いた。


 何故だ。俺は恥を忍んで演じたんだぞっ!?


「まだ何か文句でもあるんですか?」


「先生、確かに咲夜ちゃんは達樹のお母さんから料理を教わりましたが、お母さんの料理と比較するのは微妙です。なんだかマザコンみたいですよ?」


「注文が多いな……」


 どうやら幼馴染の咲夜ちゃんは確かにお袋から料理を教わったけど、自分の料理とお袋の料理を比べられるのは嫌なんだって……。


 難しいお年頃なんですね……。


「ここは達樹の咲夜ちゃんへの好感度をあげる場面ではありますが、同時に咲夜ちゃんの達樹への好感度もあげる場面です。予想外な褒め方をされてドキッとする咲夜ちゃんの可愛さも引き出さなければなりません」


 煮物一つ褒めるだけなのに、なかなかオーケーが貰えない。


「煮物以外のものも食べたいんだけど……」


 と、彼女を褒めるために煮物ばかり食べさせられる俺に、彼女はにっこりと微笑むと「じゃあ咲夜ちゃんをもっと褒めてあげてください」と答えた。


「よ~いスタート」


 ということで本番再開だ。


 ってか、俺は何をやらされているんだ。


 という根本的な疑問を抱きながらも俺はまた煮物へと箸を伸ばす。


 いや、美味いよ……美味いけど美味い以外にどう表現すればいいんだ……。


 とりあえず、柔らかい里芋を頬張りながら俺はない頭で褒め言葉を必死に考える。


「さ、咲夜はさすがだな。レンコンや里芋にもしっかり味がついているし、よく火が通ってて柔らかさもばっちりだ。咲夜って料理が美味いんだな」


 これでどうだ?


 確認するように彼女を眺めると、彼女はようやく満足をしてくれたようで、カットは入らず、頬を染めたまま左右の人差し指をつんつんさせて俯いた。


「ほ、褒めても何も出ないよ……。だけど今日は達樹のために頑張ったよ……」


 照れているらしいです。そんな彼女をぼーっと眺めていると、彼女は顔を上げると自分の頭を撫でてから俺に訴えるように視線を向けてきた。


 どうやらこれは撫でろというジェスチャーらしい。


 そしてやらなければ多分またカットが入るだろう。俺はしぶしぶ彼女へと手を伸ばすと彼女の頭を撫でてやる。


「偉いぞ……よしよし……」


 どうでもいいけど、髪の毛サラサラだな。ごわごわの俺とは同じ人間とは思えないほどの違いだ。小さなか彼女の頭を撫でてやると彼女は「はわわっ……」と驚いた風に目を見開いて俺を見つめた。


「は、恥ずかしいってば……」


 いや、てめえが撫でろって言ったんだろ……。


 だが、そんなツッコミを入れたらまたカットが入りそうだ。


「さ、咲夜って案外女の子っぽいところも……あ、あるんだな……」


「達樹酷いよ。私だってちゃんと女の子なんだよ……。達樹は知らないかもしれないけど、時々クラスの男の子にデートに誘われることだってあるんだから……」


 あー死にてぇ……。恥ずかしすぎて死にてぇ……。


 一応、原稿が行き詰っている俺のために彼女がこんなことをしてくれているのはわかるけど、役に入った自分の姿を客観的に想像して恥ずかしさに悶絶しそうになる。


 が、頭を撫でられる咲夜氏はノリノリだ。


「た、達樹ってさ……。気になってる女の子とかいないの?」


「な、なんだよ突然……」


「いや、達樹っていつも私と一緒に遊んでるけど、好きな男の子とかいるのかなって思って……」


「そ、それは……」


「た、多分さ、私たちってクラスの子たちから付き合ってるって思われてるよね」


 あー恥ずかしい……。


 よくまあ、ここまで役に入りきれるもんだ。相変わらず恥じらう風でそんなことを言う彼女に感心していると、彼女は不意に立ち上がると俺のすぐそばにしゃがみ込んだ。


「た、達樹にとって私って、やっぱりただの幼なじみなのかな……」


「な、なんだよ急に……」


「わ、私にとって達樹は幼なじみだけど……それだけじゃないよ……」


 なんという恋の急展開。ただただ幼なじみとの食事シーンを演じればいいのかと思っていたが、突然の急展開に動揺する。


「いや、そんなに展開早くて大丈夫なんですか?」


 と、俺モードで尋ねると彼女は「まあ、そういうこともあります」と言い訳になっていない言い訳で続行を所望してくる。


「達樹は私のこと、女の子としては見てくれないの?」


「いや、だって俺たち幼なじみだし」


「今はそうかもしれないけど、これからもずっと達樹にとって私は幼なじみでしかないの?」


「そんなこと言われてもな……」


 と、そこで彼女は俺の返答に不満があったのか唇を尖らせる。


「そんな曖昧な返事だと可愛い咲夜ちゃんが他の男の子に取られちゃいますよ?」


「いや、でもこれ演技なんだし……」


「確かに演技かもしれませんが、演じている間だけは役者にとっては事実よりも大切なんです」


 役者の名言のようなことを口走る咲夜ちゃん。


 あ、やばいかも……この子、暴走し始めてる。


 と、そこで俺の目の前にしゃがみ込んでいた彼女はぬっと俺に顔を近づけてる。


 あー可愛い可愛い……この距離感はやばい……。


「たまには私のことも女の子として見てよ……」


「なっ……」


「達樹は気づいてないかもしれないけど、私はちゃんと達樹のこと男の子として見てるよ……」


 と、どんどんと俺に顔を接近させてくる彼女。もはや俺の視界いっぱいに可愛い美少女の顔が広がって、他に何も見えない。


 ってか、俺が書いてるのはまだ序盤だぞ……。こんなところで恋が実を結んだら、そこで小説が終わっちまうじゃねえかよ……。


「達樹……好き……」


 やめろやめろ。演技だとわかってても本気で好きになっちゃう……。俺は慌てて彼女からわずかに顔を放す。だが、すぐに彼女は俺に顔をまた接近させてて来る。


 猫みたいな少し吊り上がったぱっちり二重が俺を捉えて離さない。


「ねぇ達樹……キスしようか……」


「咲夜さん?」


 と、さすがに冴えない独身作家に戻った俺は素で彼女を呼ぶが、彼女の瞳はキラキラと光らせたまま俺から視線を逸らさない。


 が、


「ん?」


 と、そこで俺はふと気がつく。絶賛、女子校生の幼なじみを演じている彼女だが、彼女からわずかに女子校生らしからぬ香りが漂ってくる。


 なんかちょっと酒の匂いが……。


 と、そこで俺はふとキッチンへと顔を向ける。するとまな板の横に500ミリリットルのビールの缶がぐしゃっと握りつぶされた状態で置かれていることに気がついた。


「おい、もしかして……飲んだのか?」


「き、昨日先生のために買った分が手つかずで残っていたので」


 どうやら彼女は飲んじゃってたらしい……。

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