第8話 小悪魔編集ちゃんはとんでもない物を引き当てる
というわけでしこたま買い物をした俺と咲夜はスーパーを出た。こう見えて一応男である俺は彼女が持参していたエコバッグ二つ分の荷物を持つと名乗りを上げたのだが……。
あーなんか想像していたよりも重い……。
どうやら俺は自分の体力のなさを侮っていたようだ。確かにエコバッグはパンパンだったが、自宅までは300メートルほどだ。さすがにこれぐらい楽々運べると思っていたのだが、バッグの重みは俺の弱った腰にかなりの負担をかけてきやがる。
俺も年だな……。
「先生、大丈夫ですか? 半分持ちましょうか?」
「だ、大丈夫……」
と半分持つ提案をしてくれる咲夜だったが、一度引き受けておいて結局持ってもらうのは恥ずかしいという俺の小さなプライドがそれを邪魔した。
よたよた歩く俺の隣で咲夜は「あ、あんまり無理しないでくださいね……」と苦笑いを浮かべる。が、しばらく歩いたところで咲夜は「あ、そういえば……」とポケットから何やら紙切れのようなものを数枚取り出して俺に見せた。
「先生、これ……」
「なにこれ」
「福引券です。さっきレシートを買ったときに貰いました」
どうやらレジで貰った商店街の福引券のようである。福引券には『年末大感謝祭 5枚で一回、10枚で3回』と書かれている。
「5枚あるな……」
「5枚ありますね……」
「引けるな……」
「引けますね。しかも期限は今日までになっています。引かない手はありません」
ということで俺は福引券に書かれた福引会場とやらに足を運ぶことにした。
福引会場は商店街の出口付近に設けられていた。『大感謝祭福引会場』と書かれたテントの下には長テーブルとその上にガラガラが置かれており、ハッピを着た中年男性がぽつんと立っていた。
「せ、先生っ!! あれを見てくださいっ!!」
と、そこで咲夜が俺のそでをくいくいと引っ張っておっさんの奥に並べられた商品を指さした。
「わぁ~ビールですよ先生っ!! あんなにたくさんビールがありますっ!!」
どうやら商品の中にはビールの詰め合わせボックスもあるようだ。咲夜は目をキラキラさせながらビールを指さす。
「いや、他にもあるけどな」
「ビールがいっぱいあります」
あー聞こえてねえわ……。
どうやら彼女はビールしか見えていないようだ。そんな俺たちのことが目に入っているのかいないのか疲れ切った顔をしたおっさんは「いらっしゃーせー。いらっしゃーせー」と機械のように呟いている。
顔が疲れ切ってやがる……なんか幸運を引き当てられる気が一ミリもしない。
が咲夜が福引を差し出すと一応は俺たちの存在を認知していたようで機械的に彼女から福引を受け取ると「はい、じゃあ一回ですね……回してください」とガラガラを指さした。
咲夜が何やら不安げな表情で俺の顔を見上げる。どうやら自分が引いてもいいのか確認しているようだ。
「咲夜が引けよ。ビール当てたいんだろ?」
「ですが……いいんですか?」
「子どもじゃないんだし、そんなことで怒らねえよ……」
「じゃあ引きますね」
そう答えると彼女はガラガラへと手を伸ばした。
※ ※ ※
結果から先に言うとビールは当たらなかった。夕暮れの河川敷を歩きながら咲夜はうな垂れている。
「ビール当たらなかったですね……」
「まあ一応はこれでも3等賞なんだぞ? 一応はあたりっちゃあたりだぞ」
「ですが……」
と、彼女は手に持った3等の景品を眺める。
なんというか彼女は幸運なのか不幸なのかとんでもないものを当てやがった。
彼女が当てたもの……それは電動マッサージだった。
なんかえっちなビデオでみたことのあるスティック状の電動マッサージ。もちろん箱には入っているが、その箱にもでかでかと電動マッサージの写真が印刷されている。
河川敷を電動マッサージを持った美少女が歩いている。
あ~絵面がやばいわ……。
どうやら彼女もそのことを自覚しているようで、行きは恥ずかしげもなく制服姿で歩いたくせに、今は周りの目を気にするように終始そわそわしている。
「わ、私は使わないので先生が使ってください。あ、ちなみにそういう意味じゃないですからねっ」
「いや、わかってるよ。まあとりあえず肩が凝ったときに使うよ……」
まあ肩は凝る方だし、正当な使い方をすればそれなりにありがたいと言えばありがたい。と、そこで俺はふと彼女の掴むビニール袋へと目をやった。実は、スーパーを出た後、彼女が寄りたいところがあると言って近くの手芸用品店に入っていったのだ。
「そういえばそれ……なんなんだ?」
と、俺は何を買ったのか尋ねてみる。
すると彼女は首を傾げた。
「電マのことですか?」
「いや、ちげえよ。袋の中身だよ。あとその略し方、なんかやめてくれ……」
そこで彼女はようやくビニール袋のことだと気づく。
「あぁこれですか。これは毛糸とかぎ針です」
まあ手芸用品店に入ったのだから手芸関係の物だとは思ったが、なんとも意外な答えに俺は首を傾げる、
「編み物なんかするのか? 意外だな」
「意外とは失礼ですね。私、こう見えて結構得意なんですよ」
そう言って唇を尖らせる彼女。
「先生の原稿を眺めているのもいいですが、さすがにずっと見ているだけでは退屈なので、これからは先生が原稿を書いているときにマフラーでも編むことにしたんです。これからどんどん寒くなりますし、出来上がったらあげますね?」
「お、おう……ありがとな」
なるほど、確かに彼女は俺が執筆している間、退屈じゃねえのかとか思っていたから隣でじっとされるよりかは俺としても安心して執筆ができる。
そんなことを考えながら自宅へと歩く俺。が、ふと俺は隣に咲夜の姿がないことが気がつき振り返る。
すると彼女は何やら真面目な顔で電マを抱えて突っ立っていた。
「どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」
「いえ……」
「なら早く帰ろうぜ。お前も恥ずかしいだろ?」
周りの目も気になるし。
と、そこで彼女は「あ、あの……先生……」と何やら改まった様子で俺を呼んだ。
「なんだよ」
「先生はどうして2年間も書くのを止めていたんですか? 失礼な質問だったらごめんなさい……」
と、唐突にそんなことを尋ねる咲夜。
なんでそんなこと突然聞くんだよ。そんな唐突な質問に俺が首を傾げていると彼女は俺のもとへととぼとぼと歩いてくる。
「理由を聞いてもいいですか?」
俺のすぐそばまで歩み寄ってくると彼女は俺を見上げた。
そんな彼女の質問に俺は少し困った。
なんでと聞かれたら俺は明確な答えを持ち合わせている。だけど、俺はどうもそれを口にしようという気が起きなかったからだ。
そもそも話したところで誰かが喜ぶような話でもないしな。
「厳密にいえば、書こうとしたけど書けなかったってのが正しいかな。それをスランプって言うんだよ」
と、とりあえず曖昧な返事をした。が、そんな俺の答えでは彼女は満足できないようで「それは……どうしてですか?」と尋ねてくる。
「まぁ気分が乗らなかったんだよ。それだけだ。それに市場で売れているのがどういうのかもわからなかったし……」
彼女を満足させられるようにそれっぽい言い訳を口にした。そんな俺の答えに満足したのかしていないのか彼女はじっと俺の顔を見つめる。
「なんだよ……」
「それ……本当ですか?」
どうやら俺のその言い訳は彼女の目を欺くには不十分だったようだ。彼女はそう尋ねると相変わらず真剣な目で俺を見つめる。
どうやら俺をからかうために聞いたわけではないようだ。だけど、俺にはその理由を口にする勇気はなかった。だから、少しぎこちないのはわかっていても笑みを浮かべる。
「本当だよ……。それ以上でも以下でもない」
そう答えるとそれでも彼女はしばらく俺をじっと見つめていた。が、不意に頬を緩めると「ならいいです……」と一応納得してくれた。それでもやっぱり俺から視線を逸らすことはせずに俺を見つめている。
「先生……私は先生がたくさん小説が書ければいいなって思ってます」
「そうだな。俺も書けると生活が助かるよ」
「先生なら色んな人を感動させられる小説が書けると思ってます。私は先生の小説がより多くの人に読んでいただけるように担当編集としてがんばります。だから、安心してくださいね」
と、笑みを浮かべながらもどこかしんみりとする咲夜ちゃん。
彼女がどうしてそんなことを突然言い出したのかはわからない。もしかしたら、沈みゆく夕陽を浴びて少し感傷的な気持ちになってしまったのかもしれない。だけど、そう言われて嫌な気分にはならなかった。
そりゃ担当編集がそう言ってくれているのだ。これ以上、頼もしいことはないさ。
だから俺は「お、おう……ありがとな」とお礼を言うと再び自宅へと歩き始めた。そして彼女は急に寂しい気持ちになったのか、そんな俺の袖をしばらく掴んだまま歩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます