第7話 小悪魔編集ちゃんは家庭的を嫌う
ということで学ラン着用は強制イベントのようである。風呂場で制服に着替えさせられた俺は咲夜と一緒に家を出た。
のだが……。
「さ、咲夜さん……」
と、ほぼ完全にネットショッピング任せの出不精の俺は久々に見た街の光景に愕然とする。すぐ隣を歩く咲夜の袖を掴むと、震える声で彼女に尋ねた。
「制服を着た人が俺たち以外に全く見当たらないんですけど……」
いつもならば放課後を迎えた高校生で溢れかえる駅前商店街なのだが、今日は見渡す限りどこにも制服を着ている人の姿が見当たらない。そのせいで、俺たち二人がやたら目立っているような気がするのだ。
そんな疑問に咲夜は「え?」と不思議そうに首を傾げる。
「そりゃ……今日は12月30日ですから……。どこの高校もさすがに冬休みを迎えていますよ?」
「なっ……」
そ、そうだった……。俺は極々当たり前のことをそこで思い出す。そういえば高校には冬休みというシステムが存在するんだった。年中休みと仕事がカオス状態で存在している俺のようなラノベ作家は世間の休日というものにどうしても疎くなる。
いかに自分が社会から分断されたところで生きているかを思い知らされると同時に、なんだか自分たちだけが制服姿なことに急激に羞恥心が膨れ上がっていく。
「ねえ、咲夜ちゃん……いったん帰って私服に着替えようよ……」
と、弱腰の俺を咲夜はお得意の悪戯な笑みで見上げる。
「先生って弱虫なんですね? そんなに弱気なことばかり言うなら、今日の夕食は激辛麻婆豆腐にしますよ?」
「いや、それだけはやめてくれ……。って、なんで俺が辛いのに弱いことを知っているんだよ……」
「私は先生の担当編集ですよ?」
「いや全然理由になってねえよ……」
「先生の小説にはこれまでWEB小説を含めて134回食事のシーンが出てきたのですが、その中に香辛料をメインに使った料理が出てきたことはカレー以外にありません。その割には甘いお菓子とかスイーツとかはやたら出てきますし、その結果私は先生を極度の甘党だと分析します」
「…………」
「どうしたんですか先生? 何か異論はありますか?」
と、勝ち誇った顔で俺を見つめてくる咲夜。が、大正解だけになにも言い返せないのが悔しい。
と、そんなJK咲夜を眺めながら俺はふと思う。
「そういや、お前って他に担当している作者はいないのか? 三毛猫出版ってお前を足しても5人ぐらいしか社員いないだろ。そんな少人数でどうやって編集回してるんだよ……」
「私もこの間入社したばかりなのでよくわからないです。私が編集長から任されたのは先生にハニートラップを仕掛けて仕事を引き受けさせることだけですから」
「よくもまあターゲット相手にハニートラップとか言えたな」
「だって先生はハニートラップだってわかってても引っかかるタイプの方じゃないですか」
「お前は俺をなんだと思ってるんだよ……」
どうやら俺は彼女からかなり下に見られているようだ。
と、そこで咲夜は俺の手を取ると、そのまま俺の腕をぎゅっと抱きしめた。
「さ、咲夜さんっ!?」
「先生……私、先生のことが好きです……」
と、彼女はわずかに頬を朱色に染めると、なにやらむにゅむにゅした大きな物を二の腕に押し当ててくる。
突然担当編集から告白された俺が固まっていると彼女はまたニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。
「こういうのを何度も何度も続けていれば、ハニートラップだとわかっていても先生を骨抜きにできる自信があります」
「…………」
「ほらほら、早くこの腕を強引に振りほどいてください」
と今日はなんだか挑発的な咲夜さん。
もちろん、俺はそんな挑発には屈しない。俺の腕を抱き枕のようにぎゅっと抱きしめる彼女に「そんなの朝めし前だよ」と腕を振りほどこうとして見るが。
あ、あれ……なんだか俺の右手が言うことをきかない……。
俺の右腕はなにやらありがたい感触に謀反を起こしたようにピクリとも動きやがらない。
おい右腕っ!! 俺の脳さまの命令だぞっ!! 言うことを聞きやがれっ!!
『脳の兄貴、ここはありがたく、ありがたい感触に浸るべきですぜ。それに脳の兄貴だってドーパミンドバドバ出してるじゃないですかっ』
と、ストライキ状態の腕に俺に成すすべもない。
「先生、口ではそんなこと言っても体は正直みたいですよ?」
と、3流エロ漫画の悪役みたいなセリフを口にする彼女。
「右腕が突然脱臼したんだよ……」
そんな彼女に苦し紛れの嘘をつくと彼女はクスクスと笑った。
「三毛猫出版さんは俺にハニートラップなんて仕掛けられるほど暇な会社なんですね……」
「暇じゃないですよ。年間に100冊ものライトノベルを出版している大忙しの会社です」
「100冊っ!? いやいや言葉は悪いけどこんな弱小レーベルがどうやって年間に100冊も出版するんだよ」
と、俺が目を丸くすると彼女はジト目で俺を見つめる。
「先生、さすがにそれは失礼ですよ。確かにうちは業界トップを誇る弱小レーベルですが、うちで出版したいという作者さんは結構多いんです」
「倒産寸前な上に本屋ですら棚の端の端に追いやられているような出版社が年に100冊も出版しても大丈夫なのか? 自分の首を絞めてるだけのように思うけど」
正直なところどこの本屋を回っても置いてあるのは唯一アニメ化をした自分の作品だけのことがほとんどだ。印刷代だってタダじゃないのにどうやってそんなに本を出しているのか不思議で仕方がない。
「お金なら大丈夫です。出版の手数料で作者さんにかなり負担していただいているので。あ、でも先生の分はうちで負担しますよ」
「おい、それはもはや自費出版じゃねえかよ」
「違います。あくまで手数料を支払っていただいているだけです」
「いや、だからそれを自費出版って言うんだよ……。どうせISBNコードだけくっ付けて出版しましたって言い張ってるだけだろ」
「違いますっ!! 三毛猫出版から発行したライトノベルは、北は北海道から南は沖縄にいたるまで全国の本屋に並べられます」
「ほう北海道から沖縄までの全国ね。で、実際には何店舗ぐらいあるんだよ」
「北海道と沖縄の仲良くしていただいている書店2店舗です」
「よくそれで全国とか言えたなぁ……。もはや詐欺だぞ……」
「そ、そんなことないです……」
と、言いつつも咲夜もあのヤクザな社長兼編集長を擁護しきれないようで、苦笑いを浮かべた。
「ってか、なんで三毛猫出版なんかに入社したんだよ……」
「それは私が出版に関わる仕事に就きたかったからです」
「出版に関わるね……。失礼なことを聞くけど他に選択肢はなかったのか?」
「それはその……私にもいろいろと事情があるんです……」
「ほう、あの女に弱みでも握られたのか?」
「そういうわけじゃありません……ま、まあそんなことどうでもいいじゃないですか。それよりも今日の夜に何を食べるかのほうが重要です」
そう言うと彼女は何かを誤魔化すようににっこりと微笑むと、俺の腕から体を放すとスーパーの方へと歩き出した。
※ ※ ※
かくして俺たちは年末には浮きまくりの制服姿でスーパーへと入った。基本、インスタントやレトルト食品をネットで注文するだけの俺には懐かしさすら覚える。何か卒業した高校でも眺めるように店内を眺めていると、咲夜がジト目で俺を見つめてきた。
「とりあえず先生、向こうからカートとカゴを持ってきてください」
「はい」
ということで彼女に言われるがままにカートとカゴを持ってくると、気ままに店内を歩く彼女のすぐ後ろをついていく。
「先生は基本的に野菜が取れてないです。あんまり不摂生をしていると本当に倒れちゃいますよ?」
と、言いながら野菜コーナーへとやって来た彼女は、レンコンや里芋など、俺が生きていて一年に一回口にするかどうかの根菜をじろじろと眺めてはカゴに入れていく。
「なんだか家庭的な女アピールみたいで少し気は進みませんが、今日は煮ものでも食べましょう」
「よっ!! 家庭的ですなっ!!」
「殴りますよ……」
「すみません……」
と、彼女に睨まれながらカートを押していく。彼女は頭の中で献立を組み立てているようで、人差し指を頬に当てながら首を傾げる。
が、不意に俺を見やるとわずかに笑みを浮かべた。
「先生、何か食べたいものはありますか?」
「食べたいもの? う~ん……寿司とか?」
「先生に尋ねた私がバカでした……。でもまあ魚が食べたいのなら焼き魚ぐらいなら作りますよ」
と、言いながら彼女は魚売り場へと歩いていった。
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