追伸:友達の性別が迷子なんです

灰鹿野 蛍

第1話

 最初に言っておきたいことがある。オレは田舎に住んでいる。


 一口に田舎と言っても、ちょっと車を走らせれば大型ショッピングモールがあるような、ちゃちな場所じゃない。

 コンビニまで行くのに一山超える必要があり、住人よりもたぬきや熊やイノシシに出会う方が多いような山の奥だ。

 すまない、少し盛った。流石に熊はそんなに会わない。

 放し飼いになっている牛などが道沿いの垣根から顔を出して舐めてくるくらいだ。

 そんな田舎だと信じられないような風習がまかり通って活きているし、我が家でも台所の『水が出る方の青いマーク』がついた蛇口には蛇神が住んでいるから使ってはいけないと子供の頃から言い聞かされていたりする。多分、壊れてるんだと思う。だから今日も湯沸かしの電源をきってから赤い蛇口で水を出す。


 さてうちの友だちの話を始めたいと思う。

 友達は三人兄弟の末の子で、オレと同い年だ。

 その家はこの地域のアズカリと呼ばれている旧家で名字とは別に年寄りたちは「アズカリさん」と呼んでいる。屋号というのか、うちにもある。大体の家にある。うちは名字とぜんぜん違うのに「ハタ」と呼ばれてたりする。

 アズカリさんちに生まれた女子は十三才まで男装して男として暮らしている。

 代々そういう風習なんだそうだ。

 オレも子供の頃は知らなくて、男だと思っていた六つ上のまこと兄ちゃんがある日、セーラー服を着始めた時は腰を抜かしたし、少しずつ長くなっていく髪になにか変な気持ちになった。

 たった一年ですっかり言葉遣いも服装も変わって当たり前のように女子になったまことさんを見て、とても不思議になったし、一緒に野球してくれた兄ちゃんはこの世のどこにもいなくなったんだと悲しくなったし、大学に行って彼氏ができたと聞いた時は泣いた。何故か泣いた。

 ニつ上のゆい姉ちゃんはなんか、あまり印象が変わらなかったので特に違和感はなかった。

 元々、物静かでずっと本を読んでるような人だったしあまり喋ったことがない。

 もう、『そういうもの』だと慣れてしまっていたのかもしれない。まことさんほどの衝撃はなかった。

 

 だから、真さんが髪を伸ばし始めたころなんとなく、友達のりんも、そのうち女になるんだろうと思っていた。

 名前は考えたら女だったし、甘えたなところや怖がりなところを隠しもしてないし、元々オレの後ろをちょこちょこついてくる背の低い小柄な友人は言われてみれば、確かに女子でしかなかった。


「来週、アズカリ様を下ろすんだってさ、ちゃんとお迎えしたら、この格好をやめなきゃいけないんだ」

 凛は言った。

「アズカリ様?」

「うちがずっと預かってる祀神様。ほら、きみのとこにも蛇神様がいるでしょ?」

「え、ああ」

 壊れた蛇口な。そう思いながら返事をした。

「来週、禊をするんだって。こわいね、何するんだろう」

「ええ、ああ……」

 何をするんだろう。顔面が蒼白になる。凛は弱いから……いや違って、女子だから、今は制服も同じ開襟のシャツを着ているけど……。そう思うと汗の伝う白い首筋が、短く切り揃えたショートカットの襟足が妙に気になった。

「禊をして夜にお祭りをするんだって、次の日は学校休んでいいみたいだから、それはちょっと楽しみなんだけどね」

「え、ああ……」

 嫌な予感ばかりが頭の中に渦巻く。なんだか真さんのことを思い出した。急に、セーラー服になったあの日の、髪が不揃いでまだ女子が板についていなかったときの……凜もそうなるのか。

「ハタくんちはそういうのなくていいな」

 そう笑う幼馴染を見て、オレは、なんだか黙ってられなかった。

 お迎えが何なのか知らないし、唯さんも教えてくれなかった。

「男だったのが女になるだけだよ」

 そう言っただけで本を読んでいた。もう悪い印象しか無い。なんだそれって思うだろ。

 だから、その夜に忍び込んだ。

 田舎の日本家屋なんて隙間だらけだ、どっからでも入れる。

 白装束の凛の細い手を引いて走って、そして、裾の乱れた着物に驚きながら「ごめん」と手を離した。

「ううん、ありがとう。怖かったから、ハタくんが来てくれてよかった……アズカリ様は蛇が苦手だから」

「そっか」



 大人たちにはこっぴどく叱られたけど、儀式の再演は無いそうで二人で安心していた。

 けれど、だから、凛はまだ男装のままだ。

 中学に上がっても男子の制服を来ていた。

『本当は女子なんだろう?』

 聞けなかった。

「ハタくん、同じクラスだね」

 手を振られる、白く細い指が揺れる。あれは……女子の手だと思う。けれど。

 聞けなかった。



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