四十七 悪しき魂
村の人たちが一斉に息を呑み、怖々と身じろいだ。
「な、なんでそれをっ……」
父がビクつきながら訊くと、義則さんは空になった布袋を放り、
「これも、そん奴を脅す為に持ち出したのよ。なんなら、拳銃やなくて、これで殺せるんやないかと思うてな。六年前の親父んように」
義則さんが、銃口で鳳崎を指す。鳳崎はいつの間にか、ベルトを使って太腿の傷口を縛り上げていた。完全に、とまではいかないが、出血はある程度抑えられているようだった。
「クソッ……」
鳳崎が喘ぐように呻く。自力では立ち上がれそうにないのだろう。仮に、私が肩を貸しても、この状況を変えられそうにない。このままでは……。
「いいか、俺はどげえでもいいんじゃ。こげな田んぼしかねえような村がどげえなろうと、知ったこっちゃねえ。むしろ、ぶっ潰れりゃあいいと思うちょる」
演説をするかのように、義則さんが凶器と呪物を携えた両手を広げる。
「昔から、ずっとそう思うちょった。宵の儀生まれじゃねえ出来損ない、母親殺しの死に損ない、川津の血筋ん癖に半端もん。そげなことばっか言われてきた。親父から、兄貴から、お前らから!見返してやろうと思うて、必死こいて勉強して公務員になっても、税金泥棒呼ばわりしやがって。田んぼしかしきらん百姓連中の癖に、言いたい放題言うて、見下しやがって!」
村の人たちと同じように、義則さんは本性を剥き出しにしていた。下劣な本性から、さらに一枚剥けた先にある――恐らく、芯といえる本性を。
「やから六年前、俺はサトマワリに参加したのよ。久方ぶりに宵の儀が行われるっち聞いて、何もかも台無しにしてやろうと思うた。話にしか聞いちょらんやったし、そん時はシラカダ様がどげな存在なんかもよう分かっちょらんやったが、宵の儀が失敗すりゃあ田んぼが悪なって村が傾くっちゅうのは、昔から耳にタコができるほど聞かされちょったしな。やから、親父に取り入って話をつけた。へっ、いつもんように怒鳴られて叩き出されるんかと思うたが、病気で耄碌して、半分ボケたような親父を説得するのは簡単やった。まんまと参加することを許されたわ。後は、何でもいい。宵の儀ん時に、滅茶苦茶なことをやって失敗させりゃあ、村が呪われるんやからな。お前たちの泣きっ面が見られりゃあ、それで良かった。やが……へへっ、まさか、あげなことになるとは思わんやったぞ」
口から唾を飛ばしながら、まくし立てるようにして義則さんは続ける。
「親父が自分が依り代になるっち言い出した時は、アホやねえかと思うた。耄碌しちょるくせに、性欲だけは弱っとらんのやからな。それで、兄貴と親父が揉めだした時、俺はここがチャンスやと思うた。二人の言い争いを増長させて、台無しにしてやろうと思うたのよ。やが、親父が俺んことを出来損ない呼ばわりした時、頭にカッと血が上った。それで、咄嗟に面を奪って、着けてやった。シラカダ様の御加護を受けちょらん宵の儀生まれじゃねえ俺が面を着ければ、何もかも滅茶苦茶になって失敗するやろうと思うてな。そうなりゃあ、自分がどげえなろうが、どうでもよかった。最悪、死んでもいいとさえ思うちょったが……カカカッ!残念やったな。シラカダ様は、宵の儀生まれじゃねえ俺でも、ちゃあんと依り代として認めてくれよったぞ。六年前、お前らもそん目で見たやろうが!それに、お前らはどげえやったか知らんが、俺はシラカダ様に同情までしてもろうたんやぞ!」
義則さんは、白蛇の面を見せつけるように掲げ、
「あの感覚はどげえ言うたらいいか分からんが、ともかく、シラカダ様は俺を気に入ってくれた。立派な身体をしちょる、立派な心意気をしちょる、立派な魂を持っちょるっちなあ!」
「……共感なんかじゃねえ、つけ込まれたんだ。クソみてえな本質に」
ボソリと、鳳崎が零す。が、義則さんは気が付きもせず、
「親父を殺すのに、力まで貸してもろうたわ。願ったり叶ったりやった。憎くて仕方ねかった親父を、とうとうこの手で殺せたんやからなあ!カハハハハハッ!シラカダ様はきっと、人間の本質を見抜いちょるのよ。やから、耄碌しちょった親父でもなく、腑抜けの兄貴でもなく、お前らでもなく、俺を気に入ってくれたのよ」
言い得て妙、というのだろうか。確かに、シラカダ様は見抜いているのだ。それ故、その〝隙〟につけ込んだのだ。負の感情にまみれた魂に。
「なあ、試させてくれや。あん時は兄貴に止められたが、シラカダ様はきっと皆殺しにしたかったはずよ。腑抜けのお前たちんことやらなあ。ああ、辰巳、お前は見逃してやる。お前だけは、昔から違った。お前だけは、俺を慕ってくれた。川津の血筋とか、兄貴ん子とか、関係ねえ。お前だけは――」
と、その時、ずっと俯いていた辰巳が突然、
「うあああああっ!」
と、雄叫びを上げて義則さんに飛び掛かった。
「おっ、オイ!何を――」
「うあああっ!うがああああっ!」
辰巳はなりふり構わず、義則さんに喰らいついていた。殴りつけようと、無茶苦茶に腕を振るっている。
不意を突かれたせいで、義巳さんは後手に回っていた。両手が塞がっていたせいで、辰巳の猛攻を腕で防ぐことしかできないでいる――と、辰巳の手が、その腕の片方をガッチリと掴んだ。拳銃を握っている方の腕を。
「辰巳っ!放せっ!放さんかっ!」
「があああああっ!」
大柄な二人が、鍔迫り合いのように揉み合っていた。力が均衡しているのか、組み付いたまま、離れる様子がない。
手足が震え、身体が逸る。
今、辰巳に加勢すれば、もしかしたら―――。
踏み出し、飛びつこうかと逡巡した瞬間、
——―パァンッ!
三度目の、あの轟音が響き渡った。
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