四十 村における女

「実際に、こん目で見てきた。朽無村んもんはみんな、後継ぎになる男しか生まんかった。どん家の夫婦も、宵の儀を執り行うたら絶対に子ができたし、絶対に性別は男やった。それは、紛れもなくシラカダ様んお力によって――」

「ま、待ってよ」

 思わず――今度は私が――義巳さんを遮る。

「だったら、女の私はどう説明するの?それだけじゃない。河津酒屋の絵美ちゃんと由美ちゃんだって、女じゃない」

「それは、シラカダの力が現代になるにつれて弱まっていったせいだろ」

 代わりに、鳳崎が答えた。

「さっき、こいつも言ってた通りだ。その原因は恐らく、村自体の過疎化だろうな。多くの人間から恐怖を得ていたシラカダも、その分母が少なくなれば、比例して力が弱まる。加えて、この科学が発達した現代だ。目に視えないものなんざ、好き好んで信仰しねえ。それも相まって、シラカダは弱体化していったんだろう。そんな希薄な存在に、他者の魂の器に干渉できるほどの力があるとは思えねえ」

 魂の器——要するに、肉体のことだろう。

 今一度考えてみると、悍ましい話だった。悪霊に、自分の魂の器である肉体の種類——性別を、一方的に定められてしまうなんて……いや、待て、だとすると。

「じゃあ、私たち女は……」

 キッと、義巳さんを睨み、

「後継ぎとして生まれてこなかった、望まれなかった子供だっていうの?」

 声を尖らせて、投げつけた。 

「……そげなことは、誰も思うちょりゃせん」

 義巳さんは、伏し目がちに、

「俺たちが宵の儀に臨んだ時のことは、よう覚えちょる。本来なら年に一組しかせん決まりやったが、弱りつつあったシラカダ様に、もう一度昔んような力を取り戻してもらおうと、俺とカズの二組で同時に執り行った。村の為を思うて、より一層気を入れてな。結果として、俺は辰巳、カズは真由美ちゃんを授かった。親父ん奴は、所詮分家のもんとか女腹とか酷いことを言いよったが、俺たちん代は違う。例え後継ぎになれん女ん子でも、シラカダ様の御加護を受けて生まれてきた、村の将来を担う大事な子であることに変わりはねえきんな。みんなで大事に見守っていこうっち決めたのよ。そん証拠に、これまで立派に育ってきたし、カズと早苗ちゃんだけやなくて、村のみんなからも可愛がられてきたやろう?絵美ちゃんと由美ちゃんもそうや。みんなで、ずっと見守っていこうと……まあ、ヒデん奴は悪知恵を働かせて、コソコソ大学に出て行かせてしもうたが……。大方、村に残らせるより、外に出稼ぎに行かせて、援助してもらおうっちゅう腹積もりなんやろう。あん奴は、金勘定の得意な商売人やからな」

 ……村の将来を担う大事な子?だから、可愛がってきた?みんなで、ずっと見守る?

 感じていた怒りが、ギリギリと再燃する。

 それがどれだけ一方的で、且つグロテスクな考えなのか、分かっているのだろうか。

 絵美ちゃんと由美ちゃんの話は初耳だったが、結局、みんな変わらない。この村の人たちはみんな、子供に自分たちの面倒を押し付ける気なのだ。やむを得ず、ではなく、結果的にそうするのでもなく、故意に。自分の子供にエゴを押し付けて、生き方を、人生を勝手に定めようと、縛り付けようとしているのだ。

 ……でも。

「なんで?なんでよ?なんで、女の人たちはみんな、逆らわなかったの?無理矢理、宵の儀に参加させられて、勝手に子供を作らされて、勝手に自分の人生を決められたっていうのに……」

 涙声になりかけながら、誰に言うでもなく、怒りを吐き落とした。

 言ってみれば、この村の女の人たちは、みんな被害者なのだ。この村に、シラカダ様に、男の人たちに、食い物にされたのだ。なのに、なぜ、それを受け入れているのだ。どうして、怒りの声を上げないのだ。

「……真由美ちゃんはまだ分からんかもしれんけどな。女の人はみんな腹に子を身篭ったら、考えが変わるもんなのよ」

 俯いていると、義巳さんのボソボソした声が耳に纏わり付いた。

「みんな、そげえやった。うちの妙子も、早苗ちゃんも、文乃ちゃんも、子ができたっちなったら、私が育てんといかんっち言うて、立派になってなあ。やっぱり、女ん人は強いもんよ。母親になるっちゅうのは、ああいうことを言うんやろう。マサんところの幸枝ちゃんは子ができんやったが、あれは多分、そもそもどっちかに問題があるせいで、シラカダ様のお力をもってしても――」

「やめてっ!」

 怒りに任せて遮ると、鳳崎がガツンと大鉈の刃先で義巳さんのこめかみを小突いた。

「ぐうっ……」

「黙れ。何が母親になると、だ。クソ野郎が」

 と、不意に鳳崎は私を見遣り、

「オイ、お前の家に窓のねえ部屋はあるか?」

「窓の無い?……あっ、ある」

 納戸——というよりも、祖母の寝室だが、あの部屋には、窓がひとつも無い。

「やっぱりな。優一の家にも窓のねえ部屋があったが、あれはこの村の、どの家にもあるはずだ」

「えっ?」

「見た時から妙だと思ってた。どんなに古い造りだろうと、普通は壁が外に面してたら、窓を設けるはずだ。なのに、ひとつもねえってのはおかしいだろ。その理由は――あの部屋が、身篭った女を軟禁する為に作られたからだ。違うか?」

 鳳崎は、ギロリと義巳さんを詰めるように見下した。

「……軟禁?」

 身に覚えのある言葉に、喉の奥が震える。

「ああ。宵の儀の後、子供を身篭った女は、あの部屋に囲い込まれたんだろう。大事な後継ぎが、母親ごと逃げ出さねえようにな。さすがに産まれるまでずっとじゃねえだろうが、てめえらはその間に、身内を使ってああだこうだと女を丸め込んだんだろ。外部との接触を絶たせて、家の中で孤立無援にさせてな。ただでさえ精神的に不安定になってる身重の女を唆して、気力を削いで、自分たちに逆らわねえように、村に居残らせるように仕向けたんだ。やってることは、ほとんど洗脳だな。ケッ、反吐が出る」

 恐らく、真を突かれたのだろう。義巳さんは、ばつが悪そうに視線を逸らしていた。

 ……そうだ、鳳崎の言う通りに違いないのだ。


〝どこにも逃げ場なんか無いんよっ!この村にはっ……どうせこの家で、生きていくことになるんやからっ!どげえ言うたって、結局、家族以外は誰も助けてくれんのやからっ!私がそうやったようにっ……!〟


 母が、そう慟哭した理由はきっと―――。

 どれだけ辛かっただろうか。どれだけ苦しかっただろうか。

 私にも同じ道を歩ませようとしているのは、洗脳が解けていないからだ。この朽無村に蔓延る悪意に、呑み込まれてしまったからだ。

 シラカダ様を根源とする、その体色にはそぐわない、どす黒い悪意に。

「フン、何が村の当主だ。何が本家の川津だ。てめえら一族は、威厳を保つことに必死だっただけだろ。シラカダが弱体化しても尚、その力に縋ろうとしたんだからな。見上げた努力だぜ。馬酔木を煎じて昏睡する薬を作るなんてな。それを使って悪霊に女を捧げようなんざ、余程のクソ野郎じゃねえと思いつかねえよ」

「……違う」

「違わねえだろうが、今更ガタガタ言うんじゃねえ」

「違う。言うたやろうが。爺様は薬を作れっち命じただけで、自分で作ったわけやねえ」

 義巳さんは、弱々しく頭を持ち上げると、濁った目で私の方を見た。

「作ったんは……美千代さんよ。真由美ちゃん、あんたのおばあちゃんて」

「……え?」

 祖母が、馬酔木の煎じ薬を?

「美千代さんは村に来る前、行商の薬売りんようなことをしよったらしい。医者が居着かんような土地を渡り歩いてな。そん時にこん村に立ち寄って、英成ひでなりさん――あんたのじいちゃんに見込まれて、嫁に来たっち聞いた。そして、うちの爺様にそん経験を買われて、馬酔木の煎じ薬を作れっち命じられたのよ」

 そんな―――。

 祖母が、加担していた?

 悍ましい、宵の儀を行う為の薬を、作っていた?

 確かに、祖母は野草を煎じて薬を作るのが得意で、村の人たちからは、ちょっとしたお医者さんのような扱いをされていて、私もよくドクダミ茶やナンテン薬のお世話になっていて。

 馬酔木。村中に植えられている木。お社の周りにも、どの家の庭にも。もちろん、私の家の庭にも。

 祖母が手入れしていた、自慢の庭。馬酔木はいつも刈り整えられていて、冬と春の境目の頃には、綺麗な花が咲いて―――。

「今回は、どげえなるかと思うた。美千代さんが毎回薬を作ってくれよったが、倒れてしもうちょったきな。やが、さすが美千代さん。ちゃんと帳面に作り方を残してくれちょった。そんおかげで、妙子たちも今日、公民館で立派に作りきったやろうて」

 そういえば昨日、女の人たちは私の家に、祖母の傍らに集まり、帳面を手に何やら談義していた。

 あれは、お膳のレシピなどではなく――馬酔木の昏睡薬の作り方を話し合っていたのか。

 今朝、家を出る時に、庭の馬酔木が刈り込まれていたのは――昏睡薬の材料にする為に。

 そして、祖母が一昨日、馬酔木を摘まなければと狼狽していたのも、きっと―――。

「てめえはっ……勝手にベラベラ喋ってんじゃねえっ!」

 鳳崎は、義巳さんにドカッと蹴りを入れると、

「オイ、気をしっかり持てっ!」

 と、気が遠くなりかけていた私に一喝した。

「このクソが何を言おうが、動じるな。身内がどうだろうと、お前はお前なんだ。自分が正しい側にいることを自覚しろ」

「……分かってる」

 とだけ、絞り出すように呟いた。

 本当は、「祖母は違う」と反論したかったが。

 六年前のあの夜、祖母は仏壇に向かって一心不乱に頭を下げていた。あれはきっと、祈っていたのではない。懺悔していたのだ。山賀家に、申し訳ないことをしたと。

 でなければ、涙を流しながら、私に逃げろとは言わないはず。

 あの涙にはきっと、ずっと村の悪意に加担してきたことへの後悔と、それに呑み込まれながらも、密かに胸の内に秘めていた贖罪の念が込められていたはずなのだ。

 だから、祖母は、きっと―――。

「もういい。シラカダっつうクソ悪霊のことは分かったから、いい加減に吐けコラ」

 鳳崎は義巳さんに向き直ると、また大鉈の刃先を突き付けた。

「こ、これ以上、何を……」

「とぼけんじゃねえ。長々話して忘れたのか。まだ、六年前の夜に何が起きたのかは話してねえだろうが」

 あ……と、優一くんの方を見た。

 そうだ、私だけではない。まだ、暴かなければならない真実がある。

「優一、今度はお前の番だ。何を言われても、動じるんじゃねえぞ」

「……うん」

 優一くんは、恐ろしいほどの無表情で義巳さんを見下ろしながら、

「……話してください。六年前のこと。あの夜、僕たち家族をどうするつもりだったのか」

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